あおはる
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高校の入学式で、直江は『桜の精』と出会ってしまった… 先輩後輩の、もどかしく切なく、キラキラした青春と恋と。 高校の入学式で出会った2人の10年愛。 2人の見つめる未来は――― 高校生・先輩後輩・生徒会・ビター・切ない・10年愛 表紙・藤城らいな様 220ページ フルカラーオフセット
制服を着た少年は、そっと幹に触れなぞっている。優しい仕草はまるで、壮絶なまでの〝美〟を作り出す桜への労い、感謝を込めているかのようで。 ぼんやりと見上げている眸は酷く儚く、黒い髪は薄桃色の欠片であちこち彩られていた。 「……」 春の……桜の精…… ほんの一瞬であったが、そんな言葉が脳裏を過る。浮かんでしまった思考に恥ずかしくなり、反射的に大きな声を出してしまった。 「おーい!」 突然の大きな声に、桜の化身……否、少年の視線が上がる。どこかぼんやりとした、だが何処までも澄んだ眸に見据えられた……気がした。 「……」 強い、強い眸だ。黒く、なんて綺麗な。 自分は決して、詩的な人間ではない。それどころか、クールと言えば聞こえは良いが、現実的で冷たい方である。そんな自分の中に浮かんだ言葉に、内心狼狽えてしまった。 「……」 「……」 目が合ったのは刹那。 それなのに、 「ッ」 何故か、息を飲んでしまう。 その瞬間、突然止まっていた時間が打ち破られた気がした。少年が、笑ったのだ。 人離れした儚い雰囲気が、それを切っ掛けに綺麗に消失してしまう。 人間に戻った少年は、すたすたと自分の方に歩いてきた。その様を、立ち尽くすように眺めている事しか出来ない。そのまま少年は、手の届く距離まで来ると足を止めるのだ。 「……」 「……」 狼狽えてしまう自分を、少年は不思議そうな顔で見詰めてきた。 間近で見る少年からは、初めに感じた〝桜の化身〟じみた空気は何処にも見当たらない。生き生きとした、血の通う人間にしか見えなかった。その事実が、不思議と嬉しかった。 「あ」 あの、そう言おうとした言葉はだが、 「こんにちは?」 と、何故か疑問形の挨拶に遮られてしまう。 「……こんにちは」 反射的に答えると、少年の笑みが深くなる。柔らかな笑みに、トクン、と内部が波を立てるのを感じた。 「ここ、綺麗だな」 言いながら少年は、背後の桜達を振り返る。楽しそうな表情と言葉に、こちらの方が嬉しくなった。 「ええ、綺麗ですよね」 「これ桜だろ? オレ、こんなにすごいの初めて見たよ」 そう言って少年は背後に立つ、今年最後の命を散らそうとしている、薄桃色の欠片達を眺めている。 「すごいな……」 労るような、優しい声だ。 黒い眸は不思議な光を湛え、幻想的な光景を眺めている。そんな少年にかける言葉を探していると、ジッと見詰められている事に気付き躯を引いてしまった。 「な、んですか?」 「うん」 そう言いながら、少年は困ったように唇を尖らせる。 「講堂って、何処にあるんだ?」 「ああ……」 そんな問いに、やっと気持ちが落ち着いてくるのを感じた。やはり少年は新入生で、広い校内で迷ってしまったのだ。 「俺もこれから行くから、案内しますよ」 「そうか! 助かった、ありがとう」 面と向かっての〝ありがとう〟は、輝かんばかりの笑顔を添えて。 眩しさは、逆光だったからだ、きっとそうに違いない。だから、目を眇めてしまっても、それは自然なのだ。 「行きましょう、遅れてしまいますよ」 「うん」 迷子の少年を促すと、素直に付いてくる、 お気に入りの場所での時間を邪魔された訳なのだが、少しも不快を感じていない自分がいた。仕方ないな、としか思わない。 ********************************* 慣れない下駄で、結構な距離を走り続けたのだ、鼻緒で指の間が擦り剝いてしまったとしても当然である。 血の滲んだ高耶の足を見て、直江は顔を顰めた。 