あの頃、僕はブルースとともに
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阿蘇での死闘後、換生を果たしていた景虎。だが彼は記憶の一切を失い高校生、仰木高耶、として生きいた。そんな高耶を見付けたのは、夜叉衆ではなく織田であった。織田は高耶を引き入れ「仲間」とする。それを赦さない綾子は直江と共に、織田に探りを入れるのだ。 「換生者」に対する背景は、今生では大きく変わっていた。その意味、そして謙信の思惑は? 記憶がないまま渦に巻き込まれる高耶は、何を想い何を決断するのか……? 信長×綾子要素もあります 表紙は藤城らいな様 記憶・シリアス・闇戦国の末路 188ページ フルカラーオフセット
もし、直江よりも先に信長が高耶を見付けていたなら…
派手極まりないスポーツカー、そしてハンドルを握っていた男は何と、 「おい」 「……は、いッ」 うわぁ、髪の毛真っ赤……心の中の声である。 強烈な印象を与える男の容貌に、その髪の色はよく合っていた。見る者に、更なる凄みを与える効果も加えて。 車に負けない、否、それ以上にインパクトに、反応が一拍遅れてしまった。だが、直ぐに持ち直し、引き攣った笑みを浮かべる。 「ハイオク満タンですね」 答えながら、ガソリンを入れ始めたのだが、直ぐに終了してしまう。元々、満タンに近い状態だったのだ。 「……」 内心、何故わざわざ入れるのか、と思ったが、そこはお客様だ、文句などある筈がない。 会計をして戻ってくると、他のバイトが車の窓を拭き終わった頃だった。 「お待たせしました」 そう言って、窓から釣りを渡そうとした高耶は、 「!」 この日、一番の驚愕に襲われる事となる。 「仰木先輩」 「は……」 「偶然ですね」 助手席から身を乗り出し、にっこりと微笑む顔も声も、見知ったものだったからだ。 「ここでバイトしてたんですね」 「波多山……」 高耶にとって苦手な後輩が、何故こんな所に? 「……」 疑問の後は、疑念が浮かんでくる。 しつこく高耶を吹奏楽部に誘い、何かと纏わり付いてくる後輩が、偶然バイト先に現れるだろうか? 「制服、似合いますね」 「……」 そんな高耶の戸惑いを知ってか知らずか、波多山は何時もの、胡散くさい嗤みを浮かべている。 「どうかしましたか?」 「……」 いや、考え過ぎだろう。ここは大きなスタンドだ。以前も日曜日、同じクラスの女子が偶然やって来た事もある。森野と言う女子の乗った、家族の車だ。 「やだー! 仰木君じゃん」 そんな風に、後部座席から大きな声で驚かれ、恥ずかしい思いをしたのだ。 森野は割と高耶とは仲が良く、学校ではよく話す。 明るくよく喋る森野は、高耶から見ると、少々煩い女友達だ。確かに鬱陶しい時もあるが、友達と思っているのだ、嫌いではない。 それでもバイト先で、両親と一緒にわいわい騒がれるのは堪らない。 その時の記憶が一瞬で、高耶の脳裏を駆け巡る。だが今回は、そんなものとは比べものにならない悪質さだ。 「……」 「……」 数秒、3人の間に沈黙が落ちる。嗤っているのは、ハンドルを握る男と、波多山だけで。 「……お釣りです」 一刻も早くこの場を去りたい高耶は、それだけ言うと一例し仕事に戻ろうとした。だが、 「待て」 瞬間、呼吸が止まる。 決して、大きくはない。逆に小さなものであった。なのに……なのに、この〝圧力〟は一体なんだ。 揺れた肩を隠すように、高耶は首だけで振り返る。 「はい……なにか」 相手は客だ、下手な態度は出来ない。だから高耶は、動揺を隠し淡々と対応した。 「ふん……」 そんな高耶に男は、にやり、と凄みのある嗤みを見せる。そして、呼び止めたくせに何を言う訳でもなく、エンジンをふかし始めた。 ドルン ドルン 腹に響くエンジン音を上げ、アクセルを踏む直前、男は口を開く。 「またな」 「ッ」 不吉な言葉に、息を飲む高耶を置いて、赫のスポーツカーは、乱暴な運転で通りに出てしまった。 「……」 本当なら、誘導は高耶の仕事だ。だがそんなものは、完全に頭から消えている。 「な……んだ……」 なんだんだ……あの男……不思議な位に、衝撃的だった。男の声を聞き眸に見据えられ、あの時確かに、波多山の存在さえ頭から消えていた。 「……」 またな――― 不確かな言葉を残された高耶は、既に見えない車の消えた方を、声を掛けられるまでぼんやりと、見詰めていたのだった。 ****************************************************** 不意に、綾子が動きを止めた。 震えは一体、何処からくるのか。 「……」 物音は、小さな小さな、音にもならないものであった。それなのに、静寂の中の小さな音は脳内で響き渡る。そして次の瞬間、隠さない気配に綾子は〝終わり〟を知るのだ……嗚呼……そう、小さく甘美な吐息を吐き出しながら、 「久しいな」 愉悦を含んだ声と共に。 「随分と―――久し振りだな」 「―――」 一瞬綾子は、これ以上ない程目を見開いた。心拍さえ、止まったと感じた。だが、直ぐに何もかもを、理解してしまったのだ。 「柿崎晴家」 そう、己を呼ぶ声を、死ぬ程綾子は聞きたくなかった……そして、心の底から渇望し…… 「……」 深く息を吸い込み、そして吐いた。 不思議な位、驚きはない。心は酷く凪いでいる、穏やかな海のように。 カタ――― 「ぁ……」 暗闇の中で、唯一の灯りである懐中電灯が、力の抜けた綾子の手から落ち転がった。 