コンセプトストーリー

　待ちわびた上陸。それなりに栄えた街だから、街歩きを楽しみにしていた。割り当てられている買い出しも、一人でのんびり片付けようと思っていたのだけれど……。上司に「マルコも連れてってやれ」と言われたらしょうがない。普段から面倒を見ている可愛い後輩は好奇心の塊で、街へ連れだすと勝手にどこかへ飛んで行きかねないから世話が焼けるというのに。 「ほら、勝手にどっか行かない」手首を掴んで引くと、「一人で歩けるよい」と振りほどかれる。つい子ども扱いしてしまうのは、それこそ子どものときから見ているから。ごめんごめんと笑って、荷物はマルコに持たせて支払いを終え、モビーに戻ろうとしていた帰り道。 　気づいたら隣にいないので、まったくもう、と思いながら振り返ると、彼はパーラーの前で足を止めていた。 「何見てるの？」 「あ……いや」 「いいよ、ちょっと休憩していこっか。暑いし、荷物も重いしね」 「……いいのかよい？」 「先輩だもの、これくらいおごってあげるよ。好きなの頼みな」 ウェイターに二人と伝え、さっさと案内してもらうと、マルコはすこし居心地悪そうについてきた。慌ててシャツのボタンなんか留めている。 「なァ、こういうとこ、来慣れてるのか」 「まあね、上陸の気晴らしだもの。モビーで食べるご飯も好きだけど、ゆっくり飲み物なんか飲みたいようなときは来るかな」 だから上陸のときは普段しまい込んでいるブラウスなんかを着る。素敵な出会いがないとも限らないので、ちゃんとお化粧だってする。 　瀟洒な字で書かれたメニューをマルコに渡しながら、「島の女の子と知り合ったら、こういうところに連れてきてあげるといいよ」と教えてあげる。聞こえているはずなのに生意気にもツンと無視してくるのは思春期だろうか。 「……パイナップルがあるよい」 マルコが見つめているのは色とりどりのゼリーが宝石のように沈められたゼリーポンチだった。つい女の子が好きそうと思ったけれど、キラキラしたものは海賊も好きだ。なにより輪切りのパイナップルがグラスに引っ掛けられている。 「綺麗な飲み物ね。モビーじゃ飲めない代物だ」 「これにするよい」 マルコがそう言うのでウェイターを呼び、ゼリーポンチとアイスコーヒーを頼んだら、マルコは気をそがれたような顔をする。 「なんだよい、かっこつけてコーヒーなんて」 「あたしはこれがすきなんだから、いいの」 マルコは周りをきょろきょろ見渡して落ち着かない。周りは二人席で、ちょうどカップルが多かった。自分もいつか……とか思っているのだろうか。 「お待たせいたしました」 ウェイターはわたしの前にゼリーポンチを、マルコの前にアイスコーヒーを置いた。マルコが何かもの言いたげな顔をしたのに気付かないふりをして、ウェイターが去ってからスマートに二つを交換する。保護者の顔で来たつもりだけれど、ウェイターにとっては他のカップルと大差ないのかもしれない、なんておかしく思いながら。まあ、五つくらいしか離れていないし、背を抜かされてからもだいぶ経つのだっけ。 　いつか連れてくる女の子の前で、マルコがスマートに振舞えるようにと、これはその練習なのだ。 「いただきます。……はー、冷たくておいしい」 「いただきます！」 すぐに気を取り直したマルコは指でパイナップルをつまんで食べ、満足げに笑った。好物を先に食べるのは、大所帯のモビーで育ったからだ。それから、華奢な長いスプーンを使いにくそうにしながらゼリーを掬い上げていく。宝石を食べるマルコの青い目がキラキラして、つくづく綺麗な目だなあと思う。小さい頃はマルコの目を欲しがったと、今でもオヤジに揶揄われる。もちろんマルコはいい顔をしない。 「……ちょっと食うかよい？」 物欲しそうに見えたのだろうか。「じゃあちょうだい」と言ってあーんと口を開けると、マルコは試されているとでも思ったのだろうか、おっかなびっくりとゼリーを口に運んでくれた。つるんと冷たいゼリーは甘く、のど越しがよい。 　ふと、こういうところにかつて一緒に来たことのある男のことを思い出した。「もっとなんか可愛い飲み物を頼んだっていいのに」と彼は言った。あのとき可愛らしく振舞っていたら、今ここにいるのはマルコじゃなくて、彼だっただろうか。……いや、何を言っているんだ、あれは別のナワバリの島だ。彼にはもう、奥さんと小さな子供がいる。立ち寄るたびに見かけて知っているのに。 「どうした？」 マルコが心配そうにこちらを見ている。 「なんでもないよ。美味しかった？」 「美味かった！　また来たいよい」 可愛い後輩に、わたしがどんな恋愛をしてきたかなんて関係ない。けれど、そうであればこそ、後輩の前で気負わず自分らしく振舞えることが気楽だった。恋愛下手な先輩から教えてあげられることはそんなにないけれど、今は冒険に夢中なマルコだって目の前にはたくさんの可能性が開けているのだ。そんな彼を眩しく思うと同時に、これからその目に映すだろう広い世界を思って誇らしく思う。わたしも大人になったのかもしれない。 「ふふ、これは練習だよ。次は実践で来な」 そう告げるとマルコは目を瞬いて、すっと表情を引きしめた。子どものころから見ているのに、大人の顔をするようになったなと思う。その透き通る青い目にじっと見つめられて、どうしてだか逸らすことができない。 「おれはあんたと来たい」 女の口説き方も知らない、まっすぐな言葉。飲み干したグラスの中で氷がカランと音を立てるまで、わたしはずっと……マルコに見詰められて、いたのだった。