「高耶さん……」 直江に促され、高耶はベンチに腰を下ろす。公園の中にある外灯に照らされる位置で、直江は高耶の足を自分の膝の上に置いた。 まるで、騎士に傅かれる主のような状態だ。内心戸惑う高耶だったが、ここは直江のされるがままに、と決め黙っていた。 「……」 直江は無言で、まだ残っているペットボトルの水で、高耶の足を洗い始める。 「ッ」 水が傷に沁み、高耶は小さく息を飲んだ。 「……痛いですか?」 「平気」 高耶の言葉に、跪いている直江は唇を噛み締めた。 「……」 「直江? オレ平気だから!」 慌てた高耶の言葉を無視し、直江は帯に巻いていた手ぬぐいを、そっと傷に当てる。 「わッ」 痛みはないが、驚いた高耶は声を上げてしまった。 「……」 高耶の声に、直江は俯いていた顔を上げ、そしてジッと高耶を見据える。 「……」 「……」 無言のままの直江に、高耶もなんと言っていいのか分からずただ、見詰め返した。 「……嫌だったんです」 「え?」 ポツリ、と小さな声だ。だが静かな場所なので、音は鮮明に高耶の耳に届いた。 「嫌だったんです……だから……」 「直江……」 不思議なくらい、何が〝嫌〟だったのか理解できる。そんな自分に、高耶は酷く驚いた。 「ごめん……」 「直江」 「こんなに……痛いに決まってる……」 「痛くないよ」 「痛いですよ」 「……少しだけな」 諦めたような高耶の言葉に、直江はやっと小さな笑みを見せてくれた。 「……」 自分の膝の上にある、高耶を足を見詰めながら、直江は静かに口を開いた。 「あの……」 「……」 「あの、高耶さん……あの……」 言いたい事が上手く言えない、言葉がまるで見付からない……そんな自分がもどかしく、そして苛立つ。 何故、この後輩の前でだけは、こんなにも無様になってしまうのか。 「あ、の」 みっともなく、恰好悪い……そんな様を、見せたくはないのに。 頭の回転は速い、それに口も立つ。人を人とも思わない傲慢さにも、自覚はある。 生まれた背景を憎み、生まれ落ちた自分自身をどこかで、忌むべき存在だと、思いそう生きてきた。 世間的には子供と言える年齢だが、既に達観してしまった日々を送ってきた……なのに…… 「あの……」 こんな自分を、直江は知らない。だから…… ドォォォォー…… 「わッ」 「あ」 突然の破裂音と、そして閃光。 「なんだッ」 驚いて空を仰いだ高耶は、 「うわあ……」 感嘆に、目を見張った。そして再び、 ドォォォォー…… パァァー…… 打ち上げ花火は、夏の夜空を彩り、夜の世界を照らしていた。 ドォォォォー…… パァァー…… 「……」 打ち上げ花火を、高耶は初めて見た。有名な花火大会について、勿論知っている。でもそれはTVの中だけの世界であって、こんな風に屋外で、近くで見るのは生まれて初めてなのだ。 ドォォォォー…… パァァー…… 地鳴りと、そして破裂音が交互に続き、高耶は呼吸も忘れてただ魅入った。 「わあ……」 打ち上げ花火に照らされる横顔を、直江は見詰める。目が逸らせない。 黒い眸に花火の欠片がキラキラと反射している高耶こそが、直江にとって綺麗なものなのだと、自覚の外で把握する。 「誕生日」 「……」 花火の花火の間、数瞬の間、公園は静まり返った。直江が口を開いたのは、丁度その時であった。 「見せたかった」 「……」 「高耶さん……誕生日……」 「直江……」 ドォォォォー…… パァァー…… 直江は高耶に下駄を履かせ、静かに立ち上がった。 「誕生日」 ドォォォォー…… パァァー…… おめでとう――― その瞬間、高耶の顔に笑みが広がっていく。それはまるで、花が綻ぶように……あの、薄桃色の桜の花が…… 「ありがとう、直江、ありがとう」 そう言って高耶は、滲むような笑顔を直江にくれる。だか ら直江は、こみ上げてくるなに(・・)か(・)を、必死に笑顔で堪えたの だ。 ドォォォォー…… パァァー…… 打ち上げ花火は続いている、二人の少年の、狂おしい想いを照らしながら―――