皇帝陛下と哀しみの女王
- Digital900 JPY

154P 異世界トリップファンタジー第6弾 「皇帝陛下と魔女の海賊船」の続きになります。 エチゴの王城は、広大なので内部にいると横長に感じられ るが、天まで届くような高い塔がいくつもあり、外観は横に も建物大きなものだ。 今高耶が歩いているリュウキュウ城、そこは限りなく横長 だった。石畳の回廊と、朱色の柱が無数に並んでいる。和風 でもなければ中華でも西洋でもない。そこがエチゴとは違う 所だ。 柱の間からは、強い日差しが線を作って差し込んできてい る。外には濃度の濃い緑をした木々、密林と沖縄…… 不思議 な空間だった。 先に笠原が歩き、その後ろを高耶、直江と続く。他には誰 もいない。 「…… こちらです」 笠原が立ち止まったのは、朱色の格子木で出来た大きな扉 だった。 「この先は限られた者しか入れません」 王家のプライベートスペースらしい。 扉の前の衛兵が、恭しく扉を開く。そして一歩、高耶は足 を踏み入れた。 「…… 」 ゾク 暑い、外は変わらず南国だ。だが、 「…… 」 何だろう…… 高耶は内心、首を傾げてしまう。 寒気に似ただが、何処か違う何か。 悪寒…… 嫌悪…… ? カツン カツン リュウキュウへ来てから靴を履き替えた。リュウキュウの 用意したものだ。なめした柔らかい皮製のサンダルなのだが、 靴底が固い皮が使われている。 カツン カツン 薄暗く冷ややかな回廊に、靴底と石畳がぶつかる音が響い ていく。 「…… 」 そっと直江が、高耶の横に並んだ。 「高耶さん」 「…… 」 高耶は前を向いたまま、小さく溜息を吐いた。 「何でもないから」95「…… 」 前を見ている高耶の眸は、透き通った色をしている。直江 はそこから思考を伺う事が出来ないないでいた。 たまに高耶は、こんな風に、透き通りまるで向こう側が透 けて見えてしまうように見えた。そんな錯覚を覚える時直江 は、酷くもどかしい想いに駆られてしまう。 普段の高耶からは考えられない儚さは、不安を通り越して 恐怖さえ直江に与えるのだ。 「…… 」 自分のよりもずっと小さな手を握ったのは、無意識の行動 だった。 「直江?」 どうかしたのか?と訊いてくる高耶の顔を見て、直江は薄 く笑った。 「いえ」 「?」 「何でもないですよ」 「変なの」 歩きながらも高耶は、何故か海賊達の会話を思い出してい た。キヨマサとヨコテが倉庫の中で、直江に付いて話してい た内容を。 「…… 」 直江の死を、望む者。それが未だ分からない。 実際高耶は、リュウキュウや前を歩く笠原の、何が怪しい のは分かっていない。だがそれは〟感覚〝の問題だった。肌 で高耶は、何かを感じている。 「…… 」 直江に何処か、似ている男、過去の無い――― ジッと見詰めていると、強い視線に気付いたように笠原が 振り返った。 「皇妃様」 「え?」 「もう直ぐですので」 「…… ああ…… 」 真っ直ぐ曲がらない廊下は、本当に長く感じる。このまま 永遠に、この回廊から抜け出せなくなってしまったかのよう に 王 。 がいる部屋へ向かっている途中、一人も兵士や侍従に会 っていない。限りなく閉鎖的な匂いを高耶は感じる。 そこで初めて廊下に変化があった。突き当たりにぶつかり、 左へ曲がった。 「…… 」 曲がると直ぐに、笠原が立ち止まる。 「こちらです」 見ると、曲がった数m先、大きな朱色の扉が立ち塞がって いた。扉の前には、以前エチゴに使者としてやって来た黒木96 が立っている。 「お待ちしておりました」 深く礼をとると、黒木はその場を後にした。 警備の兵士の姿は、ここでも見られない。 「…… 」 高耶は黙っていた。そんな高耶の背中を直江はジッと見詰 めている。 