直江屋奇譚 直江屋・顛末
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?直江 大学生高耶 奇妙な小箱に『付き纏われ』困った高耶は骨董屋直江屋に売り行く。それはやはりただの小箱ではなかった。 成り行きで直江屋でバイトするようになった高耶だが、そこへ曰く付きの懐中時計が持ち込まれる。付けねらう成田譲と言う青年。時計の暴走。そして、直江屋店主、直江の正体は? 和風ファンタジー・ラブコメ・物の怪・付喪神 188ページ オフセットフルカラー 44ページ コピー本(番外編) 2冊セット
振り返ればアレがいる……
じーんーせーいーごじゅう~ 高耶がせっせと店内の掃除をしていると、誰かが歌を歌っている声が聞こえてきた。この声は、横笛にずっと長く住んでいると言っていたじいさまの声だ。 横笛に憑くだけあり、音楽好きで歌も上手い。 以前高耶が聴いていた、洋楽のブルースを聴きたいと言い出した。それなら、と聴かせた所、大変に気に入ってしまった。それ以来、ギターなる外来楽器が気になっているようである。 妖かしと神様、付喪神などの区別が高耶に付く訳もなく、勝手に〟妖精さん達〝と呼んでいる。彼らもそれが嫌ではないらしく、なら問題無い、と高耶はそのままにしていた。 じいさまが歌っていると、妖精さん達がゆらゆら動き出す。彼らは音楽が好きで、歌ったり踊ったりと高耶を楽しませてくれる。今も機嫌の良くなった綾子がぷかぷか浮いて、躯を揺らしていた。 「たかやー」 「たかやー」 出てきたのは、二つの対駒の付喪神である子供達だ。店主が言うには、高耶が大好きで仕方がないらしい。 可愛い子供に好かれれば、高耶だって嬉しくなる。こんな風に懐かれれば、可愛くて仕方ないくなるのは当然だ。自分が子供好きだなんて、意外な事実であった。 「何だー」 「たかやー」 「たかやー」 きゃらきゃら笑いながら、二人は高耶の足から背中を伝い、両肩に腰を落ち着けてしまう。 「お前らなあ」 呆れた声になるが、実際羽のように軽いので負担は無かった。だが、微妙に掃除の邪魔になる。 「ねえねえ」 「ねえねえ」 「なにたべたー?」 「なにたべたのー?」 高耶自身では丸で分からないのだが、彼らが言うには、高耶から大層良い香りがすると言う。それを言うと、店主は黙って頷いていた。頷いていないで、教えて欲しいものだ。 食べ物が大好きな駒の子供達は、高耶が何を食べたのか訊くのが好きだ。彼らが何か食べる訳ではないのだが、非常に興味があるのだ。理由は無論不明である。 「朝はなあ、シリアルだ」 暑いし、簡単にミルクをかけるだけのシリアルは、そこそこ栄養もあって重宝している。以前は甘く、何だかお菓子にしか思えなかったのだが、実家から大量に送られてきた為渋々食べ始めた。そして、その簡易さにハマってしまった高耶である。 「しりある」 「しりあるー」 きゃらきゃら きゃらきゃら 何が楽しいのか、高耶のシリアル発言に可笑しそうに笑っている。まあ、喜んでもらえて何よりだ。 しかしふわふわ肩の上が邪魔で、掃除の効率が上がらない。だが問題は、とりあえず無い。それは店主直々に、バイトに告げた言葉故である。 掃除よりも、彼らの相手を優先してください。そう言ったのは他の誰でもない、店主なのだから。 「高耶ぁ、あたしもシリアルって食べてみたいわ」 ふわふわ綾子が言うと、店内のあちこちから、シリアルシリアル、との声が聞こえてきた。 「高耶さん」 丁度やって来た店主に、声の殆どがピタリと止まってしまった。駒の子供達も、ふ、と消えてしまう。だが例外もあるもので、 「直江ー、あたしその、シリアルっての食べてみたいわ」 「俺も、食べてやってもいい」 店主を何とも思わない神様もいるのだ。 「……そうか、高耶さん」 「あい?」 高耶は、雑巾を持ったまま突っ立っていた。 「お手数ですが、シリアルなるものを、今度持ってきていただけませんか?無論かかった経費は、給金とは別にお支払いいたします」 「そりゃ別にいいけど」 シリアルなるもの? 言い回しがおかしい。 「なあ」 「はい」 「あんた、シリアル食ったことねぇの?」 「ありません」 当然の顔で答えられ、高耶は驚きで口が、ほ、の形になってしまう。 