【2026.3.20新刊】桜は死出の灯火の色に
- この商品の発送予定日: 2026年3月27日ごろ支払いから発送までの日数:7日以内物販商品(自宅から発送)¥ 900

【新刊】「桜は死出の灯火の色に」 文庫版/92p/全年齢/900円 厳冬〜爛漫の春を舞台にした、孫さに/水さに/朝さに/ひぜさに/にかさに/稲さに/富さに/則さに/大さに/くりさにの審神者死ネタ短編集。審神者が亡くなります。 サンプルは孫さに・ひぜさに・富さに・くりさにです。 ─────────────────────── 【孫さに】 なるほど、と思った。なるほど、私は死ぬのだ。遠からず。というか、明確にあと数ヶ月で。簡素な通知書にはなんと日付まで書かれていて、私はつい笑ってしまう。 笑いながら孫六を呼んだ。孫六はその書類を数度読み返して、それで、と言った。 「それで、今日は何を食う?」 「そうね」 私は笑った。窓の外の冬空は曖昧に透き通り、冷たそうな色に染まっている。 「お昼は、おうどんにしましょうか」 それで、私たちは大量のうどんをそれはもうたくさんたくさん茹で、つゆとトッピングを自由にしてうどんパーティーをした。この本丸及び万屋という特異空間では、季節の薬味がいつでも安価に揃うところが醍醐味であると、私は信じている。 たっぷりの茗荷と揚げ玉を乗せたうどんを啜りながら、私は自分のお腹に手を当てた。 何ら異常はない。体調は普段通りだ。どうやって死ぬのだろうか。霊力の異常であるという。それが、足りない、ということなのか、過剰だ、ということなのかすら、あの専門用語に満ちた説明からは読み取ることができなかった。 死ぬのか。私は。 茗荷の香りはすっとして強く、私は口許をほころばせる。 「旨いか?」 隣の孫六が問う。私はええ、と頷く。 その日の夕食は外で食べる旨、厨当番は快く承諾してくれた。 夕暮れ時。護衛という名目でついてきた孫六は、万屋街の賑わいを楽しそうに見回しながら、私の隣を行く。 「呑み屋か」 いいねえ、と、上機嫌な声が呟く。私は笑う。 「好きね。あなたも」 「主人もだろう」 「もちろん」 着付けた若葉色の小紋の裾を寒風が揺らす。ストールを羽織っていてもやっぱり寒くて、身を震わせる私に孫六は自分の襟巻きをかぶせてくれた。私はそれに顎先をうずめながら、愛しい男と歩く冬の街をその目に焼き付ける。 そうして足を踏み入れた行きつけの店は活気に満ちて、むうっと暑く、私たちは笑いながら互いに防寒具を外した。 冷奴と、トマトと、カキフライと、小さな鍋で供される二人分の豚バラ白菜。この店は、どの季節に来ても何を食べてもおいしい。 小皿にポン酢を出してそれに白菜をちょんちょんとつけながら、孫六は私を見上げた。 「死ぬのか。あんた」 「みたいね」 青い瞳が暖色の照明の下で炯々と光っている。怒ってでもいるようだった。私はつい笑い声を上げてしまう。 「ねえ」 いっぱい食べましょう。いっぱい食べて、飲んで、 「精一杯生きましょう」 喉を滑り落ちていく冷酒は冷たく、そのくせ胃の腑を焼きながら臓物に染み渡っていく。血管の中を血の巡る音が聞こえる。私は目を輝かせてメニューを手元に引き寄せる。 「まだ飲めるでしょう?」 お揃いのものが飲みたくなって、私は日本酒ハイボールを二つ頼んだ。ふうわりと甘いそれにはレモンが落とされており、しゅわしゅわした口当たりも相まって、涼やかな、可愛らしい味がした。 孫六の大きな手がグラスを掴み、一気に三分の一ほど飲んだ。 「はは」 愛しているよ、と、トマトをつまみながら孫六は言った。 「愛してるよ、主人」 「ふふ」 私は酒気に頬を染めて微笑む。 「あなたからその台詞を聞くの、久しぶりね」 「そんなことはない」 彫りの深い顔が心外そうにきゅっと歪む。 「俺は愛情深い男だよ」 「知ってるわ」 「愛してるよ」 「うん」 帰ったら抱いてもいいか、と言うから、何度でも臨むところよ、と私は返す。口に放り込んだカキフライはきっちりと熱く、濃く油の香りがして、そこにかかった手作りのタルタルソースが何とも言えず美味だった。 そして、翌朝、私はこの本丸に集った百余振すべての刀を広間に集めた。 ─────────────────────── 【ひぜさに】 ガシャン、と何かが割れた音がして、私は慌てて部屋に取って返した。机の前には肥前が立ち尽くしていて、その足元で、割れた湯呑みの縁が冬の陽に輝いていた。 「お前」 いや、悪い、と肥前が言葉を飲み込む。私は「とりあえず布巾とチリトリ持ってくるよ!」と駆け出した。 砕け散った湯呑みの破片は随分とあちこちに散っていて、それを拾い集める途中で私は指先を切った。血なんか見慣れているはずの肥前はさあっと顔を青くして、それを見ていた。 「大丈夫だよ」 「大丈夫じゃねえだろッ!」 