Your Color
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A6/34p(2022年12月発行) クリスマスにプレゼントを好感したフィガロとオズの話。 ※Web上に掲載していた話2本再録+書き下ろし 【サンプル】 〝クリスマス〟だからと、オズからストールをもらった。もらったのは、フィガロがあまり自分で纏うことを選ばない、深みのある紅色のストール。 どうもホワイトや賢者に促されて渋々選んだようではあったが、彼からきちんとした贈り物をもらうことなど初めてに等しく、それ自体は嬉しいと言えば嬉しいのだ。ただ、二千年弱付き合っていると、素直に喜ぶのは少し難しい。気恥ずかしさのようなものの方が、遥かに勝ってしまうからだ。 それ故、フィガロは未だ、オズからもらった赤いストールを着用できずにいた。折角可愛い弟弟子が選んでくれたのだから使ってやれとスノウとホワイトはからかいまじりに言ってくるけれど、こればかりはどうしたって難易度が高い。 それに、まだオズ自身にはそういう急かされ方をしたことがなかったから、贈り主が気にしていないのならそれでいいではないかと言い訳も立つ。きっと、オズの方から着用を急かすことはこれからもないだろう。 実際、オズだって自分がプレゼントしたストールを纏ったフィガロが魔法舎の敷地内を歩いていたら、なんとなく恥ずかしいのではないだろうか。彼はあんなに目立つ存在のくせに、意外と照れ屋なところがある。 (でも、俺がこれを使ってるところを見たあいつの顔は、ちょっと見てみたいんだよなあ) フィガロは、プレゼントを渡すときですら仏頂面を崩さなかったオズが動じる様を想像して、ひとり小さく笑う。少しくらいは、気恥ずかしそうな顔をしてくれるだろうか。 そもそも、フィガロとしては、オズがどうしてこの色を選んだのか聞いてみたい気持ちがあった。フィガロに赤が似合わないわけではないけれど、あまりその色のイメージはないのではないかと思う。寧ろ、赤から連想するのはオズの方だろう。そんな色をどうして自分に選んでくれたのか──それを聞いてみたくて。 そうして今、フィガロはオズにもらったストールをコートの内側に隠して、彼を探すべく魔法舎の敷地内をうろうろしていた。身に纏わずにいるのは、これでオズに会えなかったとき、流石に恥ずかしすぎる気がしたからだ。他の魔法使いたちに見せびらかしてオズの反応を見るというのも手ではあったが、フィガロもそれなりのダメージを受けるのでは仕方がない。 ──と、そんなことを考えていたら、木の影からそっと中庭を見つめているオズを見つける。珍しく部屋にいないと思ったらこんなところにいたのかと思いつつ近寄れば、彼の視線の先には中央の国の若い魔法使いたちがいて。 「何してるの、オズ」 「……フィガロか」 「嗚呼、もしかしてアーサーたちの特訓を見てるのか」 「いや、たまたま通りがかっただけだ」 どうやら、復習も兼ねて子供たちが魔法の自習をしているのを、オズは離れたところから見守っていたらしい。同じく〝先生〟であるフィガロにも少し覚えのある行動だ。子供たちにも子供なりの矜持があるのはわかっているから、お呼びでないときに決して邪魔はしない。けれど、何かあったときにはいつでも動けるようにと、こっそり見守ってしまうのだ。 たまたま通りがかっただけ、なんてわかりやすい嘘を吐くオズに苦笑しながら、フィガロはふとあることに気が付く。アーサーもリケもカインも、かわいらしいことに、オズがクリスマスにプレゼントした防寒具を揃って身につけているのだ。それを見つめるオズの表情はいつも通りのつまらないものではあるが、気付いていないわけではなさそうだった。 「あの子たち、おまえがやったものをちゃんと身に着けてくれてるんだね。よかったじゃないか」 「……ああ、子供は冷やさないほうがいい」 フィガロがわざわざ指摘してやれば、返ってきたのは少しずれた言葉。オズに期待してはいけないのはわかっていたけれど、どうも自分が選んだものを使ってくれて嬉しいという感覚はないらしい。贈り物に慣れていないオズらしい反応ではある。 これは自分の方も期待はできないかもしれない、と思いつつ、フィガロはストールの話を振ってみることにする。きっと、今を逃せばなかなか聞く機会はないだろうし、時間が経ってしまうと「忘れた」の一言で済まされてしまう可能性があった。それでは流石につまらない。 「俺にくれたストールさあ」 「なんだ、気に入らなかったのなら捨てればいい」 「いや、捨てないけど……なんであの色を選んだのかなあって」 随分と思いきりのいい返しに、フィガロは慌てて否定の言葉を被せながら、自身の疑問をストレートにぶつけてみる。言われたオズは、珍しくきょとんとした顔をしてこちらを見つめた。そんなことを聞かれるとは思いもしなかった、とでも言いたげな顔だ。 けれど、数秒後には何かはっとしたような素振りを見せたかと思えば、何やら考えるように黙り込んでしまう。オズにしては珍しい百面相だ。 その様子からして、オズなりに赤いストールを選んだ理由はありそうだった。そして、彼はそれをフィガロが訊ねるまでもない〝正解〟だと思っていたのかもしれない。そこに他ならぬフィガロが何故と疑問を投げ掛けたものだから、もしかするとあれは〝正解〟ではなかったのかと考え直している──そんなところだろうか。 そうなってくると、フィガロとしてはいよいよ彼が赤を選んだ理由を知りたくなってくる。好き好んで赤を身に付けた覚えはない。勿論、赤が似合うと言われたことがないわけではないが、フィガロは大抵のものを着こなしてしまうし、赤が特別似合うということはないはずだ。