コンセプトストーリー

　夏祭りだって、浴衣で出掛けたいな、って言ったとき、マルコは最初あまりいい顔をしなかった。夏の夜のむっとした人混みを想像したからだと思う。 　マルコの浴衣、見てみたいなぁって、ちょっと上目使いで言ってみても、面倒なこと言いやがる、みたいな目線を向けてくるから諦めていたのだけれど。 「え、いいの？」 「ここなら翌日返却できるみたいだよい」 「えっえっ、本当にいいの？」 「行きたかったんだろ」 お祭りについて話したことなんてすっかり忘れた後日になってＬＩＮＥが来て、浴衣レンタルのお店のＵＲＬと、お祭り会場から近い店舗も調べてくれたみたいだから、マルコの気が変わらないうちにと急いで予約したのだった。 　迎えた当日。迷いに迷って、鮮やかな水色の浴衣に黄色い兵児帯をお洒落結びしてもらうようにしたのはいいけれど、着付けを終えたマルコを見たとたんしばらく放心してしまった。落ち着いた紫地に、夏らしい青海波柄。大人の色気というやつがここぞとばかりに引き立っているし、浴衣なんて普段着ないはずなのに、まるでなんでもないことのように着こなしている。 　悔しい、わたしのほうが可愛いはずなのに……、浴衣の色気で悩殺してやるんだ、なんてうきうきしていたのがばかみたい。 「ほら、行くよい」 「アッハイ……」 「なんだ改まって」 マルコはちらりと笑ってわたしを促し、大きな手でくるみこむように手を繋いでくれた。外気温と興奮でとても暑かったけれど、ショックから覚めてみるとこうしてマルコと連れ立って歩けるのがただただ嬉しい。つい浮き足立ってしまうようだった。 （ねえ、これ、この人、わたしの恋人なのよ！） 　暮れなずむ街の中を、家族連れや友達連れとおぼしき人たちが向かう人波に従って境内に入った。参道の両脇は露天がひしめき、調理に火を使っているお店も多く熱気がすさまじい。マルコは人並みより頭ひとつふたつ大きいけれど、上は快適だったりするのかな、と思いながら見上げたら、マルコの首筋をつつっと伝う汗が目に入って逸らせなくなる。じっと見てたら目が合って、思わず目をそらしたら「なんだよい」とつつかれる。あっ、せっかく綺麗にしてもらった髪を！ 「まず本殿目指すか。何食いたいか考えておきな」 「あ、マルコ、ヨーヨー釣りたい！」 「あとでな」 「ねえ、こっちに冷やしパインあるよ」 「……それは食う」 「焼きそばはんぶんこする？」 「たこ焼きとどっちがいい」 「うーーーーん、どっちも！」 「よいよい」 「ビールも飲もう」 「絶対飲もう」 人波に揉まれるたび、繋ぐマルコの手に力がこもる。そんなことにドキドキしながらようやく本殿について、お参りをした。五円玉を投げて、二礼二拍手。 　マルコとずっと、一緒にいられますようにって……それから一礼して、列を離れる。 「マルコは神さまに何お願いした？」 「家内安全」 「ちぇ」 「ほら、ヨーヨー釣るんだろ。見ていてやるよい」 「マルコはしないの」 「ガキがやるもんだ」 「ちぇーっ！」 「ほら、お小遣いやるからよい」 完全に子ども扱いしてくるのが気にくわないけれど（手をつないでくれたのもそれ？）、白熱灯に照らされる色とりどりのヨーヨーを見ているとつい童心に返ってしまう。水色のがほしくてがんばったけど下手すぎてちぎれてしまって、けど失敗してもひとつもらえるということだった。嬉しくてさっそくびよびよ遊んでみたけれど、マルコが「下手すぎるだろい」と言って笑うもんだから恥ずかしくなる。 「ほら、貸してみろ」 指にはめる輪ゴムの輪が子供サイズで小さくて血が止まりそうだったのを、マルコが調節してくれた。ついでにゴムの部分を短くしてくれたら、もうちょっと上手に遊べるようになった。 　それから焼きそばとビールを買って、たこ焼きの列に並ぶ。両手が塞がるからって食べさせあった焼きそばはとっても美味しかった。ずいぶん割高だけれど、そのかわりちゃんとキンキンに冷えた缶ビールも、あつあつとろとろのたこ焼きも。 　マルコの方は冷やしパインが思ったよりぬるい、と言って不満そうだったけれど、一口もらったパイナップルは甘くて美味しかった。 「ね、いいこと思い付いた。返りにコンビニでお酒と花火買おうよ！」 「花火なんて、この辺でできないだろ」 「うー……マルコん家のベランダで……線香花火だけでも、だめ？」 「ったく、好きにしろよい」 「やったー！」 コンビニに寄って、目当てのものを買って、デザートが欲しくなったわたしはそこで買ったアイスキャンデーを舐めながら機嫌よく帰ったのだけれど……結局花火はできなかった。なぜって、部屋に着いたマルコが暑そうに浴衣をはだけさせながら、アイスキャンデーなんかにするからだ、なんて意地悪に笑って、やっとわたしの浴衣を褒めてくれたと思ったら、そのまま脱がされてしまって、それから……。