オジサマ日和vol.1
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サイズ:A6・文庫本(合同誌) 価格:500円(通販価格) 収録:短編16話(1話 約3000字程度) 著書:壱木ひのき(斉藤剛士/但馬芳史/郷田紀之/能見雅幸/真田幸村/川田正義/常盤正義/北本登志郎) 闇鍋ぜん(東郷邦彦/秋月総一郎/石井連太郎/海老原僚/園枝厩時/丹羽芳樹/柊郁人/朝霞史彦)
【オジサマ日和vol.1】壱木ひのき
●斉藤剛士 風呂から出た途端、俺はびしょ濡れのままで立ち尽くした。 目の前にある棚に乗せられたバスタオルと下着と部屋着、の一番上に置かれている一枚の名刺。見覚えのある紙切れは間違いなく俺がもらったものだ。派手なデザインのそれは誰がどう見ても水商売のお姉さんのものであるのが一目瞭然である。 思考回路が告げる。これはまずい。非常にまずい。考えるまでもなくまずい。 ●但馬芳史 高級ホテルのスイートルームのリビングで私達は見つめ合っていた。しかしそこに甘い雰囲気は微塵もない。 私は自分の近くにあるチップの塔を指先で叩いた。あからさまとまではいかないが私を伺うお嬢さんの目がわずかに泳ぐ。確認するかのようにわざとらしく視線を動かし、テーブルの真ん中にあるトランプの山を見下ろした。 「ホールドかね?そうか。それならレイズとしよう」 ●郷田紀之 スーパーの前に仮設されたテントを発信源に鳴り響くベルの音は通り行く人々の目を引いた。ビニール袋を左手に、ガラガラ抽選のハンドルを右手に持ったままの俺はぽかんと口を開けて豪快にベルを振るおばさんを見つめる。後ろの待機列に並んでいる人達からまばらな拍手が送られ、なんとなく居心地が悪い。 「へえ、入浴剤の詰め合わせか。どうも、ありがとうございます」 ●能見雅幸 よく知ったメロディが、淡い振動が、絶え間なく聞こえている。眠りの世界にいた脳がじわりと覚醒するのを感じながら重い瞼を持ち上げた。 思考はまだ微睡んでいる。体は無意識に音源を手探りで探す。暗い寝室の枕元で見つけた携帯を、裸眼のぼやけた視界で睨みつければ同僚の名前がディスプレイに表示されていた。俺は迷わず応答ボタンを押して半身を起こす。 「もしもし、能見だ。少し待ってくれ」 ●真田幸村 廊下から聞こえてきたひとり分の足音は通り過ぎる事なく部屋の前で止まった。文机と向かい合って筆を走らせていた私も同様に手を止める。顔を上げずして襖の外に気配をやるが音の主はうんともすんとも言わない。 用がないならそれでも構わないものの、用もないのにずっと立ち尽くされている感覚は些か居心地が悪いもの。 「はて、どちら様かな?この幸村にご用がありましたらお伺い致しますぞ」 ●川田正義 三十分前、携帯に彼女からの着信が入った。 今日は祝日で休みなのは知っていたが、確か家族で祖父母の家に行くと言ってデートは止めにしたはず。もしかして急遽予定がキャンセルになって時間が空いたのだろうか。だとしたら家でゆっくりしていた私は運がいい。 そう思いながらも声色は平静と取り繕わなければならない。咳払いをして気持ちを抑え込み、通話ボタンを押してわざとワントーン低い声で応答した。 「はい、もしもし?どうしたんだ?」 ●常盤正義 ガラス張りのドアを開けた途端、芳醇なコーヒーの香りに包まれた。空いている席を探して店内を見渡す。朝の七時は平日だけあってそれなりに客足は良さそうに見えた。 店員に案内されたテーブル席に座る。向かいに座った彼女はメニューを平たく広げて数種類の朝食に目を泳がせた。 ●北本登志郎 バーの営業時間は日付が変わるまで・・・・が、いつもではあるものの、客足がなさそうであれば早めに店を閉める。それは月、火、木の曜日が多い。恐らく週明けと中日が原因なのだろう。 実は売り上げが少ないそんな夜が私は待ち遠しくもあった。店主あるまじき発言と非難されては困るので誰かに言った事はないのだけれど。
【オジサマ日和vol.1】闇鍋ぜん
●東郷邦彦 会社を出ると車に乗り、エンジンをかけ、ふうと息をはき心を落ち着かせ発進させる。 「彼女は元気にしているだろうか」 運転しながら口から思わず言葉が漏れる。今日これから会う彼女は休みを取っていて待ち合わせ場所に来てくれるはずだ。 「どれくらいぶりだったかな……丁度1カ月くらいか」 ●秋月総一郎 「折角のお休みですが事務仕事を片付けなければ。オーナーがやっていてくださったようですがまだあるでしょうから」 以前より観光客の姿を見るようになった表の通りを曲がり、職場であるレストラン『ヴァンデミエール』の前に立つ。 「ええっと鍵は……あぁあった。ん、あれ?鍵が開いている?」 ●石井連太郎 彼女が家に来てくれるなんて嬉しすぎる。 「落ち着かないな」 彼女に出会ってから、私だけじゃなくマルチャンやカベッチも仕事がいい方向へ進んでいる。まるで女神のような女性だ。出会い方は少し、いや随分特殊だったと言って良い。お嬢さんのような年頃の女性と呑み仲間になるとは思っていなかったし、その……一人の女性として好きになるとも思っていなかったはずなのに、今ではこんな状態なのだから人生わからないものだ。 ●海老原僚 本当に偶然だった。外で用事を済ませ大学へ向かい歩いていると、小さな子を連れた女性が目に入る。何十年ぶりに見た道の向こうを歩いている相手が気付いていなかったのは幸いだったのかもしれない。あの人が連れていたのは娘にしては幼く、孫だろうかそれとも親戚の子供だろうか。 ●園枝厩時 「……」 時計を見たがいつも目が覚める時間より少し早い。 「見ていたのはどんな夢だったか覚えていないな」 彼女が夢に出てきた気がするが思い出せない。悪い夢ではなかったとは思う。服を着替え髪を整えていたが思わず窓の方へ視線を向けた。 「……何か物音がした気がするが気のせいか」 ●丹羽芳樹 部屋の前に立っているが身体が思うように動かない、手間取ったものの鍵を開け何とか部屋に入る。 「くっ」 上着を投げ捨てるように脱いだが、重い身体を引き摺りベッドルームに辿り着くとベッドに倒れこむように横になる。 「ハァ……無理をしすぎたか」 ●柊郁人 彼女との待ち合わせに遅れるとは不覚だ。彼女にはその旨連絡したものの遅れた理由は電車の遅延とはいえ判断ミスをした自分を怒ることしかできない。 「お嬢さんは……」 駅前の待ち合わせ場所は人が多く、彼女の姿を見つけられない。 「やはり人が多いな」 ●朝霞史彦 夜中の病院を一人歩く。患者の病状も安定しているし今のところ急患もない。こういう日に限って溜まっている書類仕事もない。自動販売機で飲み物を買おうと歩いていた。 「ん?」 通りかかった事務室に明かりがついていたので覗くとアイツの姿が見えて思わず足を止めた。俺の声が聞こえたらしく此方を向いている。 「珍しいな、今日はお前一人か」