そういった感覚に疎いオズならば、どちらかと言えばフィガロがよく身に付ける無難な色を選びそうな気もして。 「それは、昔おまえが言っていたから……」 「え? 俺、なんか言ったっけ」 「私の瞳の色が、好きだと。だからてっきり──」 *** 「おお、オズが珍しい色を身に着けておる」 「ほほほ、ああいう色もなかなか似合うの」 「……お二人とも、いきなり出てくるのやめてくださいよ」 フィガロがぼんやりと遠目にオズを眺めていれば、突然どこからか現れたスノウとホワイトが声を掛けてきた。彼らが何について言及しているのかは考えなくともわかる。オズが身に着けている鮮やかなマフラーのことだ。 付き合いが長い分、彼が滅多に選ぶことのない色をよく知っている双子からしてみれば、その灰みのある青緑は目を引くことだろう。そして、その出所もすぐに察しがつくはずだ。 「どうせ、あれをやったのはそなたなんじゃろ」 「わかりやすいくらいにそれっぽい色にしよって」 「「フィガロちゃんてばやらしいんだ~」」 からかうような二人の口振りに、フィガロは小さく溜め息を吐いた。別に、スノウとホワイトの言葉を否定するつもりはない。何せ、それは全て事実だった。フィガロはオズにマフラーをやったし、そのマフラーはいかにもフィガロに似合いそうな色合いのもので。 とは言え、その物言いに対して不服はある。そもそも、賢者やホワイトに勧められたとは言え、フィガロに対して贈り物などという似合わないことをしてきたのはオズが先だ。それに、彼の瞳の色と同じ、彼にこそ似合う色のものを選んだのだってオズが先。 オズがフィガロにストールを渡したときは仲が良くて微笑ましいことだと喜んでいたくせに、フィガロばかりがいじられるのではあまりに不公平だろう。昔から、二人はオズに少し甘いところがある。こんな歳になってまで、兄弟子だからと差を付けなくたっていいではないか。 「なんで、オズと同じことしたのにそんなこと言われなきゃいけないんですかね」 フィガロがそう不服を漏らせば、双子は顔を見合わせてきょとんとする。わざとらしくあざといその仕草は、まるで聞かなくてもわかっているだろうとでも言いたげなもの。それを見て、この二人に噛みつくんじゃなかったとフィガロへ後悔した。きっと何もかも、彼らにはお見通しなのだから。 「だってオズちゃんは無意識じゃもん」 「それでもってそなたは意識的に選んだじゃろ?」 「無自覚で選ぶのと意図的に選ぶのは全然違うもんね~」 「そうそう、全然違うもんね~」 悪い笑みを浮かべて、スノウとホワイトは容赦なく図星を突いてくる。実際、そう言われると言い返せないフィガロがいた。オズがあまり深く考えずに、赤いストールを選んだのはわかりきっていた。勿論彼なりに悩んで決めてくれたのは知っているが、そこに何かしらの意味を込めるような器用さを持ち合わせているわけもなく。 対してフィガロは、オズに贈ったマフラーを選ぶ明確な理由があった。オズにストールをもらったから同じようなもので返したというだけではないのだ。 それは、オズにもらったストールを首に巻いていたら、それを見た賢者がぎょっとした顔をしたのが始まりだった。そして恐る恐る、この世界ではマフラーやネクタイを贈ることに特別な意味はないかと訊ねてきて。どうやら、賢者のいた国では、首に巻くものを贈ることに「あなたに首ったけ」という意味があるのだとか。 賢者曰く、「首ったけ」という言葉の語源は「首丈」で、首から足までの長さのことをいうのだという。それが転じて、首まではまるほどの相手への思いの強さ、惚れ込みを意味するようになった──らしい。 賢者としては自分が何気なく勧めたストールをオズがプレゼントに採用し、そしてフィガロがそれを首に巻いていたものだから、もしかして自分はチョイスを間違えたのではないかとふと心配になったようだった。とは言え、こちらの世界にはそういった話はなかったし、オズがそんなことを知るはずもなく、気にしなくていいんじゃないかなと笑ってその場で話を終わらせて。 そのあと、たまたまふらりと立ち寄った街中の雑貨屋で見掛けたのが、如何にも自分に似合いそうな深みのあるアクアグリーンのマフラー。それを見掛けた瞬間に思い浮かんだのが、賢者から聞いた話とオズの顔だったのだ。だから選んだ。それだけのこと。 ちょうど、貰いっぱなしではいけないと思って何かをオズにやらなくてはと思っていたところだったし、どう考えたって彼を連想せざるを得ない深紅のストールを贈ってきたオズへの意趣返しにはちょうどいい気がして。 ──と、こちらの視線に気が付いたのか、オズが三人を見た。なんとなく、自分の話をされているのがわかったのだろう。何か用かと問うような眼差しに、フィガロは小さく首を横に振ろうとする。けれど、それよりも早くスノウとホワイトが呪文を唱えた。 「「《ノスコムニア》」」 瞬間、フィガロの肩には、オズから貰った赤いストールがふわりと掛けられる。どうして持ち歩いているのがバレたのだろうと二人を見れば、彼らはにこにこと笑みを返すだけだった。本当にどこまでも見透かされていることを悟って、フィガロは苦笑混じりに溜め息を吐くしかない。 それを見て何を思ったのだろう。アーサーたちの相手をしていたオズは、わざわざ魔法でこちらまで転移してきた。おかげで、フィガロのやったマフラーを首に巻いたオズと、オズから貰ったストールを肩に掛けたフィガロが並ぶ形になって、なんだかやけに気恥ずかしくなる。 「オズや、フィガロはおぬしが思っておるよりおぬしのことが好きなようじゃよ」 「それでもって、おぬしもおぬしが思うよりフィガロのことが好きなようじゃが」