流転に向かって跳ぶ
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安寧は正しい。ぬるま湯は気持ちいい。日常は素晴らしい。でも、それでも。あなたの意志で、あなたの選択で、あなたの輪郭で、跳び込む流転の先には、きっと。新しい『何か』が待っているはず。感傷、恋愛、青春、ホラー、コメディ、日常など、No.401‐550の140字小説を153作収録しています。 【ワンダーガーデン】 昔、兄から教えてもらった遊びがある。お互いが好きそうな本を選んで、その中から相手が好きそうな一文を探して教えて合う。家にいるのが苦手なわたし達が唯一、心を落ち着かせられる場所が図書館だった。あの日、兄が伝えてくれた言葉の意味を、大人になった今でも、わたしは分からずにいた。 【味のある絵】 「私の絵、うまいですか?」と美術部の先輩に評価してもらう。先輩は「見た目はうまいんだけどな」とキャンバスを食べ始める。「ちょっと脂っこいというか、深みがないんだよね」なるほど。その場で小豆色、栗色、蜜柑色を加えてマイルドにする。もう一度試色もらうと「うまいなぁ」と笑った。 【エンドロールエンド】 夢を見た。僕の一生を映画化したそうだ。さぞかし超大作だろうと思っていたら、どうやら短編映像らしい。登場人物は少なく、観客はまばらで、話の起伏もほとんど存在しない。エンドロールが終わる。それでも、カーテンコールに何かあると信じて。夢から覚めたあとも、ずっと、動けずにいた。 【離怨(いろは式「り」)】 「理解なんてできなくていいよ」と呟いていた隣に住む女子高生は、いじめてくる同級生ともみ合って階段から突き落としてしまった。大人になりたいが口癖だった彼女は、誰からも名前を呼ばれることがなくて、大人になりたいが口癖だった彼女は、気付けば、大人じゃなくて少女Aになってしまった。 【ゑがおのれんしゅう(いろは式「ゑ」)】 「ゑがおのれんしゅう」と書かれた紙を病室のベッドの下で見つける。彼女いわく、丸まった文字は手が震えて力が入らないそうだ。恥ずかしそうに、ぎこちなく笑っていた。今度、「ゑ」と似た形のかんざしを買ってこようと思う。長い黒髪がなびいていた、あのころのようにはもう似合わないのに。 【未練の硬さ】 彼と別れる日、なんてことのない顔をして朝食を作る。猫が鳴く。窓の水滴が流れる。彼が起きた。パスタの湯気が私達の行く末を曇らせていく。どっちのせいとか、なんのためとか、特に理由はなかったけど、茹でる時間の方向性で喧嘩したのは覚えている。アルデンテのような硬さの未練だった。 【らむねこ】 らむねこが夏を告げる。鈴の代わりに喉元のビー玉を鳴らすらむねこは、薄青い透明な体をしていた。頭を撫でてやると「しゅわ、しゅわ」と気の抜けた声で甘えてくる。夏の間、高校生の男女が一緒にいるときにだけらむねこは現れる。弾ける音がした。大人には見えない、不思議な不思議な生き物。 【文明機構】 地下図書館で『手紙』が見つかる。文明を失った街で、稀に発掘される機械人形の総称だ。全てが小さな女の子で、左手を優しく握ると旧世界の記憶が流れ込んでくる。海が青かった時代。鳥が空を飛んでいた時代。人々がまだ言葉を使って生きていた時代。女の子の手が離れる。機械から涙が流れた。 【観覧車占い】 私の住む家からは観覧車が見えた。朝、仕事へ向かうときに観覧車を見ては一日の運勢を占う。一番上の観覧車が赤色だったら恋愛運。黄色だったら金運が良いといった感じだ。辛い日が続く。暗いニュースばかりが流れる。それでも、下を向いてるだけでは駄目だ。観覧車を見上げる。今日の色は—— 【ひさぎこむ】 陶器製の水差しから言葉を注ぐ。錆びて、濁って、変色してしまった言葉がコップの中で澱を生み出す。彼女が溜めていた言葉を、いつまでも飲み込めないまま数年が経った。「私のことは物語にしなくていいよ」という願いを、いつまでも飲み込めないまま。言葉を売っていた。もうすぐ秋が過ぎる。 noteで1400作品の140字小説が無料で読めます! https://note.com/akisuke0825/n/nc471e35ad02b おまけ特典 ・購入者様限定140字小説1作