【攻殻原作モトサイ】蝶々の近況
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攻殻原作モトサイ 攻殻機動隊オンリー I.D.E.A.complication あわせ再版 サイトーが草薙と容疑者を追い掛けて台湾に出張し、メキシコのことを思い出したり大変な目に遭ったりする話。 サイトーの活躍に飢えていて、頑張るサイトーが書きたくて書きました。 草薙が圧倒的上位者となるため当時の慣習に従ってモトサイとしていますが、今回は突っ込んだり突っ込まれたりするわけではありません。 蝶々の近況 butterfly that has flown from Mexico 攻殻原作モトサイ A5/20P/コピ本/330円
毎年秋になると、数百万匹の黒と橙の蝶がメキシコに向けて北米大陸を大移動する。オオカバマダラという親指の先程にも満たない小さな蝶だ。 変温動物である蝶は、体温が上がらなければ飛ぶことはできない。 だからオオカバマダラは太陽が昇るとゆっくり羽を動かしはじめる。朝陽を浴びながら体を小刻みに震わせ、筋肉の温度を上げてようやく飛び立つ。そしてそのまま吹き上がる上昇気流に乗って高く上がっては滑降し、高く上がっては滑降し、4500キロを飛び続ける。 メキシコではおびただしい蝶が樅の木に群がり、樅の森は蝶の森となる。そして雄は交尾の後、雌は産卵の後、数世代を掛けて北米大陸を戻る。 オオカバマダラが空を覆い隠すほどに飛び回り羽音を響かせるさまを言葉でつたえることはうまくできない。ただ、できることなら死ぬまでにもう一度見たいと思う。 あの蝶の群れを見たのはいつだったろう。 あの蝶は愛する人の元を訪れる亡くなった人の魂なんだと言ったのは誰だったろう。 午後の中途半端な時間だったが、新浜空港は混み合っていた。 南海の楽園にでも向かうらしい浮かれた搭乗客だけでなく、空港警備員までもが自分をできるだけ避けようと不自然に壁際を歩いて行くのを横目に見ながら、サイトーは長い溜め息を吐いた。 刈り込んだ頭と左目のアイパッチがいけないのか。ワイシャツをだらしなく着崩しちゃいるが、腹に入れている蜷局を巻いた蛇の刺青に比べればなんてことはないはずだ。 公安9課じゃトグサの次に義体化率も低ぃんだがな、と、搭乗口そばの喫煙場所の壁にもたれて煙草のフィルターを噛んでいると、ようやく待っていた女がやってきた。 黒革のライダースジャケットにワンピースだろうクラシカルなミニスカート。ぴっちりと喉元までジッパーを上げているが、大きく盛り上がった胸元が窮屈そうだ。ストイックなまでに黒尽くめの上半身に比べ、やわらかそうな薄い布地を何枚も重ねたようなベージュのミニスカートは太腿の半ばまでもない。 あいかわらずの露出。そして、なんと男連れ。 草薙の腰に手を回してにやついている見知らぬ大男をサイトーが不審気に見ていると、こちらを見ずに草薙が電通を入れてきた。 『待たせて悪かったわね。で、被疑者は?』 『おとなしいもんさ。蜘蛛型のインセクトロンで遠隔監視してるが、搭乗ゲートでガタブル震えてやがる。』 『環太平洋大西洋経済連携事前会議の議事録を改竄するなんてでかいことやった割には、つまらない逃亡劇ね。』 『本人にとっちゃつまるもつまらねぇもねぇだろうがな。そんなことより、そのにやけたマッチョは誰だ?』 『にやけたマッチョ?ああ、こいつのこと。ふふ、ロボニカインダストリアル社の警備副主任よ。』 サイトーは残された右目をいくらか見開いた。 『軍用義体の機密流出でバトーが内偵してるロボニカインダストリアルか?』 『そう。あそこのホストコンピュータ、防壁迷路がうまくできてるってバトーがぼやいてたじゃない?イシカワはプノンペンだし、ちょっと時間が掛かりそうだったから警備副主任の電脳経由でアクセスコードをダウンロードさせてもらうことにしたの。』 『そりゃうまく引っ掛けたられたもんだな。腐っても1000億円企業の警備副主任じゃ、ただのマッチョじゃなかったろう。』 『そうね。』 草薙が口端を引き上げた。 『ただのマッチョにしてはセックスは上手かったわね。』 サイトーはわずかに顎を引いた。 それなりの能力を持っているであろうナショナルカンパニーの警備関係者が相手では、疑似体験をかますぐらいではすまなかったのかもしれない。 よくあることだ。保護者気分の抜けないイシカワじゃあるまいし、そのことをとやかく言うつもりはない。だが、よくあること、で済ませるには草薙は上機嫌過ぎた。 『やけに機嫌がいいじゃねぇか。ロボニカインダストリアルの警備副主任はそんなによかったのか。』 草薙は警備副主任に腰を抱かれたままカウンターでチェックインを済ませたところだった。 『…………だって、バトーがね。』 警備副主任が顔を寄せ何かを囁いたので草薙からの電通が途切れた。 目端に腰を抱かれた草薙がくすぐったそうに体を捩って笑うのが見えた。自分達には見せることのない、男に媚びた笑顔だ。 サイトーは煙草を灰皿で揉み消し足元のアタッシェを取り上げると、 自分もチェックインカウンターに向かった。 『それで?バトーがどうした?』 『ああ、バトーがね、私達がセックスするのを最初っから最後まで見てるんだもの。』 