チャンプの家庭教師さま ミニ
- ¥ 700
pixivにアップした年の差パロ話(novel/13557625)の番外編2本立てです。 チャンプに弟ができたり、風邪をひく話です。 相変わらずチャンプになりたてのダンデに強い幻覚を見ています。 ■A5変形/P32/700円/dnkb ※イベント頒布価格より手数料100円をプラスさせていただいております。また、自宅からの発送のため多少お時間を頂くことになります。ご了承ください。
本文サンプル↓
「キバナは、兄弟っているのか?」 「ん?」 ■チャンプ、帰省する。 今日の家庭教師は昼の回。 授業を終えれば、待ちに待ったキバナの食育という名のランチタイムだ。 キバナは唐突に切り出された話題に疑問符を浮かべながら、声の主に視線を向ける。 当の本人はキバナの視線に気づかないまま、フォークにパスタを巻きつけるのに夢中になっていた。 「ダンデ?」 「……」 否、夢中になっているのではなく、心ここにあらず、というのが正しそうだ。 パスタを巻ききったフォークはそれ以上巻けるものがないのに、今も皿の上でくるくると踊っている。 「ダーンデ」 「え、あ、なんだ?」 語尾を強めに呼んでやると、弾かれたように頭を上げるダンデに、キバナはついっとフォークの先端を向ける。 「お前から振ってきたんだろ。兄弟がなんだって?」 些かマナーがよくなかったな、とすぐにフォークを引っ込める。 「あ、えぇっと……、もしかして声に出していたか?」 無意識だったのか。 ばつの悪そうな顔で、くるくると止まることを知らなかったフォークがようやく動きを止めた。 「えっと、その、キバナには兄弟がいるのかなって……思って……」 ゴニョゴニョと聞き取りづらい話し方は、あまり褒められないダンデの癖のひとつ。 テレビやインタビューでは堂々としているのに、慣れない相手に話す時や自信や根拠がないやりとりになると途端に語尾が弱くなるのだ。 子供らしい、といえばその通りで、ダンデのそういった人間らしさをキバナ個人としては大事にしてやりたいと思っている。一部のファンからもそのギャップが良いという層もいる。 ダンデ自身はもっと大人っぽく振る舞いたそうだが。 「いいや。俺さま一人っ子よ」 「そうなのか。キバナは頼りになるし、お兄ちゃんなのかと思ったぜ」 「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」 垂れて目尻でニンマリと笑いかけてやれば、ダンデも釣られて笑顔を漏らす。キバナもその雰囲気の変化を感じ取り、内心でよしよしと頷く。 気持ちが上を向いたのか、ダンデも徐に話の続きを語りだした。 「実はな、もうすぐ弟が産まれるんだ」 (おぉ、) 人差し指で頬を掻きながら、どこか照れ臭そうに、けれど嬉しさが自然と滲み出てくるのを隠せていないような顔は、普段ではあまり見ることができないものだ。キバナはこうしたダンデの表情の変化を見るのが好きだった。 (珍しい表情だな) ダンデの表情の観察に入るギリギリ前で、改めてダンデの言葉を反復する。 「え、弟?」 「そうだ、再来月に」 「……」 「……キバナ?」 突然の沈黙にダンデが首を傾げると突然キバナが立ち上がった。 「そうかそうか! お前もお兄ちゃんになるのか! それはお祝いしねぇとな!」 バシバシと音がしそうなほど景気よくダンデの肩を叩いてやる。 ヘイ、ロトム! とご機嫌な声でロトムを呼びよせると、ケテケテと電子音の声を鳴らして二人の間で滞空する。 彼の優秀なロトムはキバナが指示を出すより前にオススメのベビー用品のページをいくつかピックアップしていた。 「予定日はもう分かってるのか? 立ち合いには?」 