皇帝陛下と魔女の海賊船
- 900 JPY
160P 異世界トリップファンタジー第5弾 リュウキュウ国からの使者がエチゴ王都に入ったのは、高 耶が話しを聞いてから5日後の事だった。 他大陸から使者がやって来た、そんなニュースに城下も落 ち着きが無い。高耶も不安を抱きながら、使者を待っている 状態だ。 この大陸は、やっと平和が訪れていた。長い戦乱を経ての 平和の貴重さを、高耶は分かっているつもりだ。だが、こう して新たな存在によって、その大事な平和が踏み潰されてし まうかもしれない…… そんな不安が高耶の中から消えてくれ ない。 日本も大きな痛ましい戦争を、海の向こうの国々と殺し合 ったのだ。それを思わずにはいられなかった。 もし、また乱世の時代が始まってしまったら…… 城下だけ でなく遠く離れた村々も、そんな不安から活気を無くしてい た。 バサッ 白いシーツが勢い良く巻き上がった。と同時に、元気の良 い声が響き渡る。 「高耶様ッ!起きて下さ…… あれ?」 朝の恒例行事、高耶付きの侍女、森野の大きな声が王妃の 間に響いたが、 「高耶様?」 その声は、途中で止まってしまった。 「…… 高耶、さま…… 」 零れる位見開かれた眸は固まり、怒鳴り声は小さく震えて いる。 「…… そんな驚くなよ…… 」 蹴り落とされる、否、起される前に起きていたからと言っ て、そんなに驚かなくても。 「はぁ…… 」 確かに高耶はかなり寝汚いが、森野のあからさまな態度に 肩を落としてしまった。 「…… 一体どうなされたのですか?」 まだ驚愕から回復していない森野は、怖いものでも見るよ うに高耶を見ている。 「別に」 「…… 」54 「いいだろ?森野の手間も省けたんだし」 「まぁ…… そうですけどね…… 」 図太い、と言うか頼もしい侍女は復活すると、フン、と鼻 を鳴らした。 「何時もそうだと私も助かるんですけどね」 「…… 」 「何時もの高耶様ときたら、それはそれは」 「…… 分かったって…… 」 言われても仕方が無いので、高耶に返す言葉は無い。 「では顔を洗って下さいね、陛下が朝食をこちらでお摂りに なるそうです」 「へ?」 高耶が何か訊こうとする前に、森野はとっとと控えの間に 消えてしまった。 直江が?何で? 「…… そっか」 今日はリュウキュウからの使者が王宮にやって来る。高耶 の不安を知っている直江が、心配して顔を見に来るのだ。 「はぁ」 直江の気持ちは嬉しいが、そんな自分が情けない。仮にも 皇妃なのだから、もっとしっかりしなければ。 「おし」 軽く気合を入れると、高耶は勢い良くベッドから起き上が ったのだった。 他大陸からの使者との謁見は、反対意見も多かったが結局 2人の皇子達も同席する事になった。 未知の存在を前に皇子達を危険に晒すのは…… との声は直 江が突っ撥ねてしまった。確かに危険要素はあるのだが、高 耶もそれには賛成だった。 「高耶さん、食欲が無いんですか?」 「…… まあ、あんまり」 王妃の間で向き合って食事をしている直江は、パンを口に 運ぶ動作さえ優雅だ。これが血筋ってやつ? 「…… 」 「高耶さん?」 「あ?何でもねぇよ…… だって今日だろ?リュウキュウが来 んの」 ここで誤魔化しても仕方がない、と言うかどうせバレバレ なので高耶は開き直っていた。 「どんな奴らが来んのか分かんねぇし…… 何かな…… 」 珍しく素直な高耶に、直江は破顔する。 「一応の報告では、この大陸の者と容貌は変わりないそうで55す。服装が違っているらしのですが」 「ふーん」 高耶から見れば、直江の着ているものもまるでヨーロッパ 中世かファンタジーの世界の王子様なのだが。もっとも今の 高耶も同じような服を着ているので、何も言えない。 「精々観察してやればいい」 「へ?」 意地悪く嗤う直江に、高耶は呆れてしまった。だがこれも 高耶の気持ちを軽くする為の言葉だと分かっているので、再 び止まっていたスプーンを動かし始める。 「そうだよな、気にしてもしょうがないし」 「そうですよ」 笑う直江だが、内心は冷えた思考を巡らせていた。 リュウキュウ一行の態度は控えめで人当たりが良い。エチ ゴの兵や役人にも、穏やかで慇懃に接している。髪、眸の色 はこの大陸と同じく色取り取りで、肌の色は浅黒い。 簡単な報告など、一体何の役に立つと言うのか。 にこやかに声を掛けた次の瞬間、刀を振り下ろす状況を嫌 と言う程知っている直江にとって、表向きの友好的な態度を そのまま信じる事など有り得ない。 「…… 」 確かに成田老の言う通り〟意思〝の干渉が消えれば時間は 自然な流れに乗り始める。そうなれな大陸間の交流が生まれ るのも当然だ。直江自身、近々風魔を内密に他大陸に送り込 む予定だった。直江がそう考えているのだ、他の国も同様だ ろう。 「…… 」 今回は、先手を打たれた形になってしまった。 リュウキュウから密偵が秘密裏にエチゴに入国した事実は 無い。あれば風魔が気付かない筈が無いからだ。そしてリュ ウキュウは、正面から切り込んできた形になっている。 「直江?」 「…… 」 狙いがいまだ絞れない事が、直江を苛立たせていた。 「直江って」 「…… 何ですか?」 もし高耶に手を出せば、その場で切り捨てる。そこには決 意など、そんなものは必要無い。直江にとって当たり前 ・・・・ の ・ 事 ・ なのだから。 「ボーっとしてた」 「してませんよ」 「してた」 「してません」 「してた!」 「はいはい」56 「…… ムカつく…… 」 唇を尖らせる高耶の頬に、身を伸ばしてキスをする。する と高耶はニヤリ、と嗤った。 「何だよ、お前オレの事そんなに好きなわけ?」 揶揄う高耶はこの点では、学習能力が無かった。 「そうですけど、何か問題でも?」 「…… 」 この手の揶揄いが、厚顔な男に通じる筈もなく。 「好きで好きでどうしようもないのですが」 シレ、と言う言葉が真実だと知ってる高耶は、グウ、とな ってしまった。 「…… 煩ぇ…… 」 頬が熱くなってくるのを感じながら、高耶は剥きになった ようにパンを頬張ったのだった