朝と夜に少しだけ
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初版:2018年3月4日 B6サイズ/50ページ/2段組 第2版:2026年5月4日 B6サイズ/56ページ/2段組 大学生の健と泉は同じ歳の幼馴染み。 美形で優等生の泉は、朝は健を起こし(隠し撮り付き)、夜は健のバイト先まで迎えに来る「健ちゃん一色」な毎日を送っている。 健は深く考えずにそんな泉を受け入れていたが、ある日バイト帰りにキスされて、健は泉を意識し始める。 そんな中、健の兄の博が帰って来て、泉が自分に冷たくなってしまう・・・・・・ 自称「普通」の鈍感大学生 × 攻に執着する魔性の大学生 の幼馴染BL小説 *年齢制限はありませんが、性的なシーンはありますので、ご自身でご判断ください。
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朝と夜に少しだけ 1. 遠くで声がする。 高いよ、高い高い、と。 ああ。この声は泉だ。あいつ何を言ってるんだ……? もしかして俺を探しているのか、あいつはいつも俺といたがるから。今……今、行くから……手を伸ばすとしっかり握られた。そこで俺、野村健は目が覚めた。高取泉がずいぶん近い距離で自分を覗き込んでいた。左手で俺の手を掴み、右の手にはスマホが握られている。 「……お前、近い」 超絶美形は間近で見ると迫力がすごい。 「って言うか、え、朝?」 「そう。おはよ」 体を起こし、ベッドから足を出して、一息つく。 「ぅあーっ」 部屋が荒れている。いつも散らかっているが今日は荒れているという表現がピッタリの様相だ。 昨日は遅くまでレポートを書いていた。今日の昼二時までに提出のもので、泉に手伝ってもらっていた。違う学科なのに遅くまで付き合ってくれた。 床に落ちていたニットを拾い、匂いを嗅ぐ。まだまだオッケーだったので、そのまま袖を通す。冬は楽で良い。 「ケンちゃん、バナナの叩き売りの夢見てたよ」 「はあ? 嘘だろ、んなもん見ねえよ」 もっとシリアスな感じだったぞ。覚えていないけど、そんなはつらつとした夢は見ていない気がした。 「でも、バナナがなんとかかんとか言ってた。いらっしゃいいらっしゃいって、一房たったの一万円って」 「……一房たったの、とか言ってたの? 俺」 「うん言ってた」 それ言ってんなら確定じゃん。 「なんだって俺がそんな……そもそも俺バナナの叩き売りとか見た事ねえし」 「そんなことないよ。中学の修学旅行の時に港で見たことあるよ。覚えてない?」 全然覚えていない。が、泉の記憶力は俺とは比べ物にならないほど良い。些細なことまで桁違いに覚えているから、泉が見たというなら見たのだろう。 「あっそー。じゃあ見たんかな。……ってかさあ、俺が夢でバナナの叩き売りしてるのを、起きてるお前はどんな感じで見てるんだよ」 「おもしろいなーって」 「それでまた写真撮ってたのか」 こいつには俺の寝顔を撮る変な趣味があるのだ。 「見る?」とスマホをあげてきた。 「俺が見てどうすんだよ」と一蹴すると泉が破顔した。朝とは思えないくらいスッキリした顔だ。昨日遅くまで俺に付き合っていたのにピカピカして見える。いつ見ても、神様はずいぶん丁寧にこいつの顔を作ったんだなあと感心させられる。七歳で知り合ってかれこれ十年以上の長い付き合いになるが、この顔には未だに感動を覚える。とにかく整っている。どの角度から見ても百点満点。欠点なし。欠点のない事が欠点なくらい、俺には完璧に見える。対する俺は、と卓上の鏡に映った自分を見る。その辺にあったのをパパパッとくっつけたような顔面だ。速攻で出来そうな顔。だがいいのだ、これで。こういう顔も必要だ。俺みたいなのがいるから泉みたいなのが際立つのだと自負している。 「腹減ったー」 「美紗さんがスープ作ってくれてたよ」 俺の母親を泉はこう呼ぶ。隣の家に住む泉は毎食大体うちで食べることになっている。泉のおばさんが長い間入院しているから、三人息子を抱えるうちの親たちが一人増えても変わらないと言って泉も招いたのだ。そして毎朝うちに朝飯を食べに来るついでに、俺の部屋まで上がってきて俺を起こしてくれるのだ。おかげで遅刻をしない。 腹をぽりぽり掻いているとパシャッと音がした。また撮ってやがる。