お菓子の国の 前後編
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パティシエ直江 高校生高耶 妹美弥の怒り解く為に、今人気の行列スイーツを買う羽目になった高耶。だがその美味しさにすっかりハマってしまう。 店の名前は「パティスリー・高タチバナ」偶然近所にあった人気店だ。そこでアクシデントに遭った高耶は、天才シェフパティシエの男と知り合う。 見た目極上イケメンの男はだが、とんでもない人間だった。自覚の無い「ド☆天然」だったのである。その所為で迷惑をこうむった高耶は男を避けるのだが、強引にバイトをさせられる事となってしまう。 男は天才的な舌を持つ、高耶の才能に気付いたのだ。初めは嫌々のバイトだったのだが、段々と高耶もスイーツ作りの魔法に魅せられていく。そんなある日、二人の前に深刻な問題が立ちはだかるのだ。 ラブコメ・シリアス・スイーツ 188ページ 1Cオフセット 188ページ 1Cオフセット 32ページ コピー本 3冊セット
千秋のアドバイス通り、高耶は休み時間になる早速女子に声を掛けた。 「森野ー」 窓際できゃいきゃいたむろっていた中の一人、森野沙織に声を掛けてみる。この森野は、余り女子が得意ではない高耶の、数少ない、割と仲の良い女子なのだ。 無論苦手なだけで、女子が大好きな、健康的な男子高校生な高耶である。 「何よ」 高耶が声を掛けると、そこにいた四人の女子が一斉に振り返った。 「う」 思わず躯を引いてしまう高耶に構わず、沙織を代表とする女子達は興味深そうに喋り始める。 「仰木君、朝何してたの?」 「成田君と喧嘩?」 「千秋君もいたじゃん」 わいわいきゃいきゃい 甲高い声に、高耶は無意識に顔を顰めた。 「ちょっと待ってって、で?何よ」 高耶の気持ちを読んだのか、森野が本題に戻してくれる。こんな時ばかり、こいつは煩いけどいい奴だ、と高耶は現金にも思うのだ。 「あのよ、パティスリータチバナって知ってるか?」 高耶の問いに、森野はきょとん、とした顔になる。 「パティスリータチバナって……あのパティスリータチバナ?」 「あのもそのも知らねえけど」 「知ってるに決まってんじゃん。ねえ?」 森野の言葉に、女子達が再びきゃいきゃい言い始める。 「すっごい人気あんのよね」 「あたしあそこのマカロン食べた」 「えーいいなー」 「美味しいの~、タルトも美味しかったよ」 「あたしチーズケーキ食べた~」 再び脱線してしまった女子を無視し、高耶はこの場で頼りになりそうな森野に向き直った。 「そのタチバナのさ、バームクーヘンって食ったことあるか?」 その瞬間、 「……」 「……」 「……」 「……」 あれだけ喧しかった女子に沈黙が落ちる。そして、 「はぁ~?」 「ある訳ないじゃん」 「何言ってんの仰木君」 「無理無理、すっごい人気なんだから~」 更にヒートアップし、高耶を攻撃してきた。 「……マジで?」 だが高耶は、言われた内容にガーン、と効果音がしそうな顔で立ち竦んでしまう。 「マジマジ。タチバナのバームクーヘンって言えば、今全然手に入んないって有名なんだから。ね?」 「そうそう」 「あたし食べてみたい~」 「あーあたしも~」 女子のきゃいきゃい声など左右だ。 「……手に入んない……」 呆然と呟く高耶に、森野のフォローにならないフォローが入った。 「何仰木君、タチバナのバームクーヘン買いたいの?なら7時頃並べば買えるんじゃん?」 「7時」 ガーン 何が嬉しくて折角の日曜に、そんな早起きをしなければならないのか。 譲情報によると、パティスリータチバナは高耶の自宅から自転車で10分程近さだと言う。そんな近所に人気のケーキ屋があるなんて、高耶は全く知らなかった。そうぼやくと、高耶らしい、といいのか悪いのか分からない慰めを言われてしまった。 「いいじゃん、仰木君ちから近いし」 中学から一緒の森野は、高耶の家を知っている。知っているのは場所だけではなく、 「あの可愛い仰木君ち」 くす 「……」 ついでに笑われ、高耶は憮然とした。 「何々?可愛い仰木君ちって」 他の女子が突っ込むのを慌てて遮る。 「何でもねっつーのッ」 これ以上、余計な事を話されては敵わない。そしてコホン、と咳払い。 「なあ森野。じゃあ日曜は、7時に並べばそのバームクーヘン買えんだな?」 念を押された森野だが、首を傾げてしまう。 「そんなの知らないよ。友達の友達の彼氏の妹がそう言ってたんだって」 「友達の友達の……」 何だその、思い切り〟他人〝は。