紙吹雪の向こう側
- ¥ 700
dndに告白されてウダウダ悩んでいるkbnが、過去に飛んでしまい、幼い日のdndに出会うお話です。 今回もショタンデに強い幻覚を見ています。 ■A5/P42/700円/dnkb ※イベント頒布価格より手数料100円をプラスさせていただいております。また、自宅からの発送のため多少お時間を頂くことになります。ご了承ください。
これは、もう顔も覚えていない、ある人とオレの話だ。
「今思うと、初恋だったのかもしれません」 ガラル地方の十数年ぶりのチャンピオン交代劇から早半年。 その前後にガラル全土を巻き込んだ大事件を経て、少しずつ人々は日常を取り戻しつつあった。 「初恋、ですか……!」 記者はダンデの返答に、手にしたノートとペンを握りしめ、前のめりになって話題へ食いつく。 チャンピオン時代は清廉潔白なイメージを崩さなかったダンデは、常に熱愛関係のゴシップを狙われていたが、終ぞ決定的な瞬間を暴かれることはなかった。 今日は少しお堅めのビジネス誌でバトルタワー経営に関するインタビューだ。 下世話な話題も特になく、淡々と進むインタビューは意外と心地よく、つい話の流れで漏れ出てしまった。 記者もダンデの思わぬ言葉に、興味が湧かないはずがない。 なんせ相手はあのダンデだ。 チャンピオンを降りてもなお、此処ガラルでは絶大な人気と影響力を誇る。 そんな彼から出た浮ついた話だ。「記事にはしませんから」と付け加えて、遠回しに話の先を促す。 「別に書いてもらってもかまわないぜ。もしかしたら、その人にも伝わるかもしれないしな」 持ち前の白い歯を覗かせて、ニカっと笑ってみせる。 直前までの畏まった受け答えではなく、若干の砕けた言い回しは、どこかダンデ自身がそう望んでいるニュアンスを滲ませていた。 それを敏感に感じ取った記者は、はて、と些か首を傾げた。 「しかし、その前の話をお聞きする限りでは……」 「ん? あぁ、そのことか。オレはもう無敗のチャンピオンじゃない。だから今となってはその過去もイメージも、もう守る必要がないものだ」 記者に対して真面目な人だ、ダンデは直感的にそう思った。 きっと彼はいい加減な記事を書いたりはしないだろう。だからダンデもその真摯な姿に応えようとしただけ。 「そうだな、せっかくだから聞いてもらおうか」 インタビューを仕切り直したダンデに、記者も姿勢を正してペンを握りなおす。 「チャンピオンになる前のオレが、ある人に負け続けた話を」 ■■■ 晴れ渡るナックルの空の下。 キバナは宝物庫の外廊で、穏やかな街並みと広大なワイルドエリアを眼下に収めながら、午後の休憩と洒落込んでいた。 古い王城を再利用して作られた宝物庫はナックルシティの象徴で、キバナが守るべきものそのものだ。 許可を得た者しか入ることができない宝物庫へ、顔パスで通ることができるのは今までキバナが培ってきた努力の賜物だった。 宝物庫の番人。 トップジムリーダーとして走り続ける傍ら、キバナという人間を表すもう一つの肩書き。 宝物庫の番人と聞けば、ガラルの人間であれば誰しもが先ずはキバナのことを想像するだろう。 しかしそんなキバナも一時期はその立場が危ぶまれた時があった。 半年前、前ガラルリーグの委員長によって引き起こされた【ブラックナイト】。 ガラルリーグの最高峰、チャンピオンカップを隠れ蓑とし、無限のエネルギーを求め、その副作用でガラル中のポケモンたちが無理矢理ダイマックスをさせられた。 そしてその計画の中心となっていたのが、キバナの守るナックルジムの地下に建造されていたエネルギープラントだ。 『ローズさんがトーナメント中にブラックナイトを強行したのは、キミが留守にしていることも大きかったんだ』 後にダンデから聞かされたブラックナイトに関する供述。 ガラルリーグの最後の大舞台であるファイナルトーナメントはガラルの全ジムリーダーがシュートシティへと招集される。 逆に言えばトーナメントが終わればジムリーダー達は各々の街へ戻っていく。 ジムリーダーの中でもキバナは人一倍、街への責任感や愛着が強い。 ブラックナイトを起こすとなれば絶対に黙ってはいなかった。 キバナの実力はもちろんローズも充分に理解していたため、キバナがナックルシティを留守にするトーナメント期間は、計画を断行するには打ってつけだった。 