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モゼクル/全年齢/P52/¥700 (本文より) 穏やかな白が、空を舞っている。 クラシカルな表現を借りるなら、それは音のないワルツだ。 冷たくステップを踏む度に、少しずつ少しずつ、街を冬の色に変えていく。 家々の屋根はすっかりと白の化粧をして、降りた雪の重みに木々の葉がふるりと震えれば、その枝先に結ばれた鈴がちりちりと微かに揺れた。 あちらでもこちらでも、それはまるで秘事を囁き交わすかのように歌を歌う。 幻想の世界へ誘おうとするかのように冬支度の街に溢れるそれを、妖精の声のようだと言ったのは誰だったか。 生まれ故郷の華やかな賑わいも、打ち捨てられた路地裏に潜む深い闇もなく、ただ時を止めてしまいそうな冬の気配の中、幾らかの商店だけが、柔らかなオレンジの灯を点している。 「あぁ……」 零れた息が、ふわりと空に散った。 赤いグローブの指先で踊る白と戯れながら。 まっすぐに伸びたトレインの背を追うように、クルーウェルは、一歩遅れてついて行く。 幼い日、彼に手を引かれて歩いた道だ。 それは今や、すっかり足に馴染んだものになっていた。 石畳を弾く、彼の高い靴の音が好きだ。 クルーウェルが十に満たない頃、前を行くトレインの背は、今よりもずっと高かった。 先を行く足音を、ルチウスと競うようにして、賢明に追いかけたものだ。 どの季節でも、 どんな日にも、 クルーウェルの前には彼の背があった。 黒い馬車が迎えにくるまでは。 否、 クルーウェルがこの島を出て行くまでは。 クルーウェルがトレインに引き取られたのは、彼が九つになる少し前のことだった。 そこのところの深い事情は割愛する――いずれ話すこともあろうが、今はそれが重要なわけではない――が、クルーウェルが二十歳で成人するまで、トレインは彼の親代わりだった。 それが故に、クルーウェルはナイトレイブンカレッジに入学する前の数年間をこの島のトレインの家で過ごしたのだが、こうしてウィンターホリデーが始まっても島に残っているのは、初めてのことかもしれない。 日を追うごとに、知った家からひとつ、またひとつと灯りが消えていく。 感傷的になるような理由はないはずだけれど、それはどこか不思議な心地のする光景だった。 「……静かなものですね」 「……そうだな」 一足だけ距離を詰めれば、革のグローブに覆われたトレインの手が、クルーウェルの頬をそっと撫でる。 それはとても嬉しくて、心地が良くて、 「……ん、せんせい、」 なんて、そんな甘えた声も出そうになる。 けれど、 「……ねぇ、」 臆病な仔犬を宥めるような愛撫よりも、今はその先が欲しいから。 白と赤を絡めて、微かに上向いたトレインのその瞳を縫い止める。 「……ああ、いけない子だ」 トレインの声は、冬を慈しむ鈴の音の向こうに小さくかき消されていった。 (一部抜粋)