アイドルミニコミW-IDOL vol.5 『Am I ready?』
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アイドルミニコミ『W-IDOL』創刊5周年記念号となります。私たちは「アイドルが好き」というゆるやかな意識のもとで集まり、身体に注がれる眼差しや、身体が表現する欲望について、メンバー各々が自由に論じることを続けてきました。そんなサークルの歴史2020-2025を総括しつつ、今後へのジャンプボードともなるような論集を目指しました。
論考紹介:【2人組男性アイドルのパフォーマンスは異性愛規範を撹乱しうるか?】(Show Koma)
旧ジャニーズ事務所の諸々があってからというもの、果たして自分は書き続けて良いのだろうかと迷う日々が続き、気が付けば前回の原稿から3年も経っていました。たった数ページの文章であっても世に出る以上は、私以外の誰かの苦しみの存在、言い換えれば言葉を発する社会的責任というものを考えなくてはいけないのだろうと思っています。そうしてたどり着いたスタンスが、批評とは予祝であるというものでした。 はるか先にある、澄み渡った、誰にとっても望ましい状況をいま・ここに引き寄せるような言葉を紡いでいきたい。その分かりやすい例として、今回は異性愛規範が取り払われた世界を引き寄せる文章を書きたいと思いました。 日本のボーイズアイドルは、何十年もの間、一社寡占の状態でした。そうやって育まれた文化を指して、時に諸外国の文化と比較しながら、その根底にある価値観の前時代性を指摘する論考は数多く存在します。今回調べた中でもそうした部分は確かにありました。 近年でいえばスターダスト所属の龍宮城など、クィアネスを明確に打ち出したグループは出てきてはいますが、いまだ限定的です。 しかし、私はこれまで、そんな古色蒼然とした文化の中に規範からの逸脱や規範の攪乱のヒントを見つけ、そこに救いを見出してきた身です。保守的で古典的のように見えるものほど、そうじゃない可能性を見出すことで得られる刺激は大きいはずです。そしてこの話を言葉に起こすことで、もっと一人の人間として祝福を受けるべきあなたが、いま・ここをサバイブする活力となり得るのではないかとも考えました。あなたの生存こそ最大の抵抗であり、規範をひっくり返す最短の近道です。どうか届きますように。 〈終われない終わらない 窄まれた苗の分も咲いて〉(原因は自分にある。『遊戯的反逆ノススメ』)
論考紹介:【漂流記としての創作-海、マーブル、そんな感じのもの-】(オオルリ)
二次創作などを通して身近なものになりつつも、やはり創作というものがなんだか仰々しく、特別な才能がある人間の特権的行為のように思われていることに違和感がありました。 自分にとっては、日常的な手触りの中にある、人生を構成する最小単位としての会話でさえ、創作のひとつなのではないかと思っています。 見聞きしたものが、自分の中にある何かしらに従って作り替えられ、別の姿となって口や手から出てくる、そういうプロセスが、創作なのではないかと考えています。その延長線上に、小説だとか漫画だとかゲームだとかの「作品」があると思います。 この論考自体も、哲学や美術、お笑いといった、自分が触れてきたものを作品として昇華したものであり、私の描く創作の成果物のひとつです。アイドルを語るこの本の中ではとても歪に見えますが、アイドルというのも、その人自身を媒体として行われる創作のひとつと考えているので、そうした視点で捉えていただければ幸いです
論考紹介:【エロマンガを通して女性になる】(りりい)
アイドルミニコミなのに、エロマンガがテーマでいいのか?とも思いましたが、書きたいものを書きたい時に!がモットーなので、こうなりました。サークルの中で怒られるかと思っていたのですが、そんなこともなく、ここは本当に自由な言論の場なのだと思いました(あまりにも自由すぎるとは思いますが……) わたしの書く文章は批評文であっても、すべて「どうやったらわたしは自分自身の生を認めることができるか?」というテーマが根本にあります。わたしは作間(HiHi Jetsだった子です。今はACEesにいます)がいないと生きられなくて、作間のために生きていない自分には価値がないと思っていたからです。でも、そんな風にしか感じられないのは作間がかわいそうで、作間に他の意味付けをしてあげたくて、批評を始めました。 でも、いざ批評を始めると、作間を通して自分自身や、自分と似た境遇の人について考えたいと思うようになりました。例えば、元気がない人、適切な養育環境を与えられなかった人、障害を持つ親に育てられた人……それは、わたし自身がもともと臨床の場を目指していたからなのかもしれません。それで、今回はまず、食べるのが苦手な人について書こうと思いました。だから、最初に書き始めたのはドゥルーズとパルネの示した拒食症に関する議論についての部分でした。 結局、今回の論考についてもそもそもの動機と全く同じであるように思います。すなわち、別の意味付けをする、ということです。自らを傷付け、生命を断つような行為を繰り返すことでしか、生きられない。精神分析の文脈では、ここに親子関係の不全を見出します。でも、そうじゃない意味が欲しい。そうじゃない意味があれば別の生き方ができる。そういう希望を追いました。エロマンガについても同様です。このように見られているのだと諦めるのではなく、そこに他の意味付けをする。その意味付けが、わたしや、わたしに似ている誰かの逃走の補助線になるようにする。これを目標としました。 本当は、わたしたちは誰も苦しまなくていい。生まれ落ちた環境にとらわれなくても良いのだと言いたい。アイドルミニコミ『W-IDOL』は、アイドルについてのミニコミだけれど、わたしにとっては、そういった願いを込めた雑誌でもあります。
論考紹介:【アイドルの余白】(生きる)
私たちが言葉でわざわざ埋め立てるまでもなく、アイドルのメディア上の振る舞いの余白には、様々な現実が滑り込んでしまいます。その歪さの中で我々書きたいオタクがどう生きればいいのか、結論の出ない迷走感をエッセイに書きました。5周年記念号、ぜひご一読ください



