ふたりのひとときⅡ
- ¥ 400
サイズ:A6・文庫本(自家製本) 価格:400円(通販価格) 収録:短編9話(1話 約2~3000字程度) 著書:壱木ひのき vol.2 古川透・斉藤剛士・松谷雄彦 vol.4 鮫島省吾・但馬芳史・立花栄 vol.6 郷田紀之・村西賢一・甘利京介
【ふたりのひとときⅡ】
●古川透 「お嬢さん、そろそろ体を起こしてくれないか?」 「え、どうしてですか?」 「どうして、と言われても・・・・」 あまりにもきょとんと間の抜けた返事に私は苦笑を零した。 今日は朝からバケツをひっくり返したような土砂降りの雨だった。二週間ぶりのデートだと言うのにこんな天気ではどこへも行けない。別の日にしようと言い出した私に、お嬢さんはどうしても会いたいと言ってくれた。そこまで私に会いたいと言われれば引き下がれはしない。いや、むしろ男としては嵐だろうが会いに行く選択肢しかないだろう。 ●斉藤剛士 洗面所の明るいライトに照らされて、私は鏡の中を見つめながら化粧を整える。 ぴったりと素肌にファンデーションを乗せて、アイブローとアイラインの弧を描いて、カーラーで上に持ち上げた睫毛にはマスカラを、頬には顔色に合わせたチークをふんわりと、唇には大人しい淡い色味のグロスリップを引けば完璧だ。 着々と気合いの入ったメイクを施していく私に突き刺さる視線。それは洗面所の入り口にもたれかかっている斉藤さんから。 「あー・・・・あのさ」 「なんですか?」 「やっぱり、行くの止めにしない?」 ●松谷雄彦 (うわ、もう降り出してる) スーパーで会計を終えて外に一歩踏み出してみると灰色の曇り空からはさらさらと小雨が落ちていた。街行く人はニュースでの予報を聞いていたらしく、大半は傘を差して歩いている。 駐輪場の屋根の下で外へ手を伸ばした。軽く細い雨粒なれど量が多い。傘を差さずに帰れるレベルでも、家に着く頃にはびしょ濡れになってしまいそうだ。 (ちょっと買い込みすぎちゃったな) ●鮫島省吾 障害物を隔ててシャワーの音を鈍く聞きながら、俺は自分の部屋に似つかわしくない雑誌を広げていた。 月刊で書店に並ぶ女性ファッション誌の持ち主は愛しい捜査官殿だ。会合が長引いてしまった俺を待っている間に買ったもの。正直意外だ。意外すぎる。他にも選択肢があっただろうに、何故ファッション雑誌なんかを選んだのか。 (勇敢でお堅い捜査官殿も、一皮剥けば一人の女って訳か) ●但馬芳史 ボリュームがある革張りのソファに深く腰掛けた。窮屈に感じるジャケットのボタンを外し、ローテーブルに置いてあるシガーボックスに手を伸ばす。慣れ親しんだフレーバーの葉巻を一本取り出した。シガーカッターで短く吸い口を切り落とした後、適当な指の間に挟んでマッチを擦る。夕焼け色に揺れる光で葉巻を炙り、その先端に火を灯した。 吸い口を唇で挟んでゆっくりと息を吸う。口内に溜まった煙を肺に入れず、舌の上でフレーバーの味を転がして楽しむ。満足したところで白い煙を吐き出せば、カウンターキッチンの向こうからこちらを見つめるお嬢さんがいた。 「ん?どうかしたのかね?」 ●立花栄 効果音をつけるとするなら、かぽーん、が一般的だろう。温泉とは日本人の心であり、ただ単に体を芯から温めるだけではない。各所で湧き出る湯によっていろんな効能を持っている。切り傷擦り傷どころか内臓系統の疲労や病にも効くのだから不思議なものだ。 不思議と言えば、今この状況が私は不思議で仕方がない。 「いい湯だね、シニョリーナ」 私は今、露天風呂で立花さんと肩を並べてお湯に浸かっている。 事の始まりは立花さんからのお誘いだった。 ●郷田紀之 今でも時々、あの海難事故を夢に見る。夢なんて曖昧なものは記憶通りに進まない。ところどころ場面を飛ばしては、事実とは異なったセリフや行動を起こす。そして決まって夢は最後まで辿り着かない。良くも悪くも、沈みかけている船の中で唐突に目が覚める。 俺は正しい記憶を振り返りながらグラスに食器用洗剤を数滴垂らした。そこに水を半分ほど注ぎ入れ、ストローで中身をかき混ぜる。 グラス片手にベランダへ出れば空はすっかり黒一色になっていた。エアコンの室外機の上にグラスを置いてストローを手に取ってくわえる。ふうっとストローに息を吹き入れるとシャボン玉は丸く膨らんだ。 (お。なかなか膨らんだな) ●村西賢一 自らを着飾るためにショッピングをする女性の買い物とは長い時間を要するものだ。恐らくそれはいつの時代でも万国共通だろう。ドレスやアクセサリーは一時の華やかさを世の女性に与えんとばかりに輝き煌くのだから当然の事である。 もちろん百人中百人がそうだとは言わない。あくまでも統計を取ればの話であり例外はある。現に試着室の中に立つお嬢さんの表情は不満げに頬を膨らませているのだから。 「いい加減にしてください!」 ●甘利京介 「よし、じゃあ投げるぞ!」 「どうぞ!」 掛け声と共に私はダーツボードを回転させて距離を取った。片目を細めて唇を一文字に結び、狙いを定めた甘利さんの手から真っ直ぐ飛んだダーツが軽い音を立てて突き刺さる。まだ回り続けているボードに再び近寄って回転を止め、私は矢が刺さった着地点を確かめた。 「えーっと・・・・はい、今日はイギリスです」 「イギリスか。去年行ったパブはよかったな」 「美味しかったですよね。予約入れましょうか?」 去年のクリスマスパーティー。友達同士で集まり騒いだ中、ビンゴ大会で私が当ててきたダーツセットは今や本来の意味を些か見失っていた。