ディフォルメ・ブロントサウルス
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メインのジオラマベース付名場面シリーズよりも、自由度高くイメージ先行で制作。 サイズはざっくり、幅28、奥行36、高さ23センチ程度。 アルミ線などの芯材に石粉粘土を中心に樹脂粘土なども使用して造型、アクリル塗料で塗装。 ガレージキットではなく一点物の彩色済み粘土造型です。 ※集合写真の他恐竜は別売
ネンドソー的恐竜名鑑◇ブロントサウルス
◇ブロントサウルス 全長20~25メートル/体重20~30トン/ジュラ紀後期 さあ、聞くも涙語るも涙のブロントサウルスの物語をはじめよう。すでにあちこちでいろんな人に語られていることだからあまりくどくど語らないようにするが、くどくど。筆者が子供時代の恐竜図鑑では竜脚類と言えばブロントサウルスであり、そもそも竜脚類などという呼び名はなく連中はカミナリ竜と呼ばれていて、これはブロントサウルスの名前、古代ギリシャ語の「雷」サウルス(トカゲ)に由来する。このような巨体が歩けば雷がとどろくような足音が大地を揺るがしたであろうという命名理由も詩的だが、つまり名実ともに分類を代表する恐竜であった。それどころかその巨体と植物食という食性から、気は優しくて力持ち、とでも言うのか子供たちの人気は高く、恐竜図鑑の表紙を飾る常連であり、かのティラノサウルスと人気を二分するほど、全恐竜を代表する恐竜でさえあったのだ。そんなブロントサウルスが、現在、恐竜図鑑からほぼ完全に抹消されている。我々がその名前を図鑑で目にすることはもう二度とないかもしれない。 ブロントサウルスがどれだけ子供たちに愛されていたかは、特撮テレビシリーズ「怪獣王子」(1967~68年放送)で主役を張っていたことからもうかがえる。旅客機の墜落で行方不明になった赤ん坊が、ネッシーという名前のブロントザウルス(ややこしいな)に育てられ、野生少年としてネッシーとともに遊星鳥人や昆虫人間が操る悪の恐竜軍団と戦う、という胸躍るストーリーだが、何と言ってもこのネッシー・ブロントザウルスの造型は大橋史典であり、この人は初代ゴジラの造型にも関わり「幻の大怪獣アゴン」の造型も手掛け、「マグマ大使」に続く登板であり、また筆者にとっては何と言っても1977年公開の東映映画「恐竜怪鳥の伝説」のプレシオザウルスの造型家である。実際にメインで使われたブロントザウルスや他の恐竜造型には開米栄三と高山良策が手を入れているらしいが、こちらのお二方は言わずと知れた円谷プロで初期のウルトラ怪獣を作っていた人たちであり、まさに神々の集いである。 あ、話がそれたな。はい。ええと、ブロントサウルス。筆者も小学生の頃にブロントサウルスを主人公にした「がんばれブロントくん」という漫画を学習帳に書いていたものだが、このような愛されキャラのブロントサウルスがなぜ抹消されなくてはならなかったか。 ブロントサウルスは1879年に発掘され、オスニエル・チャールズ・マーシュ博士によって命名記載されたが、その二年前の1877年に発掘され、やはりマーシュ博士が命名記載したアパトサウルスというヤツがいて、ご存知の向きもあろうが、ブロントサウルスの化石はこのアパトサウルスの幼体だったらしく、シノニム(同種異名)としてアパトサウルスに統合されてしまったのだ。しかもブロントサウルスとされた化石標本はアパトサウルスの胴体にカマラサウルスの頭骨が乗るなど複数種の化石の混合体でそもそもデッチ上げの恐竜だったようで、かくしてブロントサウルスの学名は無効となり完全に抹消されてしまったのだ。 なぜそのようなでたらめな事態になったかというと、マーシュ博士は、当時ライバル古生物学者エドワード・ドリンカー・コープ博士との化石発掘競争の真っ最中(化石戦争として歴史に残っている)で、とにかく先に論文発表した方に学名の命名権があるものだから、よく調べもせずに片っ端からどんどん命名しては発表していたらしい。すでに百四十年も昔の話だが、学術論文ってそんなもんでよかったのか。ちなみにアパトサウルスの名前は古代ギリシャ語の「惑わす・騙す」サウルス(トカゲ)で、中国語では「迷惑竜」と表記するらしい。