そして事件の収束後、ナックルシティはマスコミやメディアの恰好の的となり、当然その矛先はキバナにも向けられた。 事件後の対応、ナックルジムの修繕やリーグへの報告など、多くの業務に追われながらも、キバナは真摯に報道陣へ向かい合い、時として頭を下げ続けた。 そんなキバナの身を誰よりも案じ、世論に反発を訴えたのは他でもないナックルシティの市民達だった。 これまでのキバナがナックルシティや宝物庫への貢献を思うと当然の抗議だと、ナックルシティの人々はキバナを支え、応援し続けた。 その訴えにキバナはコッソリ一人で涙を流しもした。 愛されている。この街の人々に。そして同じくらい愛している。 だからナックルシティの顔であり、市民たちの誇りである宝物庫の守り手として、キバナは今度こそ、この身に代えても守ろうと誓ったのだ。 「あ、キバナさまだ~」 眼下から届いた声に、キバナは視線を向ける。小さな男の子がこちらに向かって手を振っていた。 親子で買い物の途中なのだろうか。すぐそばには母親らしき女性もいて、キバナの視線に気づくと丁寧に頭を下げた。 小さな体を目一杯使って手を振る姿が微笑ましくて、キバナも手を振り返す。 キバナの対応に嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになった男の子は、すぐに母親の陰へ隠れてしまった。 「フフッ」 嬉しくてつい隠れてしまう子供特有の照れ隠しに、思わず笑みが零れる。 母親が少し慌てながら再度頭を下げるのが見えたので、キバナもあえてそこから視線を外した。 外した先で捉えたのは、宝物庫のすぐそばにあるバトルフィールドが併設された市営の広場だ。 暖かい陽気で散歩をする人、ベンチで休憩をしている人、そしていつものように未来ある少年たちがバトルをしていたりと様々だ。 いつかはあの少年たちも推薦状を手に、パートナーのポケモンと共に旅に出るのかもしれない。 よく一緒にバトルをしているのも見かけるので、きっといいライバルとなり、互いに切磋琢磨していくだろう。 そして最後にはこの街に戻ってきて、自分にも挑戦してほしいとも思う。 「ライバル、ね……」 未来ある少年たちの先行きを勝手に想像して、自然と沸いた単語に突然心臓が冷める感覚に襲われる。 自分で勝手に想像しておきながら、急激に気持ちが落ち込んでいった。 先日、ダンデに告白された。 (中略) 「ぅ、おっと……」 意識の浮上を感じた瞬間、足にかかる重力の負荷。 長い手足でバランスを取り、なんとか転倒を避けることができた。 「……なんだったんだ、今の」 自身と辺りを見回しても特に変わりはない。 (フラッシュか何かか? だがその割には敵意は感じなかったけど) ああいった状況では、咄嗟に逃げ出そうとしたポケモンたちがわざを発動させることは珍しくない。 しかしあのポケモンは特に慌てたりはしていなかったし、キバナに対しても敵意は感じられなかった。 「セレビィって言ったか?」 なぁロトム、と声をかけようと思った矢先。 『ロ、ロ、ロ~~~!??』 またもやロトムが突然大声を上げた。 『タ、タ、タ、大変ロト!』 「今度はどうした」 『キバナっ何落チ着イテルロト! ココガ何処ダカ分カッテルロト!?』 慌てふためき、スマホのボディをキバナの顔面ギリギリまで寄せる。 「近ぇよ! 何処ってワイルドエリアじゃねぇか」 自分たちはワイルドエリアの巡回の途中で、さっきのポケモンと遭遇したのだ。 妙な光に当てられはしたが、特に変わった様子もない。 離れてはいるが、視界の先に故郷であるナックルシティもある。 比較的大人しめの野生のポケモンもそこかしこにいる。どこからどう見てもワイルドエリアだ。 『ソウイウコトジャナイロト!ココハ、わいるどえりあハ、わいるどえりあデモ!』 『十数年前のわいるどえりあロト!!』 「……は?」 ロトムの言葉にキバナは間の抜けた声を上げた。 ■■■ 「うわ、マジだわ……」 ロトムの言う通り、あらゆる時刻系サイトを確認してみたところ、確かにキバナが認識している時間軸より十年以上前の日付が記されていた。 「えー……、これ何かのドッキリとかじゃなくて?」 『世界中ノ時計ニ細工スル奴ナンテ何処にイルロト』 「ですよねー……」 現実逃避気味に、嘘である可能性を考えてみたが、先ほどとは打って変わって冷静なロトムがこれが現実だと思い知らせてくる。 