コンセプトストーリー

　マルコが忙しく、恋人らしく構ってくれないからって一人で街に遊びに出たら、暴漢に襲われて危うく拐われるところだった。間一髪のところでマルコが助けにきてくれたけれど、暴漢たちは白ひげ海賊団の名を騙って悪事を働くシンジケートの末端だったこともあり、マルコが大立ち回りをして一人で組織を壊滅させていた。 　あんなに怒ったマルコを見たのは久しぶりで、忙しいところに仕事を増やされたせいかまだ機嫌が悪い。モビーへの帰り道くらいは話せるかなと思って浜辺を歩き始めたけれど、寡黙な彼と歩調を合わせるのが気まずくて、今は脱いだサンダルを手に持って浅瀬の波を蹴りながら歩いている。暑い日差しが首筋を照りつけるけれど、海水は冷たく気持ちよかった。 　その入り江はかなりの遠浅で、どこまで沖の方へ歩いてもまだ足首くらいの深さしかない。マルコは当然浜を歩いていて、わたしが浅瀬を歩いているのに気づくと遠目にもわかるくらいため息をついてくれちゃって、こちらに目もくれずに歩いていく。こちらは波と砂浜に足をとられながらのんびり歩いているから、わたしたちの距離は十メートルくらい離れていた。 　人気のない入り江だ。振り向かずに歩くマルコの背中。太陽を受けてキラキラと光る水面。遠くにモビーが小指の先くらいにぽつんと見える。……マルコにちゃんと、謝らないといけない。こんなにおおごとになったのは初めてだけれど、わたしたちの諍いはいつも似たようなこと――全部マルコが忙しいせい――に端を発していて、こんなことばかり繰り返している気がする。 　マルコはため息をついてからというもの、一度も振り向いてくれない。 　マルコにとって、わたしは面倒な女だろう。わたしだって、そんな彼とモビーでずっとやっていけるのかというと将来が見通せなかった。クルーとしてモビーに乗っている以上オヤジの娘ではあるけれど、こうしているうちに婚期を逃すだろうし。船を降りてかたぎになりたいと本気で願えば、聞いてくれないオヤジではない。 　人並みの幸せを本当に願ったら、不機嫌なマルコと別れてかたぎのパートナーを見つけ、陸に足をつけて生きていく、ことになるのだろうか。 （……つらいな） 考えるのがつらくなって、モビーへ向かう足が重い。このまま歩いていてもいつかは砂浜に上がらないといけないし、マルコはなにも言わないくせにこれ見よがしにため息をつくだけだし、なのにこの入り江はあまりに美しかった。世界にふたりだけみたいなのに、まだマルコは機嫌が悪いんだ。……全部、わたしのせいで。 　足がとうとう止まってしまった。 　キラキラと輝く水面が涙でにじむ。 　世界にひとりきりになりたくなってしまった。 「何してる。モビーに帰るよい」 ようやく振り向いたマルコが感情の読めない声でそう言った。 「ごめん、先に帰ってて」 「あのなあ」 「いいから」 マルコが入ってこられないのをいいことに、沖の方へ足を向ける。 「ちょっと頭冷やす。……一人になりたいの」 顔を上げるとどこまでも水平線が見えた。お尻が濡れるのも構わず、その場所に座り込む。考えなければ。これからのことを。 　……ざざん、と静かな波の音に紛れて、ザブ、ザブ、と異質な波音に思わず振り返れば、……うそ、マルコが波に足を踏み入れている。……ひどくつらそうな顔をして。当然だ、浅瀬とはいえ能力者なのだから。 「ちょっと、マルコ、なにして……」 「……一緒に帰るんだよい」 しかしながら三歩、四歩進んだところで限界らしく、大きな体がふらりと傾ぐ。見ていられなくなって、思わず駆け寄った。 「ばか、なんて無茶を」 よろよろと立つ身体を抱き締めるように支え、浜に促す。マルコは海水から足を抜くと、ドサリと砂浜に座り込んだ。そのまま上体も砂地に倒れ込んでしまう。 「ねぇ、大丈夫……？」 「……」 マルコは少し青い顔をして、荒い息をついていた。仕事で忙しいところに、一人で大立ち回りをしたのだ。その上無理して海水に浸かるだなんてあんまりな一日かもしれなかった。 「ごめん、なさい、ごめん……」 もう限界なのかもしれない。わたしと一緒にいてもマルコは苦労ばかり。どうすればいいのかわからなくて、必死に涙をこらえる。泣いてマルコがいい顔をするわけがないのに。 　もうやめよう、と覚悟を決め、大きく息を吸い込んでマルコを見つめたときだった。マルコがぱちりと目を開けて、まっすぐにわたしを見つめる。 　その唇が、微かに動いた。 「俺の側から離れるな」 瞳の中の青い炎がえもいわれぬ強さで猛っていた。そこに戦いの興奮の残滓を見て、背筋が凍る。全身脱力して、呼吸もつらそうなのに、目の力だけでわたしを捉えて離さない。 「その、わたし……」 「離れてくれるな。守れなく、なる……」 マルコの手がわたしの手をぎゅっと掴んだ。かつてない強さで、痛いくらいに。 　涙の膜はとうとう決壊して、力なくぽたぽたと頬を濡らす。 　波の音だけがしていて、太陽がずっと照りつけていて、世界にふたりきりみたいな入り江で、わたしたちはしばらくずっとそうしていた。