家に帰るべきだと思っていた。
鍵もある。住所もある。
でも、そこにあったのは「否定」と「沈黙」と「命令」だけだった。
だから俺は、帰りたくなかった。
そんな日々の中で、職場にいた彼女。
言葉は交わさない。名前も呼ばれない。
でも、彼女の視線だけが、唯一“俺という人間”を認めてくれていた気がした。
家に向かう帰り道で、
俺は毎晩、彼女のことを思い出していた。
話してみたい。
呼ばれてみたい。
ただ隣を歩けたら――
これは、
家という現実から逃げながら、
誰かの気配にすがっていた男の記録。
感情に鍵をかけて生きている人へ。