天之足夜

（前略） ざくり。砂利を踏む音が響いて、おいらはとっさに六太の口を手で塞ぐ。自分の方は声が喉の奥に引っ込んじまったのか、ただごくりと唾を飲み込んだ。誰か、居る。何処かに隠れなきゃ。そう思ったけれど、足に根が生えたみたいに全然動かない。どうしよう、せめて、六太だけでも。 「…何かと思えばガキがこんな夜更けに、どうした？」 夜泣き地蔵のそばに大人が一人、立っている。月が陰って良く見えないけど、声の感じは若い男の様だった。 　何か、言わないと。そう思うとますます声がでなくなって、ただ咄嗟に六太を背に庇う。 答えが無いのに首を傾げ、男が近づいてくるのをただ見つめていた。どうしよう、それだけが頭の中をぐるぐると回る。 　目の前まで来た男がしゃがみ込んで、ようやく顔が見える。青白い月明りの中で、何だか人形みたいなきれいな顔だった。思わず目を見開くと、男がにやりと笑って、そしたら人形じゃなくなって、ちょっと安心した。 「二人で肝試しってとこか」 そういうのは江戸も京も変わらねぇんだな。俺も昔、兄貴にくっついて行ったもんだ。 そう呟くと男は少し乱暴な手つきでおいら達の頭を撫でてくれた。 「でもな、最近は物騒だから、止めとけ」 おとっつあんとおっかさんが心配するぞ。早く帰ぇんな。 （以下、本誌にて）