『まるで3Pみたいだったわ。』 さもおかしそうに咽喉の奥で笑う草薙の声にサイトーは天を、いや空港の天井を仰いだ。悪趣味だ。 『信じられねえ、ロボニカインダストリアル社の中で乳繰り合ってたのか。で、バトーはもう上がったのか?』 『立体駐車場までは警備副主任の車の5台後ろをついてきてたわよ。今頃空港の警備システムに枝でもつけて、こっち見てるんじゃないかしら。』 『えっ。』 草薙の言葉にサイトーは首を竦めた。首筋あたりがひやりとする。 『中国に亡命でもするつもりなんじゃないかと思ってたんだけど、台湾とはね。』 『おい、そいつはそのままにしておいていいのか?』 『このあとバトーがどうとでもするんじゃない?』 確かに草薙が命令などしなくてもバトーは容赦なくこの男を痛めつけ、その電脳から草薙の痴態を消すだろう。 わかっているからこそ、警備システムへのアクセスコードを抜いてしまえば用の無いこの男が今も我が物顔で自分に触れるのを草薙は許しているのだ。 サイトーは自分の左手を見た。 ゴツゴツと筋張った男の手、切断当時の自分の手に似せて作られた精巧な義肢だ。その表面はなめらかな人工皮膚に覆われ、メキシコで骨も神経も無く滅茶苦茶にされたことを想像させるような、一筋の傷跡もここには残っていない。 ぐずぐずに化膿した傷口を何度も覗き込むようにバトーの気持ちを確かめそして踏み躙る草薙に引き摺られ、サイトーは今はない傷跡が痛むような気がした。 『あんた、どうかしてるんじゃないか。』 草薙がいかにも恋人同士のようにいちゃつきながら警備副主任と別れを惜しんでいる横を通り過ぎ、サイトーは搭乗ゲートをくぐった。 数人後ろ、警備副主任に手を振りながらこちらに歩きはじめた草薙がちらりと見えた。警備副主任の姿が遠く見えなくなったころ、全くの無表情で草薙がぽつりと答えた。 『そうね、どうかしてるわね。』 事務次官補はサイトーの斜め前、草薙はサイトーの3列後ろの席だった。どのみち国際線機内では電波が遮断されて電通はできないが、搭乗直前に、疲れたわ、という短い電通を寄越してからこっち、草薙はシートに深く腰掛けたまま動かなかった。 まさか本当に寝ているとも思えなかったが、草薙とは席が離れていてその表情は窺えない。インセクトロンも回収してしまったので、自然、サイトーが事務次官補の監視を目視で続けることになった。 事務次官補の24時間行確は初日から破綻の予感を孕んでいた。 環太平洋大西洋経済連携事前会議とは環太平洋経済連携協定と環大西洋経済連携協定を一つの経済連携協定とするべく、日本で開催されている事務次官級会議だ。だが、偶然議事録の改竄が発見され、調査の結果、事務次官補が複製禁止処理がされた議事録を複製したことが判明した。 環太平洋経済連携協定と環大西洋経済連携協定に参加していない国々、特に警戒感を強めている中国あたりに事務次官補が抱き込まれたのではないかと荒巻は考えていた。 ブリーフィングの後、行確に入ることになったサイトーが経済産業省に到着するより早く、事務次官補は秘書と鞄を置き去りに執務室を抜け出し、新浜空港に向かっていた。 クレジットカードの使用履歴から台北行きの航空券が購入されていることをイシカワが突き止め、なんとか新浜空港到着前に網に引っ掛けたが、本部に戻ることができなかったサイトーの装備は特殊アタッシェに分解しておさめられたアサルトライフルだけ、遅れて合流した草薙もコーティンググロック一丁を義体に仕込んで持ち込むのが精々といったところだった。 特殊アタッシェがX線を通さないよう精密偽装されていたのは幸運だった。中国と台湾の緊張が高まっている現在、台湾に入国するためには台北空港で厳重な入国審査が行われていたし、同じ飛行機に搭乗する事務次官補の手前、騒ぎを起こして目立つわけにもいかなかったからだ。 まあこれも、公安なんて血生臭い商売をしていればよくあることだ。 機長から台北の天候についてのアナウンスが入った。台北市街の天候は晴れ時々曇り、気温は25度。 通路側の席に座っていたサイトーは首を回して小さな二重窓から眼下の台北市街を見た。 台湾は、台湾島と澎湖諸島や蘭嶼といった周辺諸島、及び金馬地区、東沙諸島、南沙諸島からなる。ほぼ中央を北回帰線が通っていて、北部が亜熱帯、南部が熱帯に属している。そのため、北部は夏を除けば比較的気温が低いのに対し、南部は冬を除けば気温が30度を超えることが多い。 太陽が海に溶けるように沈もうとしていた。 飛行機が滑走路に無事着陸しデッキまでコンクリートの上をのろのろと移動していると、ようやく草薙が目を開いた。サイトーはその目に光が戻ってきていることを確かめずにはいられなかった。 公安という世界で信念を貫き通すには、強くあらねばならない。 メスゴリラと揶揄されながらも世界屈指の義体使いであることを草薙は望んでいる。それでも、草薙が不意に見せる弱さをサイトーは嫌いではなかった。痛々しくはあったが、その弱さは草薙が女であることをサイトーに思い出させ、腹の底をぐるぐると掻き回すのだ。 サイトーがアタッシェを持って立ち上がると、草薙がちらりとこちらを見た。2人は別々にタラップを降り、搭乗客に紛れて到着ロビーに向かった。 以下続く