【セロ上】夜更けにとけゆく
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12/15COMIC CITY 東京151内 ハンタスティックウェイ 5にて頒布しましたセロ上本です。 「夜更けにとけゆく」 A5/本文28ページ/全年齢 会場頒布価格に梱包代と手数料を加算した価格となります。 プ口ヒ一口一軸(原作最終話の世界線が基です) かみなりくんの捏造両親 捏造同僚(サイ卜"キック)/捏造事務所
サンプル
「俺になんかあったらさ、上鳴はどうする?」 黒い瞳をまっすぐテレビ画面に向けたままそう尋ねる瀬呂に、隣に座る上鳴はポテトチップスを咥えた状態で「ふん???」と返すのが精いっぱいだった。それまで「おまえそれはズリィって‼」「勝負とは時に友情すらも天秤に掛けねばならんのだ、上鳴よ」「うるせ! 常闇か!」などとギャンギャン喧しくレースゲームをしていたというのに、瀬呂は突然ぽつりと零すように聞いた。まるで、夕飯の相談をするかのようなトーンで。 『なんかあったら』という曖昧さのわりに、含まれた意味の重さがわからないほど上鳴も子供ではない。しかし、それに続いた『上鳴はどうする?』を理解できずにいた。ポテトチップスを咥内に引き込み咀嚼することも、手の中でその役割が成されないままのコントローラーのことも忘れて、上鳴はただただ隣にいる友人の横顔を見つめることしかできなかった。 「お♪ コレで三勝♪」 ハッとして瀬呂の声につられるように画面へと視線を移した上鳴は、自分が操作していたキャラが項垂れている姿を見ると「げっ」と短く発した。上鳴がよそ見をしている間に上鳴のキャラはコースアウトし、瀬呂のキャラはまんまとトップでゴールしていたのだった。 「瀬呂のせいで敗けたんだけど⁉」 瀬呂の肩にパンチをお見舞いする上鳴に、瀬呂はイテェよと嫌そうに口角を下げて顔を向けた。 「そんなことより」 さっきの答えは?と、コントローラーを床に置いた瀬呂に、上鳴は「えぇ~……? 急にそんなん言われても……」と、歯切れ悪く返す。唐突な質問なのだから、上鳴が即答できなくても当然だった。それは瀬呂も承知の上なのだろう。短い眉をキュッと寄せ悩んでいますと言わんばかりに「う~~~~ん」と唸る上鳴を、特にせっつくことなく静観していた。ゲームを終了させテレビを消した上鳴は、背後のソファに寄りかかり瀬呂をちらりと見遣る。 「なんか、あった?」 答えではなく質問を返された瀬呂が、今度は言葉尻を濁す番だった。間を埋めるためだけに「ん~」と発しながらローテーブルに頬杖をついた瀬呂は、ふん、と一息ついてから口を開いた。 「いや、俺の身内がってわけじゃねんだけど」 ちょっと先輩が、と顔だけ上鳴に向ける。 「軽度の脳梗塞?みたいで」 えっ、と小さく驚く上鳴に、瀬呂は構わず続けた。 「頭痛とめまいがすごくて眠れなくなっちゃって、かかりつけ行ったら大きいところで検査してもらったほうがいいってなったみたいで。そしたら、脳の血管に動脈硬化が見つかったんだってさ」 「まじか。怖っ」 「な。でもまあ、初期だったみたいで、血栓溶かす薬飲んだり生活改善したりして治療するみたいよ」 「へぇ……良かった、って言っていいのかな」 「そう、それは良かったんだけど、なんつーか、俺らって怪我とかにはなんとなく心構えができてんじゃん、ヒーローだし」 「ケガはつきものだしな」 そーそー、と同意する瀬呂は、テーブルに広げられたポテトチップスを口に放り込んだ。 「でも先輩みたいに、ある日突然病気でって、誰にでも起こりうることなんだよなって思ったら、俺ちょっと怖くなっちゃって」 瀬呂が言う〝怖さ〟に、上鳴も共感していた。