「ああ、一応」 長い指先で画面をスワイプさせながら、一緒に画面を覗き込むのダンデを見る。 ダンデも自分にあまり馴染みのない品々を見るのが新鮮なのだろう。視線を画面から外すことなく相槌を返した。 「けど、立ち合いにはきっと行けない」 想定外の返答に画面をスワイプする指が止まる。 「行かないのか?」 「仕事もきっと、入るだろうしな……」 ロトムの画面から視線を外して、眉尻を下げながらダンデは笑っていた。 今やガラルのスーパースターとして立つダンデの多忙さは、もちろんキバナも知るところだ。 今日の家庭教師も忙しいダンデの予定の合間を縫って設けた時間で、昼食が終われば少しの休憩の後にダンデはローズと共にスポンサーの元へ会食に赴く。 今週はなしにするかともキバナは提案したが、ダンデから授業はしてほしいと頼まれたので、午前中からキバナはシュートシティにあるダンデの自宅を訪ねていた。 この家庭教師業がダンデにとってそれなりの息抜きになっていることはキバナも理解しているので、なるべくダンデの要望を叶えてやるようにしている。 「ローズ委員長には?」 「弟が産まれることは伝えてあるぜ! 別にいいって言ったんだけど、お祝いまで送ってくれるって」 「……そうか」 (それはそうだろうな……。あの人はあの人なりにダンデが家族と過ごせていないことに思うことがあるみたいだし) まだ年端もいかないダンデを都会へと招致し、家族から預かっているのだ。 それなりに責任は感じていると、以前漏らしていたのを思い出す。 「俺はまだしばらくは会えないけど、写真や動画はたくさん送ってくれるって母さんが言ってくれてるんだ!」 下がった眉尻から一転して、パッといつもの明るい笑顔に戻る。 「だから、今はそれで十分なんだ」 納得は出来ていないが、満足はしている。そんな表情だ。 あぁ、またこれだ。キバナは自分の中で不満が滲み出るのを感じる。 ダンデは何に対しても真摯で実直だ。 仕事とあれば笑顔で応え、助けを求められたらどこにだって飛んでいく。そこに自分の都合や意思など後回しだ。 そうあるべきなのが、理想のチャンピオンなのだと、自分に言い聞かせている。 バトルという枠組みの中でなければ自由に自分を出させないでいるように思う。 キバナはそれが不満で仕方ない。 まだ長いとは言えない付き合いの中でも、とても家族思いであることは十分すぎるほどに伝わってきた。 そんな彼の最も大切なものの一つがまた増えようとしているのに、この少年はその場に居合わすことができないのだという。 (会いに行きたいなら、行きたいと言える選択が今のこいつには存在しないのが問題なのか……) 我慢強いことと聞き分けがいいことは長所であるが、それは他人から見た都合のいい評価でしかない。 「そういや次のフィールドワーク、決めてなかったな」 「ん? そうだな」 次も楽しみだぜ! と、ニカっと太陽の笑顔で話す顔に、キバナもまた、ふむ……と少し考え込んだ。 (中略) 「……ケホっ」 乾いた咳が静かな室内で小さく音をたてた。 「38.1度」 「……」 体温計の電子画面に表示された数字を読み上げる。 ベッドで横になっている少年はイマイチ事態を理解していないのか、大きな金色の瞳をゆっくりと瞬かせた。 「完全に風邪だな」 ■チャンプ、風邪をひく ナックルシティ。郊外。 今日は少し遅くまで残業をしていたキバナが足取りも軽く帰路につく。 明日はジムの仕事が休みで、少し大事な予定が入っていたのだが、それが突如都合がつかなったとかでお流れに。 珍しく、本当に何も予定がない休日がフッと沸いてしまったのだ。 予定がなくなってしまったなら仕方がない。 