全くもって、あてにならない情報に高耶は肩を落としてしまった。 「じゃあ……確実じゃあねんだな?」 何故か必死な高耶に、森野は呆れた顔になる。 「当たり前じゃん、確実なんて無いよ。土日だって平日だって、その日によって変わるだろうし」 ケロリ 「……」 至極最もな言葉に、高耶はぐうの音も出ない。そんな高耶をどう思ったのか、森野はぱんぱん肩を叩いた。 「何とかなるかもよ?運が良ければ」 人事のように言う森野を高耶は睨んだ。実際人事なのだから仕方がないのだが。 「うおッ?!」 肩を落とし背を向けた高耶は、突然腕を背後に引っ張られ引っ繰り返りそうになってしまった。 「ばッ、危っぶねぇなッ!」 「ねえねえねえッ」 腕を引っ張ったのは森野で、焦って怒っている高耶の様子など全く目に入っていない。 「仰木君、朝成田君と何かあったの?喧嘩?」 「はあ?」 「ねえってば、じゃあさ、あたし慰めてあげたら……ねえ、どう思う?」 顔を近付けこそこそひそひそ、内緒話をしている割には、森野の眸は輝いている。 「……」 「ねえってばあ、成田君に何言ったの?成田君に何言われたの?ねえねえ」 「……」 そうだ、この森野沙織は中学の頃から譲に夢中だった。その事実は誰もが知る所で。なのに譲本人だけが気付いていないと言う摩訶不思議な状況なのだ。 「ねえねえねえって」 「だーッ、もうッ!」 「何よぉ」 鬱陶しそうな高耶に、森野は唇を尖らせる。一応情報もくれたし、それより何より、敵に回すと厄介な相手に、高耶は仕方なく口を開いた。 「喧嘩なんかしてねえっつーの。オレに訊かないでそんなもん、譲に訊きゃあいいだろーが」 「ばっかじゃないッ!」 「へ?」 「そんな下らない事、成田君に訊ける訳ないじゃない」 「……そーですか」 どんなに下らない事も、高耶相手なら何ら問題は無いらしい。いいのだ、そんな事は分かっているのだから。だが一応〟女子〝相手のこの扱い、多感な男子高校生は微妙に落ち込んでしまう。 「……」 今度こそ逃げようとする高耶の背中に、 「まあ、ダメ元で並んでみれば?」 との激励が飛んだ。 「……」 だめ、じゃ困るのだ。だめだった、で通じる相手ではないのだあの妹は。 「お邪魔しましたー……」 暗ーく告げると、高耶は森野達に背を向けた。 「仰木君?」 呼び止める声に反応すらしない高耶は、ふらふらと自分の席に戻った。 「はぁ……」 力無く腰を下ろすと、そのまま頭を抱えてしまう。 「……」 そのまま授業が始まったのだが、当然欠片も頭に入らなかったのは言うまでもない。 ************************************************************ 「……」 オレはここで、何をしているのだろうか……自問自答してみる。だが疑問を自分に向けてみても、答えが返ってくる筈もなく。 少し離れた場所から、近付いてくる男を見た。 「……」 今からでも逃げていいだろうか どうしようか、どうするか、そんな事を考えている間に、逃げ場を失ってしまった。 チラッ、と盗み見て高耶は、こっそり溜息を吐いた。 「どうかしたんですか?はいどうぞ」 「どー、も?」 差し出された缶を見て、高耶は何とか溜息を押し殺す。 「……」 何だこれ…… そう思ってしまっても、高耶に罪は無い。 「……なたでここ」 男が高耶の為にチョイスしたのは、今は見なくなって久しい〟ナタデココ〝 もしかして、嫌がらせか?これ……しっかしまだこれあったんだ、って言うか、飲みたくねえしッ 「……」 無言で缶を見詰める高耶に構わず、男は横に腰を下ろした。そして缶を見詰めたまま動かない高耶に、シレッ、と言い放つのだ。 「ナタデココ、しかも缶ジュウスなんて、一体どんな味がするのか気になりますよね」 にっこり 「は、はは……」 決め付け言い切る男に高耶は、ははは、と乾いた笑いを零すだけだ。諦めを感じながら高耶は、虚ろな目で男の手元を見る、と、 「おいッ!」 思わず突っ込んでしまった。 「何か?」 勢いよく立ち上がった高耶をだが、男は不思議そうに見上げている。 「どうかしたんですか?」 「どう、か、って……」 きょとん、とした男を見ていると、一気に疲れが襲ってきた。脱力のままに、すとんと煉瓦に腰を戻してしまう事しか出来ない高耶だ。 「仰木さん?」 「……別に」 男の不思議そうな態度を見ていると、何だか突っ込む自分の方が変だと思わされてしまう。すごすご引き下がった高耶は、心の中だけで盛大に悪態を吐いてしまった。 オレにはこーんな奇妙なもん、ナタデココなんて買ってきたくせに、てめぇは自分用には普通のお茶だ。