ヴィランとの交戦で怪我を負うことや、それが死因になることは、プロヒーローという職業柄学生時代から覚悟していることだったが、病気となると卒業間もない頃の二人にとっては祖父母や年配の親戚くらいにしかおらず、自身とは縁遠いものだった。しかし、今こうして二十代半ばともなれば、それは段々と身近なものとして存在するようになる。自分よりうんと年の離れた祖父母や親戚に起こることだったのが、親とそれほど変わらない年齢の親戚が入院した、手術したという話を聞くようになる。今までなんとなく他人事だったはずの話に、親を重ねて心配するような年齢になったのだ。瀬呂が怖いと思うことも、それに上鳴が共感するのも自然なことだった。 瀬呂の言葉にうなずき、すっかりぬるくなった缶に口をつけようとした上鳴は、片目をつぶって中を覗き込み左右に軽く振った。それから立ち上がると、シンクの中へ缶を置き冷蔵庫の扉を開けた。酷暑と言われて久しい夏真っ盛りの熱帯夜。効きの悪い空調のおかげで、うっすらと汗ばむ肌に冷気が気持ち良く、上鳴は思わず「ん~♪」と鼻歌を唄った。ブゥンと音を立てる冷蔵庫に頭を飲み込まれながら、上鳴は元々あったいくつかのアルコール飲料と瀬呂が買ってきた数本の中から一本を掴み、また元の場所へと座った。カシュッとプルタブを開ける音に続いて炭酸が弾ける軽快な音がし、フレッシュなレモンの匂いがほのかに漂った。 「まあ、確かに俺ら二十六だし、いろんなことがあるよな」 「なんか、色々と現実的になんだよなぁ」 「同級生で結婚するやつもいるし、とっくに結婚してて子供いるやつもいるしな~」 「あー、あるある。地元帰ると、俺もうそんな年なんだなって実感するんだよな」 「あ~地元な! 同級生の既婚率の高さヤベーよ。俺なんて相手いねーのに」 上鳴の嘆きに瀬呂は「……俺もだわ」と笑った。 「そんで思ったわけだ、自分になんかあったら~って?」 ぐびりぐびりと喉を鳴らしてハイボール缶を呷る瀬呂の返事を待たずに、上鳴は「瀬呂になんかあったら……なんか……」と、口の中でぶつぶつとつぶやくと、パッと顔を上げて元気に言い放った。 「とりあえず連絡だな!」 「そーくるわな。ンでも、連絡取れるような状況じゃなかったら? 緊急手術とか入院とかなった時にさ」 「え、入院かー……病院行く? ……いや、そこで俺が病院行くのも違うよな?」 「そーね」 「じゃあもう待つしかねーよ。俺の立場じゃ」 上鳴の出した答えでは納得できないのか、瀬呂は首の後ろに手をあてながら「んー」とだけ言って何かを考えていた。 「え、何。どゆこと⁉ 俺ら別に家族とかじゃねーし、これ以上なんもできなくね? 質問の意図がわかんねーんだけど⁉」 声を裏返す上鳴に、瀬呂は「ま、そーだよね」と返し、イッと並びの良い歯を見せると、残っていたハイボールを飲み干して「トイレ」と立ち上がった。上鳴は「はあ~? まじでなんなのおまえ!」と、瀬呂の真似をしてイッと歯をむくと、グイッと缶を呷った。 もしも集中治療室や家族以外に面会謝絶となった場合、家族ではない上鳴は呼ばれない。だから「どうする?」なんて質問は実に無意味なのだが、上鳴は、瀬呂が無意味な質問をするような人間ではないとわかっている。おおかた家族や恋人が見守るドラマのようなシーンを想像して、ネガティブなことを考えたのだろうと上鳴は推測していた。そこに上鳴おれはいねーもんな、と受け取り手のいないつぶやきを放ると、上鳴はソファに寄り掛かってため息をついた。瀬呂の質問は、上鳴にしか通じない。他人が聞いたら「友達は呼ばれないだろ」と言われるだけだ。瀬呂は上鳴だから尋ね、上鳴は瀬呂からの質問だからこそ戸惑ったのだ。互いに好き合っていることを知っていて、あえて友達でいることを選んだ二人だったから。