僕は恋愛ができない
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心物「僕は恋愛ができない」 全年齢 B6 / 本文48ページ(約30000字) / 400円(+匿名発送料370円) *-----*-----*-----*-----* 恋愛下手な物間くんが、諸々の面倒を避けるために偽装交際を持ちかける話 ※学生軸 ※ハピエン確定 *-----*-----*-----*-----* 素敵な表紙は📒さん(https://www.pixiv.net/users/2624231)が描いてくださいました。 本当にありがとうございました!! *-----*-----*-----*-----* 【本文サンプル】 鼻先を掠める運動靴の先端は泥で汚れている。体勢を崩されながら試みた反撃の拳は右手で往なされ、まずいと思った瞬間にはもう足払いが繰りされていて、奥歯を噛みながら尻もちをついた。 「俺の勝ちだね」 得意げな表情が鼻につく。しかし勝敗は決していたので文句は言えず、尻もちをついたまま右手を差し出すと心操は当然の如くその手を取り身体を引き上げてくれた。 「今日の演習、クラスで準決勝までいったんだ」 「へえ、やるじゃないか」 鬱蒼と茂る放課後の体育館裏は心操お気に入りの場所だ。ヒーロー科に編入する前からずっとここで特訓をしていたとかで、放課後に心操を探すときは真っ先にこの場所へ来る。また来たの、と鬱陶しそうな視線を寄越したのは最初だけで、今では当たり前のように物間が来ると思っているようだ。遅かったね、と言われたときは妙に嬉しかった。 「さすがに優勝はできなかったけど物間がやたらと押しかけてくるせいで組み手が強くなった気がする。怪我の功名かな」 「オイオイ、怪我扱いかよ」 物間のツッコミには目もくれず、心操はカバンから取り出したスポーツドリンクを飲み始めた。つられて物間もスポーツドリンクを喉に流し込む。生ぬるい感触は喉奥で消えて全身が水分を吸収したがっているのを感じた。 ヒーロー科の三年生は相も変わらず学業と演習とインターン活動で忙しい。そんな中で演習後、インターン活動のない放課後にまで組み手をするのはなかなか疲れることだが物間はこの時間を気に入っていた。クラスの違う友人とお互いを高め語り合う時間は卒業まであと半年という今、物間にとって大きな支えとなっている。 「日、短くなったな」 体育館の壁を背に座って心操がぽつりと呟いた。夏休み前ならこの時間はまだ真昼間の空をしていたが、今はもう紫色が混じっている。 「そうだね。まだこんなに暑いのに」 「あっという間に冬が来るんだろうな」 冬が来て、春が来る頃には卒業だ。高校最後の夏の終わりは不意にセンチメンタルな気分になる。それはきっと生涯忘れられない経験が多すぎたせいもあるだろう。 「僕らB組は来週末みんなで外食することになったよ。思い出作りの一環だって」 「どこもそうなんだな。こっちは今日、みんなで買い物に行ってる。みんなって言っても十人くらいだけど」 「買い物? 君は行かなくて良かったのかい?」 「誘われたけど別に買うものなかったから。それに物間は今日インターンないって言ってただろ」 にわかに飛び出した自分の名前に心臓が揺れる。クラスでの買い物よりも物間との時間を優先したと聞こえ懐に入れたようで嬉しかったが、瞬時にそれはきっと都合のいい思い込みだと自重する気持ちもあった。 「買い物か……そういえば僕も買わなきゃならないものがあるんだった」 話を逸らした臆病な自分が少し情けなかった。 「何」 「イヤホン。片耳だけほぼ聞こえなくなっててさ」 カバンから現物を取り出すと心操が興味深そうに見てくる。差し出して音楽をかけてやれば片耳だけ調子が悪いというのが分かったようで、眉を寄せて小さく頷いた。 「たまにプツプツ音がするから接触不良かな」 「やっぱりそうだよね。結構長く使ったし、寿命だと思って買いかえようかと思ってさ」 「いいと思う。時間が合えば俺も行く」 「え?」 「いや、俺もちょうどランニング用にもうひとつ買い足そうと思――」 心操がそこまで言ったとき、どこかでカサリと音がした。虫でもなく風でもない、人間の気配。