「で、この状況の原因がさっきの……」 『せれびぃロト』 くるりとスマホのボディを回転させ、ディスプレイ側をキバナへと向ける。 そこには先ほどの「セレビィ」に関する図鑑ページが表示されていた。 「ときわたりポケモン……」 『キットせれびぃノときわたりに巻キ込マレタロト』 さっきワイルドエリアで助けたポケモン、セレビィは時を渡る力を有しているとのこと。 おそらくあの光が「ときわたり」なる特殊な力なのだろう。 たまたまそれを使ったタイミングで傍にいたキバナが一緒に時間を越えてしまったようだ。 俄かには信じがたい話だが。 「ちなみに元に戻る方法は……」 『調ベテルケド何モ分ラナイロト』 「ですよねー」 過去の世界にいる、などと突拍子もない話だがキバナは意外にも冷静に現状を受け入れていた。 世界中のネットワークに接続できるロトムが世界の現状を説明してくれているのだ、間違いないだろう。だから下手に慌てても仕方がない。 『コレカラ、ドウスルロト?』 不安げな声で問いかけるロトムに、そうだなーと辺りを見回す。 「とりあえず、ナックルシティに戻ってみるか」 いったん落ち着ける場所で。そういうことだ。 (中略) 「ライハン!勝負だぜ!」 「……オマエ、また来たの」 キバナのベースと化したワイルドエリアの一角に、今日も幼い日のダンデが押し掛けていた。 キバナが過去の世界にきてから早、2週間が経過していた。 なんの収穫もなく、2週間だ。 本当にこんな調子で元の時代に帰れるのかと、気が遠くなる。 「ライハン、聞いているのか!?」 「あーもー、聞いてる聞いてる」 ライハンとはこの時代でキバナが使う偽名だ。 食料調達や調べもの以外ではあまり街中に出歩かないようにはしているので、滅多なことでもないと名前を改められることはない。 何か面倒事に出くわした時に、未来の自分に何かしろの影響があるとも言い切れない。丁度今のように。 「カレー作ってるからあとでな」 ちなみにライハンとは過去に実際にナックルジムでジムリーダーをやっていたトレーナーの名前から拝借させてもらった。 過去にときわたりをしたあの日。 ワイルドエリアで偶然に出会ったジムチャレンジ時代のダンデ。 ついついバトルの煽り文句に乗せられバトルをしてしまい、幼いダンデをこれでもかというほどに打ち負かしてしまった。 (いや、あれは煽ったこいつも悪い。うん) それからというもの、ダンデは事あるごとにキバナの元を訪れてはバトルの再戦を挑んでくるのだ。その度に返り討ちにしているのだが。 流石に大人げなかったかもしれないと少しは反省もしている。 「いい匂いだな!」 キバナがかき混ぜるカレー鍋から漂うスパイシーな香りにくんくんと鼻を鳴らす姿は、大人のダンデと変わらない。 『いい香りだな、キバナ!』 いつだってダンデはキバナの作ったものを美味しいと喜んで食べてくれる。 チャンピオンの頃はその多忙さと本人の性格も相まって、食事は栄養を摂取する手段のように捉えていた。 それがチャンピオンの地位を明け渡し、多くのことに着手し、目を向け、時間を使うようになった。食事もその一つだ。 『おかわりを、もらってもいいだろうか……』 立派なガタイの男が、申し訳なさそうな顔をしながら空っぽの皿をおずおずと差し出してくるのが、なんとも可笑しくて、愛おしかった。 「……オマエちゃんと食ってきたのかよ」 もう随分とダンデに会っていない気がした。 この時代に飛ばされただけでも2週間が経過しているのだ。 実際に向こうで会っていない時間も合わせるとそれなりの期間のような気がする。 キバナの意外な言葉に、ダンデはキョトンとした顔を見せた。 「朝一にきのみだけ食べてここに来たぜ!」 「もう昼前なんですけど?」 方向音痴もやはり変わらない。 そんなダンデの腹の状況を教えてくれるように、腹の虫が「ぐぅ…」と力ない音で鳴いた。 「……」 「……フッ」 「わ、笑わないでくれ!」 あまりにもジャストなタイミングだったから、キバナは耐え切れず吹き出す。 それにダンデも顔を赤くする。 「わりぃわりぃ、せっかくだから食っていきなよ」 笑いすぎて目尻にたまった涙を拭う。きっとこのダンデもいい食べっぷりを見せてくれるに違いない。 特に今は育ち盛りなのだから。