狐火の眠るところ
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Shining Live内のイベントストーリー「見習い陰陽師 音晴奮闘記」シリーズのパラレル小説本です。 ショウノシン(翔)×春歌。A5/54頁。 ほのぼの有シリアス有。オリキャラ登場します。
狐火の眠るところ
【一】 その日は連日の厳しい残暑が少しだけ和らいだ日だった。日差しはまだ強いが、湿気は少ない。日陰にいれば時折吹く風がからりとして心地よいと感じるほどだ。 ショウノシンと天狐は並んで社務所の屋根の上、ちょうど午後になると木陰ができるベストポジションでまったりとまどろんでいた。 「いい天気ですねぇ……」 「ええ、本当に。尻尾もふかふかになりましたねぇ」 ふあ、とあくびをかみ殺すショウノシンに、天狐が尻尾を振りながら相槌を打つ。 あやかしである彼らは人間のように暑い寒いといった体感を感じることは少ない。それでも昨年を上回る猛暑と呼ばれた今年の夏の日差しの強さは辟易したほどだった。そんな暑さの中で食べるかき氷は美味しかったけども。 そろそろ音晴が学園から帰ってくる時間だ。今日は依頼の予約は入っていなかったから、時晴と共に陰陽術の修行をする予定である。 「あ、音晴くんと時晴くんが帰ってきましたよ」 座っていてもショウノシンより視線が高い天狐が、先に音晴たちの帰宅に気付いた。ショウノシンも眠い目をこすって見やると、ちょうど音晴と時晴が鳥居をくぐっているところだったが、二人の間にもう一人いた。音晴たちが通う高校の制服を着た少女だ。 予想外の客にぱちくりと瞬く。完全に目が覚めた。 「なんだぁ? ついに彼女でもできたか?」 「わぁ、それは素敵ですね。どちらの彼女さんでしょうね」 思わずついて出た冗談に、天狐が笑顔で本気か冗談か分からない相槌を返す。 そんな気の抜けたことをしながら屋根の上から物見見物していると、ふと顔を上げた少女と目が合った。少女は驚いたように目を見開くと、ぺこりと頭を下げてくる。 ショウノシンの耳が驚きからピンと立った。 「あの子……」 「どうやら僕たちのことが見えてるみたいですね」 ひらひら天狐が手を振ると、戸惑いながらも控えめに振り返してくる。確定だ。 「……時晴くんのような人外の力は感じられません。普通の人間だけど、とても目がいいんですね。珍しい」 ショウノシンも少女の気を探ってみたが、天狐と同意見だったので頷いた。 「ですね。俺も初めて見たかも――」 そこまで言いかけて、胸に変な違和感を覚える。うん? と胸元を掴むがそれは一瞬で消えた。 「どうかしましたか?」 「いえ、なんか今変な感じがしたんですけど……気のせいみたいです」 「……それは」 「おーい。ショウノシンー、天狐ー」 音晴の呼ぶ声がする。 「音晴だ。行きましょう、天狐様」 「……そうですね」 天狐が何か言いかけたことには気付かず、ショウノシンは屋根から飛び降りた。 すっかり胸の違和感はなくなっていたので、そのままショウノシンは忘れてしまったのだった。 音晴が連れてきた少女は音晴の隣のクラスにやって来た転校生で、春歌と名乗った。 春歌は物心ついたときから人ならざるものが当たり前のように見えていたそうだ。霊とは気づかずに話しかけてしまうこともあるらしい。 この力は親族の中でも春歌だけのようだ。寺社の関係者もいない。幸い、家族は見えないながらも春歌の力を信じて受け入れてくれている。 あまりに見えるため悪意のあるあやかしに狙われてしまうことも時折あったので、近所の大きな神社に相談などをしてできる限り対処してきたのだ。 しかし父親の仕事の都合でこの土地に引越しすることになり、それならばとその神社に音晴の神社を紹介されたということだ。 「ではまずこのお守りを渡しておきます。悪いものから守られるまじないが施されています」 「ありがとうございます」 音晴が差し出したお守りを春歌が受け取る。お守りは消えることなく春歌の手に馴染んだ。 「あの、すべてのあやかしが近寄らなくなるとか、そういったことはないですよね?」 