誰かが来てもおかしくない場所ではあるが物間と心操、そしてかつて心操に操縛布の使い方を教えていた相澤以外が来たのを見たことはなく、場にほのかな緊張が走った。 「あ、あの……」 震える声に聞き覚えはなく、幼さと遠慮を含んだ声を辿ればそこにいたのは制服を着たショートカットの女子生徒だった。 「ここにいるってクラスの方から聞いて……。心操先輩と話したいっていう子がいるんですけど……」 台詞と表情から女子生徒の意図にはピンときた。心操も同じようで小さく溜息をついたのは見逃さなかった。 話したい内容は愛の告白で、大方勇気がないから友人に頼んで呼んでもらっているというところだろう。本人が来ない時点で勝ち目は薄いように思えるが、最近は物間には分からない感情があるのだろうと思えるようになり、少しだけ羨ましさを感じることすらあった。 「ごめん、物間」 「構わないさ。それじゃあ僕は先に、」 「ちょっと行ってくるから荷物よろしく」 気を使わせまいと立ち上がりかけた物間を制するように、心操は女子生徒に続いてどこかへ行ってしまった。一方的なよろしくの言葉とともに残されたのは物間一人と荷物が二つ。放っておくのも気が引けて、石畳の上にどかりと座り直す。 聞こえる方のイヤホンを差して音楽をかければ奇しくも遠く離れた人を想う曲が流れた。会いたい、触れたい、愛されたい。フィクションの美しさと思って気に入っていた曲が自分事へと寄ってきて居心地が悪かった。 今頃心操は告白を聞き、返事をしているのだろう。心操の返事はおそらくノーで、理由はヒーローへの道に専念するため。本心では興味がないというのもあるかもしれないが、それを口にしないだけの配慮はある。そこまで細かな予想ができるのは物間も似たような返事をしたことがあるからに他ならないが、ふと心操がクラスメイトと恋愛について話していたことを思い出した。 話していたと言っても心操自身が嬉々として語ったわけではなく、クラスメイトからランチタイムの話のネタにと強引に引き出されたものだ。それが声の大きい何人かのオウム返しにより物間の耳にも入ってしまっただけで、そういう話を好んで始めるタイプでないのは編入しても変わらないようだった。 恋愛が嫌いなわけではない。恋人とはデートしたいし多分プレゼントも贈る。そういうことをしたくなるような相手でなければ付き合わない……確かそんな話をしていた。色恋には興味がなさそうに見えてスタンダードな恋愛観を持っていることに驚いたが、真っすぐで一生懸命な心操らしいと言えば心操らしい。 ならばもし恋人ができたらこの時間、放課後に一緒に特訓をしてだらだらと会話を楽しんでいた時間はどうなるのか。すべてではなくとも大部分はきっとその恋人との時間に当てることになるだろう。徒歩五分の帰り道に背中を叩いて何でもない話をすることも憚られるようになるのだろうか。そう思えば寂しさと、ほんの少しの羨ましさで胸の奥がちりちりと焦げるようだった。 「ごめん、待たせた」 心操が帰って来たのは壊れかけのイヤホンが五曲ほどを流した後で、思ったよりは長かった。 「気にすることじゃないさ。それじゃあ僕はそろそろ行こうかな」 イヤホンをケースに戻して尻についた砂を払う。告白の結果は敢えて聞かないことにした。もちろん気遣いもあるがそれ以上に知りたくないという思いもあった。 「俺も行く」 「そっか。もういい時間だもんね」 木々の隙間から見える空は紫の中に紺を混ぜた不思議な色をしていて夜の兆しが見てとれた。 「思ったより話が長引いた」 「お疲れさま」 「……告白されて断って、なんでだめなんですかって言われた」 「ああそれ一番困るヤツだ。何を言っても『付き合ってみないと分からない』って言われるんだよね」 「俺は別に分からなくてもいいのに」 「ごもっともだね。好きな人がいるって言ってみたことはあるかい?」 「ないよ。嘘を言うのは好きじゃない。『付き合ってみないと分からない』には敵わないし」 「そりゃあそうだ。ならいっそのこと本当に付き合って、その上でだめでしたって言うのがいいのかな」 虚しさを感じつつも最適解である気もする。付き合ってみて良さが分かれば相互利益となるのだから。しかし心操がそれに首を縦に振るとは思わない。事実、大きな溜息をついてカバンに荷物をまとめ始めた。 「断るのは疲れるけど、好きでもないのに付き合ったらもっと疲れるだろ」 そう言って心操は最後に一口スポーツドリンクを喉へと流し込み帰り支度を終えた。