【幼馴染にご用心VR新刊】僕らが旅に出る理由1
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431話読了後はじめて書いた勝デクになりますが、実は解釈はあまり変わりませんでした。ふたりにはこのあとゆっくりと幸せになってもらいます。 「僕らが旅に出る理由」 勝デク 全年齢 雄英高校からプロヒーローまで勝×無個性デク A5/24P/コピ本/330円
吸って、吐いて 吸って、吐いて 意識して、ゆっくりと 吸って、吐いて 幼馴染として生きて来た長さに引き摺られて、何歳になってもその大きな目から溢れる涙には目を奪われた。 頬を擦り合わせるようにして同じ毛布で眠っていたころからいままで、大して変わらないその横顔が涙に濡れるのを何度も見て来た。 無個性であってもなおあのひとのようなヒーローになりたいと目に涙を溜めていた出久がいつのまにか個性を譲り受け、次は君だという言葉にその大きな目から涙を溢れさせるのを見た。あのとき、出久はもう無個性であることを悲しんで泣くことはないのだろうと思った。 大戦がはじまってからも、力及ばず踏み躙られた命だとか破壊された街だとか、励ましだとか祈りの言葉だとか、なんにしろいつも泣いていた。馬鹿げた書き置きを残して雄英高校を出て行ったあとは、体を丸めて泣きながら眠る出久を電気を消した寮室の向こうに見た。 大戦が終わって再び無個性に戻ったとき、不相応な夢を叶えてもらったのだと言って出久は笑っていた。 願いに相応も不相応もあるはずがないのに、それを不相応だと言ったのは俺だ。あのころ、無個性であることで虐められ無力さを噛み締めながらもヒーローになりたいと言い続ける出久が俺には理解できなかった。 学生服が埃で汚れることにも気が付くことなく床に座り込み丸められた進路調査書を握り締めて項垂れていた出久は、進路調査書を丸めて投げ捨てた本人であるはずの俺がいま、ヒーローになりたいという願いを諦めようとしている出久にこんなにも打ちのめされていることを笑うだろう。 残り火が消えるのはもう時間の問題で、愚図で鈍間な幼馴染が愚図で鈍間な幼馴染に戻るだけだ。 それでも大学を受験して教員免許を取り雄英高校の教師を目指すのだと聞いたときには、言葉が出なかった。無個性に戻った出久にはそれが最善の道だとわかっていても、膝から力が抜けるようだった。 雄英高校に復学し、梅雨前に遅ればせながら高校二年生となった。 心臓は頻発していた心房細動も起こらなくなり安静にしていれば学生生活は問題無いという診断が出たが、接合に接合を重ねてそのかたちをとどめただけの右腕は医者の言葉通り元には戻らなかった。 爆破が掌由来の個性である以上義肢という選択肢はなかったが、特に握り潰された肘から下はほとんど動かすことができず、ただぶら下がっているだけのその重さには神経を擦り減らされた。 右腕がプラスチックのカバーで固定されていたため制服は左腕だけ袖を通して羽織り、板書をノートに書き写すためのシャープペンシルも籠手を整備するための精密ドライバーも左掌で握った。 制服からヒーローコスチュームに、ヒーローコスチュームから制服に着替えるのにはさすがに時間が掛かった。 片手で装備を取り外したりワイシャツの釦をとめるのは面倒で、待たれることを厭がる俺のために両腕に違和感がある出久が僕も時間が掛かるからとロッカールームに残るようになった。 それはひたひたと靴先に打ち寄せる波にも似て、ただ靴裏を濡らしていただけだったその中に一歩二歩踏み込めば、踝のあたりまで脹脛のあたりまでとその深さが増していくなんてはじめからわかっていたことだが、出久と二人きりの時間は想像していた以上に俺を満たした。 ロッカールームのベンチを行儀悪く跨いで向かい合わせに座り、毎回出久は俺の右腕の包帯を巻き直した。 接合跡の皮膚を保護する軟膏を塗り包帯を巻く出久の、俺の右腕と同程度には接合跡だらけの掌と下向いた睫毛を見詰めながら、大戦が終わってあらためて詳細を知ることになった俺のクラスターのことだとか轟の大氷海嘯のことだとかをべらべらと話し続けるその声を聞くことはもはや日常になりつつあった。 「三ヶ月遅れちゃったけど、通形先輩たちの卒業式、全員で参加できてよかったよね」 「酷ェ卒業式だったがな」 「オールマイトのときの卒業式とか気になるなあ」 出久は俺の動かない右腕を不器用に上に下に取り回しながら包帯を肘まで巻いて切り結ぶと、褒めろと言わんばかりに上目遣いにこちらを見た。 「縦結びじゃない」 「誰でもできるわ」 「僕はできなかっただろ」 「自慢気に言うんじゃねェわ。何回、懇切丁寧に教えてやったと思っとンだ」 「あれって懇切丁寧だったの」 「これ以上ねェくれえ懇切丁寧だったろうが」 「だめだよ。かっちゃんは高校卒業したらすぐに独立するって言ってたじゃないか」 なんでもないことのように言われて言葉に詰まった。 あのオールマイトをも超えるトップヒーローとなり、独立して高額納税者になるんだと息巻いていたのは、肩幅の合わない窮屈な学生服を着ていたころのことだ。 「大・爆・殺・神ダイナマイトがサイドキックにヒーローのなんたるかを懇切丁寧に教えてると、このままじゃ通り掛かった市民に通報されちゃう」 「うるせェわ」 「もう」 巻き戻した包帯と軟膏を片手に立ち上がる出久を横目に見ながら、俺は溜息を吐いた。 出久はロッカーから取り出したワイシャツを羽織り釦を留め終わると、追い掛けて立ち上がった俺が時間をかけてワイシャツに袖を通すのを律儀に待っている。 「雄英高校の教師になるんなら、ヒーローのなんたるかはてめェが教えとけや」 ワイシャツの釦を片手で留めながらそう言うと、出久はぱちぱちとまばたいた。それから俺がワイシャツの釦を留め終わるのを待って俺のほとんど動かすことができない右手首を持ち上げ、袖口の釦を留めた。 「困ってる人のところに駆け付けて、ヒーローって呼んでもらえてはじめて、ヒーローはヒーローになるんだ」 確かめるように出久が言った。 「だからヒーローのなんたるかは、大・爆・殺・神ダイナマイトが教えなきゃ」 大戦終盤、限界を超え動かない体を動かすために皮膚下に黒鞭を這い回らせ無理矢理筋肉を収縮させて死柄木と向かい合っていた、医者が聞けば卒倒するようなことをしてまで誰かをその背中に庇い闘い続けたこいつがヒーローでなければ誰がヒーローだと言うのか。 没個性どころか無個性がヒーローになんかなれるはずがないと嘲笑った俺に、やってみないとわからないと言い返したくせに。 それでも出久の心の内を考えれば、てめェだってヒーローだろがという言葉は舌の上で擂り潰すしかなかった。