どうせ休みなのだしと、明日の出勤メンバーの業務に支障がでないように少し多めに仕事をしていたらこの時間になってしまったというわけだ。 (明日はマジでなにっすかな) 掃除、はまぁする。というより、日頃から細めに掃除をしているので、キバナの家が散らかっている、なんてことはほぼない。 軽く済ませるくらいで十分だった。 じゃあそのあとは? と思考を巡らせる。 (ゆっくり本を読むのもいいな) キバナは多趣味だ。休日の過ごし方も多種多様だ。 ファッションにSNSと流行りものには敏感だし、筋トレで自身を鍛えるのも好き、キャンプに料理もお手の物。 どれもこれも、手を付けてしまえばあっという間に時間が過ぎてしまうだろう。 その派手で目立つ趣味のためか、勘違いされがちだがそれらはあくまでもキバナを形成する一部でしかなく、彼を構成する大部分のものは「ポケモンバトル」と「宝物庫の番人」だ。 ここ最近はその一つである、ポケモンバトルの鍛錬や研究に時間の多くを割いていたため、すっかり宝物庫関係の勉強がおざなり気味だった。 確か新たな論文なり書籍なりが溜まっているような気がする。 読書はそんな新たな知識を得るための重要な要素の一つだ。 ジムリーダーに宝物庫の番人、さらにワイルドエリアの巡回やナックルシティの治安維持への協力などなど。 さらには数か月前からは今やガラルのスーパースターにして時の人でもある、リトルチャンプの家庭教師まで引き受けている。 元々忙しい環境に身を置いているキバナだが、ここ最近は本当に自分のための時間を作っていないかったなと、たった今思い至った。 特に宝物庫に関することはかなり後手後手にしてしまっていると、少し反省すらした。 (まぁダンデと過ごす休日も悪くないんだけどな) 実をいうとキバナの流れてしまった明日の予定というのは、ダンデの家庭教師のことだ。 ダンデの方に急な予定が入る可能性があり、フリーの状態で待機を言い渡されたのだとか。 『ごめん、キバナ……。本当に楽しみにしてたんだぜ……。けどローズさんに難しいかもしれないって言われて……』 電話越しにこの世の終わりにでも遭遇したかのような声で落ち込む少年をなんとか宥めて、明日の仕事へのエールを送っておいた。 キバナとの授業を楽しみにしてくれていることは素直にキバナ自身も嬉しかったが、仕事は仕事。どれも蔑ろにしていいものじゃない。 ましてやダンデは今やガラルの輝くスーパースターだ。 その人気を、ファンを、今からでもしっかり大事にしてほしい。キバナとの授業はまた予定をつければいいだけなのだから。 「明日はゆっくり本でも読むかー」 周りに誰もいないことを良いことに、漏れた独り言。 軽く明日の予定をシミュレートして、読みたい本や論文に目星をつける。 温かい紅茶を入れて、頂き物の焼き菓子もつけてしまおう。 フフっと明日の自分を想像して軽かった足取りをさらに速めて家路を急いだ。 ■ 軽かった足取りのまま、見えてきたのはナックル郊外の住宅地にあるキバナの家。 いつものようにあと少しで我が家というところで、キバナは足を止めた。 「――?」 なにかいる。 キバナの家の前にぼんやりとした灯りが見える。 何かのポケモンが放つ光だろうと予想をつけたが、何かまでは分からない。 野生か? それとも誰かの手持ちだろうか。 どちらにせよ家の前で一体何をしているのだろうか。 キバナは浮き足立っていた足を少し忍ばせて先ほどまでとは打って変わって、遅い速度で家まで向かった。 野生なら少しおどかしてやればすぐに逃げるなりするだろうが、そうでないならば不審者の可能性が極めて高い。 キバナを始めとするジムリーダーたちは常にゴシップの標的だ。自宅まで仕掛けてくるのは初めてだったが、相手が法人ならば対処はまだ容易だ。 