影の薄くなった地面を踏みしめ、この時間がなくなることはしばらくなさそうだと安堵する。同時に心操の隣で笑い合う恋人の存在を考えた。恋人の前で心操はどんな顔を見せるのだろう。それはきっと物間が見たことのない顔で、せっかくできた気の合う友人が遠くへ行ってしまう想像は物間の背中を押した。 「じゃあさ、心操くん。僕と付き合ってみるのはどうかな」 物間からすれば話の流れは一貫している。好意どころか接点のない人から告白されても付き合う気はなく、断るのも大変だと聞いてその解決法を提案した。大胆すぎる提案かもしれないが、その合理性は雨が降ったから傘を差すのと大差ないという気持ちでもあった。 「……は?」 「怒るも笑うもないなんて逆に怖いな。でもまぁ聞いてくれよ、これにはメリットしかないんだ。まずお互いに恋人がいれば告白を断る理由になる。面倒でしかない流れをスキップできるんだ。嘘じゃなければ気に病むこともないしね」 物間の三歩先を行く心操の正面に回り込む。じとりと睨めつけてくる瞳には嫌悪感を感じなかった。 「第二のメリット。前にも言ったけど僕は君を気に入っているから君と付き合うことに問題はない。この際それが恋愛感情か否かも、君からの好意の有無も問わないさ。僕が君に好きになってほしいなんて言うことはないんだから今までとそこは変わらない。分かるかい? 付き合ったとしても気持ちの上で疲れる要素はないんだよ」 「……本気か?」 「僕はいつだって本気さ。第三に僕は君とほぼ変わらない生活をしている。疲れも忙しさも分かるからね、連絡してほしい会う時間を作ってほしいなんて我儘は言わないしそもそも僕だって忙しい。驚くほどの好条件だ」 心操は頷くことも表情を緩めることもないが、足を止めて聞いているだけで少なくともマイナス感情はないことが分かる。大胆な提案は説得の体で利点をまとめるうちにどんどんと現実的なものとなり、物間の口もよく回った。 「そしてこれは最大のメリットなんだけど、僕は君を縛らない。誰かを好きになるのも自由だし、もし他に付き合いたいと思う人ができたらすぐにそっちへ行ってくれて構わない。本当に恋人ができるならそれは喜ばしいことだからね。僕なら君の人生を邪魔せず恋人の真似……いや、恋人モドキになれるんだ、便利だろう?」 「モドキって……」 「ああそうだ、恋人モドキは期間限定のほうがいいよね。分かりやすいところで卒業式まででどうかな。式の終わりと同時に僕はお役御免だ」 「お役御免……さっきから言い方に棘があるな」 「デメリットは今のところ思いつかないけど、まぁ疲れたら別れればそれで済むからね。君も僕もメリットだけ享受すればいい。誰も傷つかない素晴らしいアイディアだ」 「そうは思えないけど」 否定的な台詞を言いつつも心操は本気で止める素振りは見せず、消極的なイエスと受け取ってプレゼンは完走した。間の抜けたカラスの鳴き声がまるで自分のように虚しく夕闇に響く。 「じゃあ決まりだね。君に恋人ができるまで、もしくは卒業まで僕らは恋人モドキの関係だ。どうぞよろしくね」 反論がないのをいいことに右手を差し出すと、眉を顰めながらも心操は右手を開いた。物間が心操を分かっているのと同様に心操も物間を分かっている。気持ちよく話し出した物間には何を言っても無駄、好きにさせるのが最善でよっぽど嫌な話でなければスルーか放置と言っていたこともある。 「はあ……まあいいや」 「お? 意外と乗り気かい?」 「断るほうが疲れる」 やる気の感じられない右手を迎えに無理矢理行って握手をする。心操の掌は操縛布の練習で硬くごつごつとしていた。 「契約なんてそんなものさ。締結までが一番疲れるんだ。ああそうだ、このまま手でも繋いで帰るかい?」 悪戯心からそう言えば心操は大きく溜息をついて手を離し、今度は物間の五歩先を行く。 友人の背中はモドキとはいえ恋人のそれとなる。卒業までの期間限定で合理性のみを考えた偽物の関係とはいえ、心操と特別な間柄になった事実には照れくささと心強さを感じなくもない。体育館の表に出れば刺すような夕陽に瞳は焼かれ、身体ごと焦がされてしまいそうだ。前向きな気持ちで、しかし恋人としてどうこうなんてことは微塵も考えずに追いかけた心操の背中はオレンジ色に輝いていた。



