DeadLock
- 200 JPY
A5サイズ・P20・小説短編集です。 焼けぼっくいに火、的なソルカイの毎度ばかっぷる。ガブリエル大統領とかも出てきます。
以下本文より
ある意味でそれは魔物だった。 それは声無き声でカイに告げた。――もっと。もっと力を。 お前がワタシに魔力を寄越せば、ワタシはギアを葬ってあげられる。ワタシにはそのチカラがある。ワタシはいくらでもお前の役に立つ。さあもっと。まだ敵はたくさん転がっている……。 カイは頷き、望まれるまま、己の内から法力を捧げた。そしてギアの屍を、日々累々と積み上げた。 声の要求は日増しに強くなった。 カイはそれに忠実に答えた。答え続けた。来る日も来る日も、己の剣――封雷剣に力を差し出した。憎む敵、つまりギアを滅ぼすことはカイの人生の目標で、喜ばしいことだった。その為に己に起きつつある変化など、気にする必要はなかった。何度かクリフやベルナルドに、疲れているだろう、無理をするなと言われたが、どうしてたしなめられたのかも分からなかった。こんなに戦績が良いのだから、もっと褒めて貰えると思ったので、不満だった。 布を絞る力を増し続けたとして、滴る雫には限界がある。布が渇いてしまったら、どんな怪力を発揮しても、一滴も滲み出やしない。それでも頑張り続けたら、あとは無惨に引きちぎれてしまう。残るのは、捨てるしかないボロ雑巾。 それは人間でも同じ。人の活力は無限ではない。 ――限界は突然やって来た。 自分の体がおかしい?と、気が付いて間もなくだった。いつもなら瞬きよりも無意識に、手のひらと手のひらに触れる金属の柄を繋いでパスを作り、法力を渡して、刃に雷が宿る。ところが、何度念じても、雷どころか火花の一つも生まれない。 呼吸一回分の時間で、カイは考えた。 剣の故障か?――魔法機関だと考えればあり得る。しかしこれは、神の器と歌われる封雷剣。そんな柔な造りだろうか? 魔法のミス?――あり得ない。空間の電位勾配は読めている。術式は圧縮済。ごく簡単に発動できるはずだ。 では、他に何が考えられる?魔法の基本を一からなぞったカイの懐に、答えはすとんと落ちてきた。 (……そうか) 己の手を見つめて、カイは愕然とした。何とも単純でバカバカしい理由だ。 単に燃料となる法力が枯渇しているのだ。 薪が尽きれば焚き火は消えるのと同じこと。もうこの体には、一滴のチカラも無い。 それでもカイは戦おうとした。 逃げずに立ち向かおうとした根性だけは、我ながら認められていい。魔法の使えぬ身で、剣術だけで、化け物相手にどれだけ戦えるか。――絶望的な状況だとしても、絶望はしたくなかった。 海老のような殻に覆われたギアの、節の継ぎ目に剣を突き刺す。緑の血が吹き出し、それを浴びぬよう身を屈めて、カイは剣を抜く。続けてもう一体――今度は刺すことは出来たものの、引き抜くのに手間取った。痛みでギアが暴れたのと、思いのほか作業にりりょく膂力が必要で、疲弊した体に負担が大きすぎた。そのせいで汗がぶわっと吹き出し、熱が皮の内側にこもって、カイはよろめいた。 軸が傾いだカイを、何か太いものが支えた。つんと煙草が鼻につく。ひょいとカイを脇に抱えて、腕の主はカイから剣を取り上げた。 「貸せ」 奪い取ってから貸せと命じる理不尽と矛盾を追求している場合ではなかった。ビリビリと空間を伝わる振動があり、ソルが封雷剣をふるったからだ。 カイは二重の意味で困惑していた。 一つは彼が――カイと徹底的にそりが合わないこの無頼者が――カイを助けてくれたこと。もう一つは、選ばれた者にしか使えぬはずの封雷剣を使っていること。 剣に使用者の制限はない。特別なロック等もない。単に、剣と自分の間に法力を通すバイパスを構成できれば良い――理論上は。それを成し遂げる技術さえあれば誰だって可能だが、実際に果たせた者はごく僅か。 だから『神器と心を通わせた』とか、『選ばれた者』と呼ばれる――まさかこの男がその一人だなんて。 雷の球がいくつも生まれ、ソルは放射状にそれをバラまいた。彼らを囲んでいたギアが次々に倒れ、戦場にぽかりと穴が空いたように、二人の周りが無人の空間になる。あまりの攻撃力に、ギアが警戒し、ソルから距離を保ち始めた。 「舌噛むなよ」 ソルは短く言うと剣を構えた。ひときわ大きな輝きが生じて、それをまるで、ベースボールのライナーみたいに前方に放った。 光の球はプラズマのるつぼで、ギアを焦がし、時に蒸発させる。その後にソルは続く。何度か似たような攻撃と移動を繰り返し、二人はギアの群れから脱出した。ソルが倒したギアの数はいくらだろう?数えるのもバカバカしい量にちがいない。 男はカイを土の上に下ろすと、「ほらよ」と借りていた剣を差し出した。 「…………」 カイはぼうっと男を見上げていた。正直どうしたらいいのか分からなかった。