僕は、泣かない 1&2
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アメリカL.Aゲットー。 日々犯罪の耐えない危険地域、そこが直江の生きる世界だった。 母親に捨てられ誰が父親なのか分からない状態の幼児期は地獄に等しい。養父を射殺した幼い直江は家を飛び出し、何時の間にかL.Aに住み着いていた。 裏社会身を置きあらゆる犯罪に手を染めた直江は、ある夜生まれたばかりの赤ん坊を拾った。乳幼児でも分かる際立った容姿に、もう少し大きくなれば売れると判断し泣いている赤ん坊を抱き上げる。 女の子だと思った子供は実は男の子ででも、十分需要はあり売れる年になるまで育てる事にした。それから9年後、赤ん坊――高耶は9歳になり直江は24歳になっていた。売るはずだった"もの"は何時しか男にとってかけがえのないものになっていた。 お互いがお互いだけしかいらない強く哀しい絆はある日、悲劇をもたらす。警察に追われ逃亡する2人の、宛ての無い旅が始まった。アメリカの乾いた大地に2人の、安息の地はあるのだろうか…… フルカラー 196 P
L.A Downtown ghetto パーンパーン 建物の間に銃声が響き、間髪入れず悲鳴が辺りを木霊した。夜の闇に蠢く様にヒッソリ生息する者達は、まるでそれらが聞こえなかったかの様に無関心だ。蹲るヤク中の目は、腐った魚よりも濁っている。そのワ ンブロック先ではcandy(売) man(人)がチンケな取引をしている最中だ。アル中 のホームレスは、必死にゴミを漁る。何時もの風景だ――そう、何時もの―― 一人の男が迷いの無い足取りで、薄汚れた街を歩く。何の希望も見出せない眸、冷め切った、全てを諦めたそれ。信じられる物は、自分だけ。しかし、それは彼に限った事では無い。この街に住む者は、全てこの男と同じなのだ。 「…ん?」 闇に紛れて、聞きなれない物音が聞こえた気がして男は足を止めた。 何時もの、悲鳴の類ではなさそうだ。特別気になった訳ではない、ただ、何となく足を向けてみる。帰っても、待っている者がいる訳でも無い。 ……ァ…ヤァ… 段々と近付いて行くのが分かった。そして、その正体も。 「…twinky(ガキ)か?」 足元で体中の力を振り絞って泣いているのは、生後間もない人間の赤ん坊だった。 育てられない子供を捨てる、珍しい事では無い、むしろよくある事だ。 殺さないで捨てるのは、愛情からでは決して無い, 面倒を避けるため。どうせこのまま放置すれば、こんな赤ん坊が生きていられる訳が無い。 それを承知で、面倒を避ける為に捨てて行く。しかし、別段それを酷い事とは思わない。こんな街で生まれても先は知れている。むしろこのまま苦しみや絶望を知らないまま死んでいく方が、幸せなのかもしれない。だから、男が、その赤ん坊を抱上げたのは、同情からでは無かった。 老朽化が進む古いアパートに帰って来ると、男は腕の中で何時の間にか眠ってしまった赤ん坊をソファーにそっと寝かせた。 男がこの赤ん坊を連れ帰った理由は一つ、金だ。 (…女の子は直ぐに金になるだろう……) 戸惑う気持ちが無かった訳では無い。彼には勿論赤ん坊を育てた経験など無いのだ。しかし、何とかなるだろうと思い行動に移した。 男は薄汚れたソファーに眠る、小さい生き物を見詰める。可哀想、と思わなくも無いが、仕方が無い事だ。〟運が悪かった〝ただ、それだけの事。この街に住む者は、全てが自分をそう思って慰める。この小さな小さな生き物も、その一つに過ぎない。そう、それだけの、事なのだ。 直江は〟捨てられた子供〝だった。 父親の顔は、見た事は無い。そもそも誰が父親なのか、母親でさえ分かっていなかった。 4歳だったと思う。ある日突然母親が消えた。家を出たまま、それっきり戻って来なかったのだ。何日位放置されていたのかは、幼かった為直江の記憶には残っていない、母親の記憶もしかり、だ。近所の人間に、キッチンで倒れている所を発見された。 それからの行き先は、簡単だった。施設、そこは、子供の墓場。直江に記憶は、そこで一時途切れる。 里子に出された先は最悪だった。今思えば、あれは地獄そのものだ。 義父親は―――あれはきっと狂っていた。殴られても熱湯を浴びせられても、肋骨が折れる程蹴られても、声一つ上げない直江に男は逆上し、更なる暴行を加えた。別に、自分が特別不幸だとも思わなかった、これが現実だから。だから、義父親のベッドに下に隠してあった銃で男を撃っても直江にとっては、それもただの一つの現実だった。 撃ち殺した銃を抱えて里家を飛び出した時、直江は9歳になっていた。 この(L)街(A)に居着いてからの日々は、あらゆる悪事に彩られている。イヤ別に〟悪事〝などでは無い、日常だ。窃盗、暴行、麻薬……殺人。やらなかったのは強姦位だ。別にモラルがあった訳じゃ無い、その必要が無かっただけだ。女は、何時でも手に入ったのだから。 それでも直江は自分を不幸とも、特別とも思っていない。これが現実、ただそれだけの事。 東の空が明るくなる頃、それまで大人しく眠っていた赤ん坊が突然、火が点いた様に泣き出した。直江は一瞬戸惑ったが、直ぐに一般的知識としてオムツが濡れているのだと思った、しかし、 「?!」 この家に、代えのオムツなどある訳が無い。それでも一応薄汚れたベビー服を脱がせてみると――― 「……男…だったのか……」 色白の肌に綺麗な顔立ち、それらを彩る長い睫毛に直江は勝手に女に間違い無いと思い込んでいた。だから男と分かった今、このまま直ぐに捨ててこようか、とも思ったがこの器量なら近い将来十分金になると踏む。そして、暫くこのままここで様子を見よう、と決めたのだった。 「?」 指が止まる。よく見ると脱がせたベビー服に、小さな縫い取りがある。 「……高、耶…?」 ――直江、この時、15才―――