2024年3月17日(日)春コミ出番にて頒布した小説「夢見るトワイライト」を通頒します。 B6/44ページ/全年齢/650円(+匿名発送料370円) ※頒布価格には梱包材費と決済手数料を含むため、イベント時とは異なる価格となります。 不眠の物間くんとそれを助ける心操くんの話。 ※学生軸 ※付き合ってません ※しんそうくんB組編入
本文サンプル
物間にとって演習授業はきつければきついほど良かった。A組に勝つため、より濃い時間を過ごしたいのもある。走って飛んで考えて。身体も頭も酷使する演習は身体に大きな負担となる。物間にとってはその負担が助けだった。 演習でくたくたになった日は寝つきが良い。ベッドに倒れ込むと泥のように眠りへ落ち、けたたましい目覚まし時計の音で無理矢理に引きずり出される。もっと寝ていたい。そう思うも身体はしっかりと睡眠を蓄えて、一日を元気に過ごすことができた。 問題は演習が軽くインターンもない日だった。学校から帰ると部屋で勉強をし、共同スペースでクラスメイトとテレビを見て部屋に戻る。頃合いを見てベッドに潜り込むも眠れない。目を閉じても広がるのは暗闇で時折声が聞こえてくる。 始まりはいつだって同級生の名前を叫ぶ物間自身の悲壮な声。それはだめだろう。消えていく頬の赤み、冷たい身体、静かな呼吸。それからあちこちで消えていく命の灯たち。わけもわからず涙が溢れ目は冴えてベッドを抜け出す。ベランダの手すりに身体を預けて夜空を見上げればじわじわと心は落ち着き、ようやく眠りに落ちるもそのまま朝を迎えることはできない。不定期に現れる、夢。救えなかった命たちの声に呼ばれ、悲鳴と叫び声が何度も眠りから物間を押し上げる。 冷たい汗に塗れた身体が気持ち悪くて真夜中にシャワーを浴びることにも慣れていた。誰もいない大浴場はシャワーの音が響いて薄ら寂しいが、それが物間には心地よい。誰もいないなら、誰も死なない。どうせ眠れないのだからと湯に入り、このままここで寝てしまいとすら思う。着替えて部屋に戻ると少し落ち着いて再び睡眠と向き合うも目覚めの時間はあっという間で眠れた気がしない。 眠れない夜はじわじわと物間の身体を蝕んだ。 「…ま、も…ま……きて…」 声が聞こえた。優しい声。なくなった命の声ではなくてもっと温かい声。穏やかで気持ちがよくてずっと聞いていたい。もう少しこのまま寝ていたい……と思ったところで現実と直面する。今、自分は眠っていたのだと自覚する。 「……あ」 「起きた? 眠いなら部屋行ったら」 泥のような眠りから引き上げた声の主は心操だった。 編入生のクラスメイト。二年生の二学期からB組へ編入し、今は同じ寮で生活をしている友達。誰よりもお互いを理解している、もしかしたら親友と呼べるかもしれない大切な人。 「心操くん……あ、ごめん」 賑やかな夕食後の共同スペース。ソファに座った物間はテレビを見ながら寝落ちていたらしい。隣にいた心操に凭れかかる格好で、その腕を突いて起き上がろうとするも力が入らず背もたれに身体を沈ませた。 「なに、物間調子悪いの」 向こうのソファから飛んできたのは骨抜の声だ。 「いや平気。昨日寝つきが悪かっただけだよ」 「部屋近いし一緒に戻るか」 「ありがとう。でも大丈夫、一人で行ける」 膝を押して立ち上がるとぐらり、床が揺れた。正確に言えば揺れたのは物間の脳みそで、目を閉じ全身に力を入れて地平線を正す。健康管理はヒーローの必須事項。深呼吸してもう一度床を踏みしめると身体がふっと軽くなった。 「俺が連れて行くよ」 背中に添えられた大きな手は心操のものだった。四方八方へとぐらつく身体は背中を支えられるだけでこんなにも安定するのか。一つ賢くなったところで心操の顔を見れば有無を言わさぬ無表情で、先ほど凭れかかってしまった負い目もあり反論は許されなさそうだ。頼むよ、と降参の印に両手を上げて言えば無表情がふと柔らかくなったように見えた。 「体調悪いの」 「いや、ただの寝不足だよ」 「勉強?」 「そうだと言いたいところだけど違うな。寝不足になるまで勉強するなんて本末転倒じゃないか。僕はそんなことしない」 「した方が良さそうなときもあるみたいだけど」 「辛辣だなァ」 エレベーターで交わされる会話は少しばかり棘があったが物間にはそれが心地よい。同じような苦しみを抱えながらもそれを飲み下しストイックに自らの理想を追う姿には共感と、そして尊敬すら覚えていた。何でもない会話が妙に落ち着く。元々友人関係にはそこまで頓着しない物間も心操相手には不思議と感じるものがあり、それに応えてくれることが嬉しかった。 「勉強じゃないとしたら悩み事? いや、物間に限ってそれはないか」 宣言通り部屋のドアまで送ってくれた心操はまたしてもさらっと毒混じりともとれる言葉を吐く。物間に限って、という言葉が揶揄ではなく共感からくるものだと読み解くまでそう時間はかからなかった。 「まあ悩みがあっても乗り越えるしかないからね。眠れないほど落ち込むよりもやることがある。僕も君もそうやって生きてきた」 「だろうね」 「でも今回ばかりはだめみたいでね。夢の中で悩まれたら僕は手出しできないんだ。困ったことに現実へと悪影響を与えている。そろそろ病院に頼るのも止む無しかな」 心操相手だと余計に口が回ってしまう。 初めてまともに話したのは約一年前、授業でクラス合同の対抗戦が行われたときだった。あの日もそうだった。心操には自分の脆い部分を見せたくなってしまう。全部曝け出しても同情をされないという自信のようなものが確かにあった。理解してもらえるという傲慢さすら持ち合わせていたかもしれない。我がことながらこの感覚も物間には不思議でならなかった。 「まあそういうわけで不本意ながら寝不足が続いているわけなんだけど。心配してくれてありがとう。それじゃあおやすみ」 心操に話すと心が軽くなる。もしかしたら今日はこのまま寝られるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら閉めようとしたドアは心操によって止められた。 「それ、俺が力になれるんじゃないかな」