「すべてはさすがに……そういうのを望んでいるんですか?」 以前の時晴のように見えなくなることが望みなのだろうか、音晴が尋ねると春歌は首を振った。 「いえ、違います。見えなくなるのはさみしいですし、お友達になれそうな子まで近寄らなくなったら困るなって思って」 「……さみしい、ですか」 時晴が驚き交じりの吐息を吐く。彼はあやかしのせいで両親が行方不明になったと長年思いこみ、力をわずらわしく感じていたからなかなか理解し難い考え方なのかもしれない。 「えっと、春歌さんはあやかしの友達がいたの?」 「はい。以前住んでいた近くの川に小さな河童さんたちがいて、お友達でした」 「へー河童! この辺にはいないなぁ」 相手が同級生だからか音晴の敬語が取れていっている。依頼人なんだからダメだろコラ。 「それは素敵ですねぇ。では僕とお友達になってもらえますか?」 今まで縁側でショウノシンと共に静観していた天狐がぽんと手を合わせて微笑む。突然話しかけられた春歌は驚いたように振り向いたが、先ほどからこちらを気にしていたのはショウノシンにも分かっていた。 「あ、紹介するね。こっちの小さいのは俺の式神のショウノシン。大きい方は居候中の天狐。位の高い霊狐なんだ」 「よろしくお願いしますね、春歌さん」 「よろしくな」 「はい。よろしくお願いします」 軽く頭を下げてからショウノシンと天狐を交互に見やる春歌の瞳がなんとなく落ち着かなくて、ショウノシンはふいと外へ視線を向けた。なんだろう、やはり胸の奥に何かが詰まっているようなもやもやとしたものを感じる。 「僕たちの尻尾や耳が気になりますか?」 「あ、いえ、えっと……はい。ちょっとだけ」 照れ臭そうに春歌が頷く。もふもふとしたものに弱い人間は少なくないらしいが、春歌もその一人のようだ。だからこちらをやたらと気にしていたのかと納得する。 天狐が触っても良いと促すと春歌は少し躊躇していたが、好奇心が勝ったようで遠慮がちに天狐の尻尾のひとつに触れた。もふ、と手を埋めてから毛並に沿ってそっと撫でている。 「うわぁ、ふわふわですね」 「さっきまで日向ぼっこをしてましたから」 「あ、屋根の上にいらっしゃってた時ですか?」 「そうですよ~。ショウノシンもふわふわですよ」 そう言いながら天狐がショウノシンを引き寄せる。油断していたショウノシンは軽々と持ち上げられて天狐と春歌の間に強引に座らされてしまった。 「ちょ、天狐様っ。急に持ち上げるのはやめてくださいよ!」 小さい子のように扱われるのはさすがの天狐相手にも我慢ならなくてショウノシンは吠える。それで春歌に背を向ける形になっていたら、もふりと尻尾を軽く掴まれて肩が跳ねた。 「はっ、すみませんつい……!」 「いや、別にいいけど……」 無意識に触ってしまったらしい春歌に、触ること自体は構わないことを伝えると今度は「失礼します」と律儀に言いながら触ってきた。 「天狐さんと少し違いますね。ちょっと柔らかい」 楽しそうに尻尾を撫でる春歌にまんざらでもない気でいると、音晴がすすすと寄ってきた。 「ちなみに、ショウノシンは尻尾は平気なんだけど耳が弱いんだよ。えいっ」 「うわっ、ちょ、おい音晴やめっ……ふふ、はははっ!」 音晴がショウノシンの耳の付け根あたりをくすぐる。ショウノシンは身をよじって笑い転げた。散々弄られながらもどうにかして音晴の手から逃れ、息を切らしながら主をねめつける。 「音晴てめぇ……次の依頼の時は稲荷寿司十五人前は用意しろよ……!」 「じゅうごっ……!?」 普段よりもずっと多い要求に音晴が目を剥いた。 「そんなの俺の財布が空っぽになっちゃうよー! ごめんショウノシン、やりすぎた!」 「いーや許さん! 用意するまで俺は手伝わねーからな!」 「ごめんってー!」 笑ったり怒ったりと忙しない主従に、ずっと静観していた時晴がため息を吐きながら額に手を当てた。そんな様子に、目を丸くしていた春歌がこらえきれずくすくすと笑いだす。小さくも鈴の転がるような声に騒いでいたショウノシンと音晴もぴたりと口論が止まる。そして顔を見合わせ、あまりにくだらない喧嘩に苦笑し合った。