さかさ 福
物販商品(pixivFACTORYから発送)¥ 4,500


パズル - 縦この商品はpixivFACTORYで作られた商品です。サンプル画像は完成イメージのため、実物と異なる場合があります。 古い市場の裏通りに、小さな刺繍店があった。 店番をしているのは、白髪をきっちり結い上げた老女である。彼女は春節が近づくと、決まって一枚だけ特別な飾りを作った。 赤い布地に、逆さにした「福」の文字。 けれど、その店の飾りは少し変わっていた。縁を彩る糸が、夕焼けの橙から夜空の藍へ、花畑の緑から朝露の紫へと、虹のように七色へ移ろっていくのだ。 「どうして福の字を逆さにするの?」 ある冬の日、店を訪れた旅の娘が尋ねた。 老女は針を止め、目尻の皺を深くした。 「福というものはね、まっすぐな道だけを通って来るわけじゃないんだよ」 若い頃、老女は貧しい刺繍職人だった。仕事は少なく、夫は病に倒れ、何度も針を折っては涙を流した。 それでも、どうにか暮らしをつないだ。 雨の夜に差し入れられた一杯の粥。通りすがりの商人がくれた古い糸巻き。市場で知り合った友人たちの笑い声。 幸せは、大きな鐘を鳴らして現れるものではなかった。 むしろ、人生がひっくり返り、もう駄目だと思った日の片隅から、そっと顔をのぞかせるものだった。 だから老女は、毎年、福の字を逆さに刺した。 失敗した日にも。 泣いた日にも。 誰にも理解されなかった日にも。 幸福は、案外そんな場所に舞い降りるのだと信じて。 娘は黙って飾りを見つめた。虹色の糸は冬の陽を受け、まるで幾人もの人生を織り込んだ川のように輝いている。 「この色には、何か意味があるの?」 老女は窓の外を見た。 雪雲の切れ間から、薄い光が差し込んでいる。 「赤は喜び、青は静けさ、緑は実り、紫は夢。けれど、本当はどの色も、誰かの昨日と明日なんだよ」 そう言って、老女は出来上がった刺繍を娘の手に乗せた。 「持ってお行き。福はね、探しに行くものじゃない。誰かに手渡されて、ようやく気づくものだから」 娘が顔を上げたとき、店の軒先の鈴が小さく鳴った。 通りには夕暮れが降りていた。 けれど、娘の胸の中には、春の気配がひと足先に訪れていた。
発送予定日
- パズル - 縦(縦 - 紙)2026/08/31

