Light the Fire
- 200 JPY
A5サイズ・P20です。 ソル×カイの出会い話。初心に帰ったつもりでちょっと泥臭くなりましたが、結局まいどばかっぷるw ゲストに笠山さんです!!
以下本文より
どんがらがっしゃん。 バスルームから聞こえた音に、シンは飛び上がった。シャンプーを落としたとか、石鹸でちょっと足を取られたとか、そんなレベルではなかった。いや、石鹸ならあり得るかもしれない。ここの広いバスルームを初めて使った時、平たい石鹸の上に足を乗せ、スケーターみたいに滑ってたら、バランスを崩して大惨事になり、オヤジにこっぴどく怒られたっけ。 あの時は鏡に頭から突っ込んで、ひどい流血を見た。アホかってそりゃ怒るよな。 (――ってそりゃ俺の話だよ!) 今風呂場にいるのはカイなんだから、そんなバカな遊びはやりっこない。とにかくなにが?と慌てて中を覗いたシンは唖然とした。 状況は予想より酷かった。スポンジ、ブラシ、桶にカミソリがあちこちタイルに散らばり、全裸のカイがバスタブの中でひっくり返っていた。顔はうつぶせ。長い髪がほどけて、背中から顔を覆い隠している。栓は抜けているから溺れる心配はないが、落ちて逆さまのボトルからボディシャンプーが零れ、シャワーの水で泡になってぶくぶくぶく。どんどんカイを埋め尽くして行く。 「ちょ、カイ!」 とにかく助けなきゃ。慌てたシンの後ろに、のっそりと穴熊のような男の気配。騒ぎを聞いたソルがやって来た。 「なんだ?」 「あ、オヤジ!カイが……」 「あ?」 養い子を押し退け、真っ白な大理石をくりぬいて作られた王宮ならではのバスタブの内側に起きている喜劇を確認すると、ソルは舌打ちをした。 「……またか」 「は?また?」 それには答えず、ソルはくわえていた煙草を揉み消す。それからいきなりシャツを脱ぎ、続いてズボンの裾をまくりあげた。ソルは己が濡れるのも構わずタブに足を踏み入れると、シャワーを止めながらカイを抱き上げた。 「おい、坊や」 ぺちぺち、頬を叩いて反応を伺う。見事にゼロ。普段『坊や』には、水に落としたドライアイスみたいな素早い反応を起こすのに、ぴくりとも動かない。 「ありゃ、完全に寝落ち?」 ソルは二度目の舌打ちをすると、シンにバスタオルの用意を命じた。このまま放置出来ないのは当然で、シンは広い脱衣所の戸棚を漁った。これでもかという種類の、よく分からないゴージャスなアメニティが並んでいたが、全部未開封なのがカイらしい。下の引き出しからバスタオル二枚を取り出し、すぐにでもカイを受け止められる姿勢、つまり腕を広げて間にタオルをかけ、いつでも受け止めるぜ!と気合いを入れて戻ったが、肩透かしだった。 ソルはカイを洗い始めていた。 「オヤジ?」 「待っとけ」 「あ、うん」 ソルはシャンプーで泡立てた髪を指ですき終えると、耳をふさいで綺麗に流した。続いて髪だけでなく首の後ろ、脇の下、膝の裏やら指の間まで。無骨な手付きながらけして手抜きなく、赤子にするように清めて、いよいよシンに受け渡した。 「ほらよ」 「ほいっ……て、オヤジ」 「あ?」 「これ、どうしたらいいの?」 さあ手伝うぜと気合いは十分だが、経験はゼロ。体格が良くともシンの中身は子供である。 「簀巻きにして置いとけ、あとでやる」 「ええ……」 なんか聞こえは良くないが、仕方がない。ベッドが濡れたら困るだろうと、ソファの方に運んで、あるだけのタオルでカイを拭いたり巻いたりした。カイは触り回されても目覚める気配はなく、この人大丈夫かなと本気で心配になった頃。ソルも風呂から出てきた。 濡れ鼠の男は、結局自分も湯浴みをしていた。ズボン脱いどきゃ良かったじゃん、とシンが突っ込んだのはもっともだ。何故かオウサマの部屋に常備してある予備のズボンに足を通し、半ばミイラ男にされているカイをほどきにかかる。 「ごめん、どうしたらいいかわかんなくて」 「お前にしちゃ上出来だ」 「そう?」 シンの表情がぱあっと華やいだ。機嫌を良くしたシンは、小間使いよろしく、やれ着替えを出せ、ドライヤーはどこだと言われても、まめまめしく用を果たした。ソルの方はさらに細々と、ふにゃふにゃだらーんのカイに、ハイばんざーいと長シャツを着せ、髪を乾かし爪を切った。最後は逆剥けまで整えている。 見守っていたシンは感慨深かった。 「なんか……」 「あ?」 「こういうの、なんていうの?デジャブ?」 「己を顧みたか」 「うん、懐かしい」 シンの成長は人の数倍。だから見た目も中身も完全に子供だった時期は短く、ほんの数年前だ。が、確かに自分もこうやって面倒を見て貰った。ありがたく。 ――ソルは独身で子供もいない。実は知らないうちに子供がいたことになるが、それはおいといて。育児経験はないはずが、シンに対するあれこれに苦労はなさそうだった。妙に慣れていた。 ふと尋ねた。 「なー、オヤジが子供っていうか、俺の世話に慣れてたのって、もしかして?」 「……こいつだな」 「やっぱ?」 「限界まで無理して働くだろ。線が切れたらこうなる」 さっき『またか』と言ったから、気になっていた。親しい相手が倒れたら普通は驚く。なのに動じた様子はなく、当たり前みたいに動いた。首を傾げて当然だ。 すかすか眠る実父の、安心しきっているというか、無邪気な寝顔も珍しい。ぷにぷに頬をつついて、シンは訊いた。 「オヤジとカイってさ。本当はどんなカンケイなの」 これまで何度聞いてもはぐらかされていた。二人とも照れているのか、お互いに上司部下だとか金づると傭兵とか、端的な部分しか話してくれない。肝心なところは秘されたままだ。 「いつから知り合いなの?なんでダチになったの……俺にも話せないのかよ」 突然拗ねた養い子の頭を叩く。べつに隠しちゃいないが話すほどでもない。そもそもソルは自分を語るのが得意ではない。 だが、子供が親のことを知りたがるのは自然の欲求で、意固地に拒んで『愛されてない!』と騒がれるのもうるさい。カイとシンの雪融けを見計らって、とも思っていた。 ――頃合いだろうか。 「話すとなげえぞ」 「聞くよ、ちゃんと聞く」 「いいだろう。酒持ってこい」 「マジ?飲みながらかよ!?」 まったくもーと言いながらキャビネットを開ける。ここで逆らって気が変わったらヤバイと思ったらしい。正解だ。 カイが起きるまでに話が終わるといいが――。