俺たちを惑わせて楽しむつもりか。まったく迷惑な話ではないか。 言うまでもないことだが、ブロントサウルスなんて恐竜は最初から存在しませんでしたって、今さら言われても困るのだ。ブロントサウルスを愛した我々恐竜好き少年少女の真心を踏みにじるとは許せん。これはたとえるなら、アイドルがイケメンダンサーとのお泊り熱愛中をスクープされるようなものではないか。清純なアイドルなんて最初から存在しませんでしたって、そりゃそうかもしれんけど、裏切りにもほどがあろう。行き場を失った愛をどうしてくれよう。筆者も多くのブロントサウルスファンと一緒に嘆き悲しみ途方に暮れた。泣き濡れて慣れ親しんだ恐竜図鑑に涙の染みを作った。とまあ、これが80年代のこと。 ところが話はそれでは終わらない。近年(2015年)になって、やはりあの化石は別種でありブロントサウルスは実在したという学術論文が発表されたのだ。あ、いや、ちょっと待って。ちょっと待って。それ、どうなの。確かに喜ばしい話ではあるけど本当に喜んでいいの。イギリスとポルトガルの共同研究チームの発表とか、チョップ博士とベンソン博士とか、本気でマジかよ。ほんの些細な違い(背骨の突起が少々反り上がっている、らしい)を一生懸命あげつらって別種! とか、それってブロントサウルスが消えて悲しかった恐竜少年が大人になって博士になって何とか無理やりブロントサウルスを復活させるために改めてデッチ上げましたって話じゃないのか。メディアの取り上げ方も「ブロントサウルスはやっぱり実在した!」「ブロントサウルス、本物の恐竜として復活へ」「僕たちのブロントサウルスが帰って来た!」と大騒ぎし過ぎである。何が「僕たちの」だよ。アホか。騒いでいるのはかつての恐竜好き少年(現恐竜好き中年)だけで一般に波及しているわけではないのだろうが。筆者もこれには乗れなかった。 あのさあ。確かに正すべきではない間違いもあるだろうが、それはあくまでも文化的側面のことである。たとえばニューヨークの米自然史博物館が、カマラサウルスの頭骨の乗ったアパトサウルスの化石標本を「ブロントサウルス」として「間違いだらけですが文化史的側面を考慮してこのまま展示します」とか言うなら筆者は大賛成する。百年超えで愛され親しまれればたとえ贋作でも文化財的価値を認めるべきだと考える。 でも、科学はそれではいけないだろう。政治的背景や思想宗教を排除すべきなのはもちろん、科学者個人の愛も憎しみも好きも嫌いも感情は全て抑え込んで、ただただ対象と真摯に向き合い冷静に客観的に研究観察するのが科学ではないのか。いくらブロントサウルスを愛していても、ラブレターを「学会」で「学説」として発表するなよ、と言いたいのだ。愛憎劇はあくまでエンタメ方面の仕事じゃないか。 ブロントサウルスを復活させるか否か、まだ論争に決着はついていないようだが、たとえばアイドルのイケメンダンサーとのお泊り熱愛はライバルだかアンチだかのデッチ上げに違いないから俺が改めて彼女の清純さを再証明してみせるもんね! って。これ、ファンとしては実に正しいが、科学的ではない。科学者の皆様におかれましてはどうか冷静になっていただきたい。ブロントサウルスは追憶の彼方、科学史の闇に消えた。神は死んだ。素直に悲しみに暮れよう。それでいいじゃないか。 さて、そんな彼らだが、北米大陸に生息し、他のカミナリ竜(竜脚類)同様に群れを作って生活していたらしい。群れは大人だけで形成され、子供たちは森林に隠れて育ち、ある程度大きくなってから群れに参加したようだ。子供が群れにいると大人に踏みつぶされて死ぬ、というのが別々に生活する理由だそうでさすがに豪快な話だ。 その成長速度は驚くべき速さで毎日体重が15~20キロ(ピーク時には30~40キロ)も増えたという試算もある。想像してみてほしい。夜寝る前に体重を測ると朝起き抜けに測ったときから40キロ増えていてそれが毎日、って。骨化石は植物の年輪のように成長輪が見られ個体の年齢が推定できるらしく、成長しきった個体の年齢がわかれば(13歳くらいで大人の大きさに達したらしい)、それを日割り計算して前記のトンデモ数字が出ているわけで、そう言われると確かに根拠のある数値なのだろう。