「ほ」 今時、そんな人間がいるのか。 素直に驚く高耶に、店主は肩を竦めた。 見た目まんま、コーカサス人種の顔をしているくせに直江の生活は徹底して〟和〝であった。言い回しも一々昔がかっていて、だがそこに不思議と違和感は無いのだ。 「ふむ」 「……」 店主はぐるりと店内を見回すと、感心したように両手を広げる。やはり、コーカサス…… 「高耶さんがいらしてから、店が明るくなりましたね」 「そっか?」 あまり、変わらない気もするが。 そんな高耶に直江は苦笑した。 「掃除だけの問題ではなく、気、です」 「気」 と言われても、高耶は首を傾げるだけだ。 「まあ、あなたにもその内分かるでしょう」 「むー」 知りたくないような、知ってみたいような。 「うーむ」 「あなたは私よりも、彼らに好かれている位ですからね」 高耶の直江の会話を、妖精さん達は面白がっているようだ。くすくすと、楽しそうな声が聞こえてくる。だがそれは、 ガラガラガラ 音と共に、格子硝子の開く音が響いた途端、途切れてしまったのだった。 四十代に見える男は、高耶の目から見ても高そうなスーツをキチッと着こなし渋さ漂っている。店主と同じ位の長身で、肩幅が広くがっしりと鍛えられた体躯をしていた。容姿も精悍で端正で、でも優しそうな日に焼けた顔は間違いなく女にモテるだろう。それこそ、年齢を問わず。何とも羨ましい限りである。 「……」 男の外見に、一体何者だろう、と高耶は内心首を傾げていた。 只今直江はお茶を淹れている。お茶出しは普通、バイトの仕事だ。だがこの店の場合はそうもいかない。何故なら高耶が淹れるのと直江が淹れるお茶では、味にかなりの違いが生まれてしまうからだ。 高耶だって、普通に淹れる事が出来る。だが、直江の淹れるお茶は美味し過ぎた。これを客に出さない理由は無いのである。 「もう暫くお待ちください」 考えてみると、高耶がバイトを始めてから初めてのお客である。少々緊張しながら高耶は、畳の上に正座していた。 客の男は畳に腰掛け、店内を眺めている。 「良い店だ」 「ありがとうございます」 「ああ、これを」 渡された名刺を両手で受け取ると、高耶はしげしげ眺めてしまった。 北条氏照 「……」 名前、渋い。 北条物産株式会社CEO 「……」 何だこの役職。 思わず高耶は、客と名刺を交互に見てしまう。 「何だね?」 「いえいえいえッ」 慌てて作る笑い。こめかみ辺りが引き攣っていても、この際構うものか。 北条物産と言ったら、就職先人気ランキングで常に一位から三位の間に入っている、超人気企業だ。会社も世界規模で、初任給も高い。 三十歳社員の平均年収が一千万を超える企業は、この不況では数少ない。 世界中に支社があり、子会社は限りない。 そんなコングロマリットのこの男、トップに近い位置にいるのか。 「……」 ほえ~ 高耶は純粋に感心してしまう。完全に別世界なので、珍しいものを見てしまった、そんな感じだ。 だが引っ掛かる点がある。それは、そんな立場の男が何故この、裏通りにひっそりある骨董屋に明らかに、プライベートで訪れたのか。 「君は」 「はい、アルバイトの仰木と言います」 背筋を無意識に伸ばし、緊張しながらもきちっと答える高耶が、氏照の目には微笑ましく見えた。 「そうか、仰木君、今日私はこれを持ってきたんだよ」 言いながら客は、紫色の風呂敷を開き、中から小さな木箱を取り出した。それを台座の上に置き、箱を開く。 「時計、ですね」 「ああ、懐中時計だ」 氏照は、まだ学生に見える高耶がこの店で働いているのは、当然骨董好きだと考えた。だからこの時計を見せれば喜ぶと思ったのだ。 だが実際は、嫌いではないが、特に好きとかマニアでもない、そんな程度だ。だから感想も、間が抜けてしまうのである。 「何か、古そうですね。緑が綺麗です」 「……」 良く言えば素直。逆に言うと稚拙な反応に、客は少々目を見開いた。鈍い高耶は当然気付く事はない。 「君はその、骨董好き、なのか?」 「へ?」 怪訝そうに訊かれ、高耶は馬鹿正直に答えていた。 「嫌いでは無いです。でも特に詳しいとか好きとか……それとは違う気がします」 「では何故ここで?」 「……」 何故、と訊かれれば、 「ええと、成り行きで……」 ぼそぼそ こう答えるしかないではないか。 