ギギギ、と音を立て、笠原が扉を開いた。 「…… 」 ドクン こめかみの脈が波打つのを感じる。高耶は入ってきた光景 に、目を凝らした。 暗い、暗くて見えない。 暗い室内の中には、不思議な香りが漂っている。 「ミナコ様、ミナコ王」 笠原の静かな声に、返って来る返事は無い。段々目が慣れ てきた高耶は、王の私室を見回した。 鮮明な色は分からないが、壁や調度品は朱色を基調として いるのが分かる。 狭くは無いが、広くもない。だが女性の部屋らしく香料の 香りを強く感じた。 部屋の壁際に、高い天蓋付きのベッドがあるのが見える。 天井に届く高さの天蓋からは、薄いベールが床まで垂れベッ ドを覆い被している。 「ミナコ王」 自然と出てきた高耶の声に、部屋の空気が変わったのは気 の所為だろうか。 ベールの外側に立つ笠原に、ミナコ王の声が掛かった。 「高耶様」 それは、初めて聞くミナコの声で。 「ッ」 病人と思えない強い声に、高耶の肩が揺れる。 「…… ミナコ王…… そちらへ行ってもいいでしょうか」 「はい」 笠原と直江は、何も言わない。息苦しい空気の中、高耶は ゆっくりと進んで行った。床は固い板張りで、軽い音をさせ て高耶はベッドの脇に立つ。 「王」 「高耶様…… 聖なる方よ…… お顔を見せてください」 「…… 」 言われた高耶は、そっとベールを上げ中に入った。不思議 な程緊張を感じられない。そして横たわるミナコを、高耶は 見下ろした。 「…… 」 一瞬、目を瞠ってしまう。 「…… 王…… 」97美しい、女だった。緑かかった長い髪をシーツに広げ、肌 は病的な程白く。綾子の躍動的な美をは違う、今にも消えて しまいそうな美しさがそこにはあった。 「高耶様…… 皇妃様…… 」 差し出された腕は、折れそうな程細い。直江ならば、片手 で簡単に骨を砕いてしまえるだろう。 「…… 」 そんな頼りない腕を伸ばされて、無視など出来なかった。 反射的に高耶はミナコの手を、握り締める。 「高耶様…… 」 「ッ」 ゾクッ 一瞬だった、女の顔に浮かび上がった毒々しい嗤みに、高 耶は弾かれたように手を離した。 「高耶様?」 目を見開いてミナコを見下ろすと、既に弱弱しい表情に戻 っている。 「…… 」 見間違いか? 「…… いや…… 」 違う、確かに見た 「…… 」 ここで動揺するのは得策じゃない、そう判断した高耶は、 取り繕うように笑みを浮かべる。 「いえ…… それよりもお加減はいかかですか?」 「はい、あなた様のお顔を尊顔出来たお陰で、気分が良いで す」 「それは良かった…… 早く良くなって今度はエチゴへいらし てください」 「…… 」 「?」 だがミナコの答えは無い。どうかしたのか、と思った高耶 に、 「…… それはきっと無理ですわ…… この躯では…… 」 「…… 」 どんな病気なのか知らない高耶には、適当な事が言えなか った。 「あの」 「はい」 「…… 」 何の病気なのか、訊いてもいいのだろうか。 「あの…… 」 迷う高耶を止める為か助けようとしたのか、ベールの外か ら声が掛かった。 「皇妃様」 「…… 何だ…… ?」98 笠原の声に、高耶の緊張が一気に解ける。 「そろそろよろしいでしょうか…… ミナコ様、そろそろお休 みになって下さい」 やはり短い会話でも、疲れてしまうのだろう。高耶もそろ そろ失礼しようと振り返った、が、 「ッ」 咄嗟に上がりそうになった声を飲み込んだ。 見たのは…… 般若の面妖…… 血を啜り肉を喰らう女の情念 「…… 」 口を噤んだまま高耶は女を見ないよう一礼すると、乱暴に ベールを跳ね上げた。そのまま直江の所まで歩くと、腕を掴 んで足早に部屋を後にした、残された女の口元に浮かぶ嗤み を見ないままで