赫の絨毯の上をころころと、小さな灯りを作りながら転がってゆく。逃げる丸い灯りを綾子は、ジッと見詰めていた。そんな女を、発見者は黙って見詰めている。 「……」 懐中電灯と共に灯りも動きを止め、綾子はのろのろと顔を上げた。 「く……ッ」 綾子は知らない、己の顔が奇妙に、 「くくっく……ははは……」 歪んだ嗤みを浮かべている事を。 「ははは……ほんと、久し振りよね……織田……」 織田信長――― 「ねえ……」 「……」 淫猥でさえある女の声に、男は目を眇めた。男……織田信長……斯波瑛士は。 「ねえ……そんなにあたしに会いたかった?」 あからさまな、誘う声である。女は、そんな自分を愉しんでいた。 「……」 信長は、黙って綾子を見詰めている。そんな男の眸を、綾子もただ見詰め返した。 ************************************************* 「ジョン・リー・フッカーですか?」 「!!!」 突然の声に、勢いよくバチッ、と目を開く事になる。そして一拍置き、 「なッ!」 ガバッ、とベッドの上で躯を起こすと、声の聞こえてきたドアの方を振り返った。 「な……」 薄暗いが、闇ではない。それに広いとは言っても一室の中だ、侵入者の姿は見て取れた。高耶の目は、しっかり暗闇に慣れていたのだ。 「……」 ここは斯波の……信長の邸宅だ。そして高耶の自室でもある。特に〝普通〟の警備は敷いていないが、結界を張ってあると、屋敷の主である信長が言っていた。 侵入者がいれば、直ぐに信長の〝家臣〟が駆け付けるだろう。特にあの後輩、波多山が。 「……」 なのにこの侵入者、悠々と高耶の部屋まで入り込んでいる。とても、只者とは思えない。 「ジョン・リー・フッカー、お好きなんですか?」 「え……」 まだ呆然としたままの高耶に、侵入者はそんな風に繰り返した。 「じょんりー……?」 カタカナでよく分からないのか、高耶は首を傾げつつ普通に訊き返してしまった。そんな高耶に、男が小さく笑った気配が伝わってくる。 「ええ、今歌っていたでしょう? 高校生なのに、好みが渋いですね。デルタブルースなんて」 「でるた?」 なんだそれ? 「……」 不思議そうな高耶を、男こそが、不思議な表情で眺めていた。 泣きそうな……それでいて嬉しそうな……説明の付かない……ただ、そんな眸は高耶を、酷く堪らない気持ちにさせるのだ。 「なあ」 「はい」 静かな声は、滲むようで。 「や、その……」 何でオレ、こんなに落ち着いてるんだ……? 内心首を傾げる高耶だが、それは侵入者から悪意が伝わってこない所為だ。だから、危機意識が働いてくれない。 「……」 ぼんやりしたままの高耶の元に、静かに侵入者が近付いてくる。それもまた、高耶は眺めているだけだ。 「あの」 とうとう、ベッドの直ぐ脇にまで来てしまった男を、高耶はジッと見上げた。 「……」 「あの」 侵入者は、声を聞いて直ぐに分かっていたが男だった。三十歳前後の、長身のイケメンだ。 職業はモデルです、と言われても、はいそうですか、と答えてしまう位には、男の高耶の目から見ても〝恰好良い〟男である。そして、初めて見る顔であった。 「今晩は」 直ぐ横で、男は高耶を見下ろす形になっている。少し首が痛いが、男から目を逸らす気になれない。 「今晩は?」 不思議そうに小首を傾げ、疑問形で答える高耶に、男の笑みが深くなった。 「夜分遅く、失礼致します」 「はあ……」 いや、そう言う問題ではない。 「あんたその」 男の態度が、ここにいて当然、なので何となく訊き難かった。 「はい?」 「いや……なにしてんの? ここで」 真っ当な問いである。 「それは勿論」 高耶の問いに、男は笑顔で答えた。 「あなたに会いに」 「……オレ?」 「はい」 まあ、高耶の部屋に侵入したのだからそうだろう。 「そっか……じゃあ」 どうぞ? そう続けた高耶に、男はとうとう噴き出してしまう。 「ぷッ」 「え?」 「くっくくく……」 「な、んだよ……ッ」 そんな風に笑われれば、恥ずかしくなってしまうではないか。 「笑うなよッ」 「くくく……はいはい、すみません……仰木、高耶さん」 「え―――」 瞬間、ビリビリとしたものが躯を走った。痛みはない。ただそこに、確かな衝撃があったのだ。 「オ、レ」 原因を、高耶は悟る。何の確証も無い。だが、真実だと感覚が訴えてくる―――名前だ――― 男に、名を呼ばれ、躯が震えたのだ。 「高耶さん……とお呼びしても?」 「え……あんた……高耶、って……」 自分でも恰好悪いと思う。だが、困惑が高耶を支配して放さないのだ。 「高耶さん」 「……………………あ」 ギシッ、とベッドが軋む音を立てる。男が、腰を下ろしたからだ。高耶が小さな声を上げたのは、それと同時であった。 「あんた」 唐突に、分かってしまった。 「あんた……あの時……」 驚愕に目を見開き、高耶は男を凝視する。 「あの……誘拐犯……」 呆然とした呟きに、男の顔に苦笑が広がった。 「はい」 「やっぱり……」 「驚きましたか?」 「まあ、普通は」 いきなり校内で襲われ意識を奪われ……驚かない方がおかしい。 男の正体が、段々見えてきた。千秋との会話を思い出したからだ。仲間が拉致し、そして預かったと言っていた。となるとこの男は――― 「――――――直江?」 それは、本当に何気ない問いかけであった。ただ、名前を確認したかっただけだ。なのに、