「デス」 何となく恥ずかしくなった高耶は、ふよふよ目を泳がせてしまう。そんなバイトに客は可笑しそうに笑った。 「ははは、そうか、なる程」 素直な答えが気に入ったのか、単に面白かったのか、客はバイトを気に入ったようだ。それは当然〟妖精さん達〝も気付いている。知らないのは高耶だけであった。 「しかしこの店は、何だか面白いな」 にこにこしながら客が言った所で、店主がお茶を持って現れた。 「お待たせしました」 畳の上に茶托を置くと、店主は客に一礼する。入れ替わるように、高耶は立ち上がった。自分がいても、二人の邪魔なだけだと判断したからだ。なのに、止めたのはその二人共であった。 「高耶さんもここへ」 「君も見ないのか?」 「はへ?」 ハモった声に、目をぱちくり。 「……」 少しの間立ち尽くしてしまった高耶だが、店主と客の両方の要望であれば仕方がない。 「……お邪魔します」 ぼそぼそ呟きながら、直江の斜め後、少し下がった所に再び正座をした。 「どうぞ」 お茶を勧められ、北条は口を付けると、 「……ほう」 感心したように、目を見開く。高耶は内心、やっぱり舌の肥えた偉い人でも感心するんだ、と納得した。 「これは美味しい。直江さん、これはあなたが淹れたのですか?」 「はい」 「そうですか、いや、驚いた。こんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてです。よろしければ是非、茶葉などを教えて欲しい」 本気の北条の言葉に、直江は苦笑を浮かべた。 「北条様にお教えする程のものではありません。お恥ずかしい限りです」 「いや、是非」 お世辞でも何でもなく本気なので、北条も少々しつこい。仕方なく直江は頷いた。 「畏まりました、そこまで仰るのなら……後でお持ちしましょう」 「ありがとう」 「……ぷ」 ほくほく顔の北条を見て、高耶は噴出しそうになってしまう。世界的企業のトップとか言っても、何かオレと変わんねぇじゃん、となかり失礼なオチを付けていた。 「では、こちらを拝見します」 高耶に見せる為に既に箱の蓋は開いている。直江は手袋を付け、中にある懐中時計を取り出した。 「これを預かって欲しい」 先程とは違い、北条の顔は険しいものになっている。 「お売りになりたい、と言う事でしょうか」 「……」 返答に困っている北条に、直江は続けた。 「こちらの時計は大変高価なものです」 「そうだ」 「24金……埋め込まれているのは翡翠ですね……古いものです、これは江戸末期のものですね」 「その通りだ。曽祖父が長崎の商人から手に入れたものだと聞いている」 「ふむ」 直江はジッと、掌の時計を凝視している。そこには、感情を削ぎ落とした酷薄な顔があった。なまじ整っているだけに、まるで作り物のようだと高耶は思う。 「……」 「……」 時計に集中する店主を、バイトと客は無意識に息を飲んで見守っていた。それから、数分経ち直江は顔を上げる。 「北条さん」 「何だね」 「何故当店に?」 「……」 「まずは、それをお訊きしたい」 「?」 何処か店主は高圧的で、逆に客の方がたじろいでいる風に見える。そんな二人の様子を、高耶は首を傾げながら眺めていた。 「……」 「……」 二人の間に流れる緊迫感に気付く事なく、高耶は暢気にお茶を啜る。 「……この店は、曰く付きのものを引き取ってくれる、そう聞いたのだ」 諦め口調で北条は、溜息と共に吐き出した。 「続けてください」 「……」 突き放した店主の様子に、北条は溜息混じりで説明を始める。 「……曽祖父は当時、江戸から遣わされた役人だった。そこで出島で仕入れたものを売る店でこの時計を見付けた」 「へー」 思わず身を乗り出した高耶は、二人の視線を感じ慌てて躯を引いた。 「いやいいのだよ、是非見てくれ」 「そうです高耶さん、あなたもよく北条様のお話を聞いていてください」 「う」 何だろう、この二人から感じるプレッシャーは。北条の話は気になるが、何だか面倒臭そうなので奥に引っ込みたいのだが。 「……ぅハイ」 だが、それが赦される空気ではない。諦め気分で高耶は、しおしお上げた腰を下ろしたのだった。 ぽつぽつと続いた、北条が話す時計の概要はこんな感じである。