何がそんなに良いんだろうか。 「ケンちゃんの腹チラ」 「ぜんぜんありがたくねーわ」 泉がまた笑う。笑うと完璧さも少し崩れて可愛さが出てくる。 「ご飯食べようよ」と言ってきたのを受けて、「おうよ」と俺も立ち上がった。 一階に降りてリビングに入ると、すぐ上の兄貴の徹(テツ)が食卓についていた。俺たちを見ると「おっす」と野太い声で挨拶を寄越して来た。徹が言うと「押忍」と漢字が頭に浮かぶ。ごつごつとでかい体の徹は体育大学の三年生。小・中・高と色んなスポーツで結果を出して来て、最終的に武道にたどりついた。 「徹くん、朝からめっちゃ腹式呼吸だよね」 変なことを言う泉に「体幹を鍛えているからな」と徹が返す。 「日に日に屈強さが増してる。徹くん、いかついマン」 「うむ」と大きく頷いた。変な二人だ。会話がふわふわしている。 「泉は近頃は、危険な目に遭ってないか」 「平気。僕ももう大きくなったし、背も伸びたでしょ?」 無意識に小首を傾げた。泉は兄貴達を相手にすると少し幼くなる。 「どれくらいになった?」 「百七十」 「大きくなった」 「テン、はち」 「伸びた伸びた」と徹が相好を崩す。 整い過ぎた顔のせいで昔から泉はおかしな奴に付きまとわれることが多かった。子どもの頃は文字通り天使みたいに可愛かったので、しょっちゅう声をかけられていた。声をかけてくるだけなら別に良い。問題は危ない人間もいたことで、中には、泉を連れ去ろうとする輩もいた。泉は賢かったのでそういった連中に自ら進んで付いていくことはなかったが、相手が大きいとそれで終わりとはいかなかった。そういう時に俺の出番だった。振り切れないほどひどい時は、俺は噛みついた。がぶっ、と腿や腕に喰らいついて、どんなに殴られたり振り回されたりしても俺は離れなかった。俺が噛み付いている間に、泉が近くの大人に助けを求める。そんなことをしていたから、一時期の俺は賞賛の意味もこめて家族から「オオカミ少年」と呼ばれていた。 泉があまりにも頻繁に危ない目に遭うので、ある時、俺たち三兄弟は泉の護衛のために『野村三銃士』を結成したことがあった。俺が十歳、次男の徹が十二歳、長男の博が十五歳の頃だった。俺たちは悪党から泉を守ろうと誓いを立てた。その使命に酔ったまま泉に報告すると「そんなのいやだ。僕も入れてよ」と泣かれてしまって結局四銃士になった。だが守られる本人が仲間入りしたことで隊は目的を失い、あえなく解散となった。お前を守る、と言われても喜ばない奴がいるんだってことを俺はその時に知った。 「徹くん、今度また稽古つけてよ」 「あいわかった。逃げの一手な」 「攻撃を教えて」 「守りこそ最大の攻撃なんだぞ」 「僕も先手を打ってみたい」 「見かけによらず好戦的なやつだなあ」 二人のよく分からない会話を聞きながら、朝食のスープをあたためていると泉がカップを持ってきた。 「かーさんは?」 「もうとっくに出かけた」と徹が答える。 母は近所の化粧品会社で働いている。半年前に会社がヒット商品を出して大忙しらしく、家にいることも少なくなった。しかし母がいなくてもうちは回るようになっている。昔から「もう大きいんだから、自分のことは自分でやんな!」が母の口癖だった。父親は海外に単身赴任中だ。遠い外国で水を綺麗にしているらしく、お前はそのことを誇りに思えよ、と長男にいつも言われている。 「目潰しとかでもいいんだけど」 「泉も好きな子が出来たら守らねばならないもんな」 おかしな会話がまだ続いている。 「ケンちゃんは僕が守るからね」 ついに俺に振られた。『野村三銃士』がこじれにこじれて、最終的に泉が俺を守ることになってしまっている。守られることは拒絶するのに自分が守るのは良いらしい。 「そりゃどーも」 俺は守ろうが守られようが何でも良かったりする。スープがぐつぐつ言い始めたので火を消す。母親が忙しい合間を縫って作ってくれたスープをおたまですくうと、泉がさっとカップを差し出してきた。二回ほどそれをした後で、あうんの呼吸だなあ、と泉を見る。目が合ってドキッとする。左右が見事に同じ形の二つの目はまともに食らうと厄介だ。そーっと視線を逸らすと、微かに泉の笑う気配があった。気付かないフリをして、極力平静を装って残りのスープを注ぎ切る。それから、テーブルに二人で並んで座って「いただきます」と手を合わせ、朝食を開始した。