ジムやリーグから注意喚起を飛ばせ済むだけのこと。場合によっては抗議文なりに発展するのだが。 一番厄介なのは熱狂的なファンたちだ。 キバナにはまだ経験がないが、人気の高いジムリーダーたちの自宅に押しかけ、事件や事故を起こすケースが稀に存在する。中には最悪の場合、切傷沙汰などもありうるのだ。 そういった事態を未然に防ぐためにも、常に周囲の警戒や自宅のセキュリティには気をかけている。 (さて、こんな時間に訪ねてくる物好きは一体誰だ) 門の傍に身を寄せて、玄関周りを覗き見る。 ゆらゆら揺れた光の正体は炎だ。そしてその炎に続くオレンジ色の尾、ぼんやりと浮かび上がる羽根。玄関前で体を丸めているのは、 「リザードン?」 キバナの声に炎の持ち主がぴくりと反応する。首を持ち上げ、ばきゅあ、と小さく鳴いた。 キバナも無意識に視線をリザードンの周りに向けた。 きっと近くにいる。 このリザードンとは顔なじみだ。故に一緒にいるであろうトレーナーを探す。 暗がりでよく見えなかったが彼は扉のすぐ前で膝を抱いてちょこんと座り込んでいた。 「ダンデ!」 見つけてすぐに名前を呼び、急いで玄関前へと駆け寄った。 賢い彼の相棒はオレンジ色の体躯を横にずらしてキバナに道を譲る。 その炎で灯りと暖の役割を担っていてくれていたのだと察した。 尻尾の先をこちらに向けて、松明のように明確に玄関周りを照らしてくれた。本当に賢いなと感心する。 リザードンの炎で照らされたのは、やはりガラルのチャンピオン、ダンデ本人だった。 「ダンデ?」 膝を抱いたまま扉の前で蹲ったままの少年の名前を再度呼べば、一瞬肩が震えたの見て取れた。 「ダンデ、どうしたんだ? お前、明日自宅待機だったんじゃないのか」 なるべく落ち着いた声で、ゆっくり問いかける。 まさかとは思ったが、こんな寒空の下で寝ていたのだろうか。 しばらく様子をも見ていたら、ダンデが徐々に頭を上げる。 「大丈夫か?」 大きな瞳は半分くらいは閉じたままで、まだ焦点があっていないのかキバナをぼんやりと見る。 小さく縮こまった姿は普段の太陽のような無邪気さも、バトルの時の苛烈に高ぶる様とも違う。 これが現ガラルリーグの頂点に立つチャンピオンダンデとは誰も思わないだろう。 「キバナ……?」 「あぁ、キバナさまだぜ」 舌足らずに名前を呼ばれたので頷きながら返しやる。 ダンデは数度瞬きをしたのち、ようやく焦点が定まった。 「キバナ! おかえりっ遅かったな!」 キバナの存在をはっきりと認識したら眠気が吹き飛んだようで、いつもの笑顔を取り戻す。 「お前、なんで俺さまの家の前にいるんだよ。明日の仕事はどうした?」 キバナはダンデ自身から明日は急な予定変更で待機を言い渡されたと聞いていた。 その本人がなぜこんな時間にこんな場所にいるというのか。 「それがまた急にキャンセルになったんだぜ! だからキバナを驚かせようと待ってたんだ」 リザードンに案内してもらってな! と自信満々に告げる姿にキバナは毒気を抜かれて、山ほどあった言いたいことを飲み干すしかなかった。 その代わりにたっぷりと溜め込んだ深いため息を吐き出した。 「っはぁ~~~……」 「えっあ、駄目だったか……?」 恐る恐るキバナの様子を模索する表情はお預けを食らったかワンパチ、もしくはいたずらがバレてお叱りを待つチョロネコ。 眉毛が下がり、頼りない瞳でキバナを見上げてくる。 キバナはこの顔にめっぽう弱いのだ。 「ダメじゃねぇよ。ただ、次からは直接ジムに来るか連絡は入れろ。お前がくるってだけで十分ドッキリは成功なんだからな」 少し強めに頭をぐしゃりと撫でる。それにダンデも一安心したようでくすぐったそうに笑った。