何だそりゃッ!おっかしいだろーがッ! 「もういいよ……」 ぶつぶつ口の中で文句をぼやきつつ、高耶はナタデココのプルトップを上げてみたのだった。 二人は何故か、スーパーの前にある植え込みの煉瓦に並んで腰を下ろしていた。理由は簡単、男が高耶を誘ったからである。 呆然としている間に男は、強引に高耶を連れ出した。だが今高耶は、断固として拒み逃亡すればよかった、と心から後悔している。 スーパーで偶然見かけたのは、三日前がっつり出会ってしまった男だった。 あ、と思っている間に振り返ってしまった男は、直ぐに高耶の姿を見止めた。 「え?え?」 見付かったのかオレ? わたわた戸惑っている高耶に笑みを浮かべ、周りにいた奥様達の目を、一瞬でハートにしてしまうと言う荒業を男は披露する。そんな熱い視線達に気付いているのかいないのか、男はツカツカ近付き高耶の前に立つと、手にあるケーキの箱で視線を止めた。 ケーキ屋の前で、違うケーキ屋の箱を持っている状況。 別に悪い事をしている訳ではないのだが、何となく居心地の悪くなってしまうのは人の常と言うか。 「……」 「……」 少しだけ落ちた沈黙に、気を悪くしたのか?と心配になった高耶だが、それは完全な杞憂だった。 「仰木さん、でしたね」 「はあ」 「私の事を覚えていますか?」 「そりゃあまあ」 戸惑いつつ答えた高耶だが、よく考えれば、オレの事バカだと思ってんの?と思わずにいられない問いだ。 店で出会ってからまだ、三日しか経っていない。それも挨拶程度ではなく、正面で向き合って話しをしたのだ。覚えていない方がおかしいだろう。 戸惑う高耶に構わず、あの日『直江』と名乗った男は続けた。 「そのケーキ、どんな味がするのか気になります」 高耶の持つ、100円ケーキを見下ろしながら男は言う。 「はぁ」 だから? にっこり微笑む男に、高耶はそう言ってやりたい気持ちをグッと抑えた。 「ですから」 「ですから……?」 一体こいつ、何言い出すんだ? 高耶の顔からは、元々薄かったポーカーフェイスは消えている。今は怪訝な色がくっきり浮かんでいた。そして、 「食べましょう」 男の告げた言葉は、高耶の理解を超えたものであった。 「……は、い?」 今、こいつは何て言った? 食べましょう……食べましょう? それってまさか、一緒に〟食べましょう〝って事か? 「えーと……」 いまいち把握出来ていない状態の高耶の腕を掴むと、男はそのまま店の外へ連れ出した。そして目の前の植え込みを見付けると、そのまま煉瓦に腰を下ろし、座らさせてしまったのである。 それから男は呆然とする高耶を置いて、自販機に走って行ってしまったのだ。 手の中の〟ナタデココ〝に高耶は、諦めの視線を向けている。 「……」 このまま帰ってやろうかとも思ったが、結局高耶は植え込みで男を待ってしまった。その結果、飲まされそうになっているのが〟ナタデココ〝であった。 男はジッと観察している前で、殆どヤケクソで高耶は缶に口を付け、一口飲んでみる。 「……」 「……」 ごくり 一度だけ喉が鳴る。だが〟ごくり〝が続く事はなかった。 「……はぁ」 これ、もう捨てちゃっていい? 声にならない訴えは、無論男には届かない。 捨ててしまう誘惑は強かったが、高耶はグッと我慢した。そう、ナタデココには罪は無い。あるのはこの直江とやらだけだ。だから高耶が、 「どうですか?」 「……」 無邪気に訊いてくる男に対し、本気で殺意が沸いたのは無理もなかった。 近所にある人気パティスリー、タチバナにいた男。その時はトラブルをパパパッ、と片付けてくれたので、印象は良いものだった。その上男が、一体あの店のどんな関係者なのかは知らないままである。 一体何者? そんな好奇心に負けてしまった自分に対し、猛烈に後悔している最中だ。 油断させやがってッ! 高耶の心理と言えば、こんな感じである。 「……」 一口で止まってしまった高耶の手に、男は手を伸ばしてきた。 「一口、もらってもいいでしょうか」 「おい」 「はい」 既に高耶からは、敬語は消えている。そんなものをこの男に、使う気にもならないからだ。 「飲みてぇなら、あんた自分がこっちでオレがお茶でいいじゃねえか」 もっともな高耶の言葉にだが、男は苦笑を浮かべた。 「それはダメでしょう」 「んでだよ」 そして男は、不機嫌顔の高耶にケロリと言い放つのだ。 「そうなると、私が口直し出来なくなってしまいますからね」 にっこり 「……」 カックン 確かに音がした……それは高耶の顎が外れる音である。