叫ぶその声音で、ああやっぱり見てしまったんだなあ、と思う。政府からの、通知。 霊力異常、だという話だった。私の身体は自分自身の体内を巡る霊力に耐えきれずに崩壊しつつあるらしい。数ヵ月かけて進行したそれは、やがて私の息の根を止めるという。 「大丈夫だよ」 私は重ねて言った。今は肥前に落ち着いてほしかった。 「大丈夫。別に、パートナーとか子どもがいるわけでもないんだし。やらなきゃいけないことがあるわけでもないし」 要は、私一人の生き死にの問題だ。ただそれだけのこと。でも、肥前はますます顔色を失って私を凝視した。 「……本気で言ってんのか? それ」 「本気も何も」 事実ではないか。けれど、肥前は大きく舌打ちをして、部屋を出ていってしまう。 冬の陽だまりの中で、私はぼんやりと窓の外の庭を見る。 ─────────────────────── 【富さに】 私を抱き締める富田の腕の中で、私は静かに呼吸していた。私の顔を胸に押し付けるその力は思いの外強く、私は泣き声を上げることもできない。 「富田」 苦しいよ、と言っても、その腕は緩まない。私は窓の外の冬枯れた庭を見つめる。やわらかな陽が白茶げた芝をきらきらと光らせている。 「富田」 富田は私を離さない。私は動けない。 今日、時の政府から一通の通知が届いた。簡素なそれは、私の死期を告げるものだった。 「霊力異常だって」 霊力の自家中毒、とでも言うのだろうか。とにかくそんな理由で、私は精確に某月某日、死ぬのだということだった。 私はその通知をそれなりの混乱とともに眺めた。そしてたまたま傍にいた富田にもそれを見てもらい、やっぱり見間違いでも何でもないんだな、と思ったあたりで抱きすくめられたのである。 あまりにも彼らしくない仕草だった。江の刀の王子様。いつでも泰然とした加賀の重宝。そうした印象からは程遠い、いっそ稚拙な、性急な動作だった。 私、思っていたより富田に好かれていたのかな。私はそんなことを思う。通知が届いて一週間が経ち、富田はなぜか私の傍に居続けている。 どうやら初期刀から近侍の座を譲ってもらったようだった。一体どんな交渉術を使ったのだか。そうまでして死にゆく人間の傍にいる意味もわからず、私はひそかに首を傾げる。 今日も苦もなくすいすいと書類を片付けながら、富田は微笑する。 「君のことを。教えて」 そう。そして、これだ。富田は私について知りたがるようになった。私は問われるままに、幼少期のことや、審神者として招聘されたばかりの頃のこと、最近食べたおいしいもののことまで洗いざらい話した。富田はそれを穏やかに聞きながら、相槌を打つ。その横顔は、何かを懐かしんだり愛おしんだりするというよりはむしろ、研究者が試薬の反応を見るような、そんな静かな表情で、私はますますこの刀のことがわからなくなる。 「学校はどうだった?」 「学校」 私は学生時代の終わりに招聘されたので、学校というものをほぼ欠けなく記憶している。私は空に視線を漂わせる。 「授業は、退屈だった」 体育の後の社会科など、新手の拷問のようだった。国語の時間は少し好きだった。本が好きだったからだ。 「学校帰りに友達とコンビニに寄って、チキンを買い食いして」 そして色々なことを喋った。クラスの噂話。口うるさい親のこと。将来のこと。好きな人のこと。 「恋バナ、楽しかったなあ」 「君にも、好きな子がいたの?」 「まあね」 今思えば、恋とも言えないような淡い憧れだ。黒縁の眼鏡をかけた、小柄な男子生徒で、いつも本を読んでいた。 「声をかけることもろくにできなかったんだけどね」 懐かしい甘さがひたひたと胸を満たすようで、私ははにかむ。今の私を彼が見たらどう思うだろう、と思いながら。 随分、遠くまで来てしまった。 「そう」 富田は優しい笑みを浮かべる。 「恋か」 戦場に来てからは、そんな機会はなくなった。私は日々神々に殺戮を命じ、血の染みた手で食事を作った。 富田はやわらかな声で繰り返す。恋か。君は、恋をしていたんだね。 大きな手が私の後頭部を包み込むように撫でる。私は気恥ずかしくなって目を瞑る。 ─────────────────────── 【くりさに】 その通知を受け取った時、傍には大倶利伽羅がいた。私の手から滑り落ちた紙を拾い、断りなく読んだ後で、大倶利伽羅は私をそっと抱き締めて言った。 「あんたはどうしたい」 私は未だ硬直していた。大倶利伽羅は重ねて言った。 「どうしたい。あんたの望むようにする」 現世へ還るのも。永遠の命でも。 「望む通り、すべてを叶える」 私は背を震わせた。あふれてきたのは涙だった。 泣いて、泣いて、涙も声も涸れ果てる頃、私は大倶利伽羅の背を放して言った。 「あなたと、恋仲になりたい」 大倶利伽羅はただ頷いた。そうして、たった数ヶ月の恋がはじまった。 朝起きて目の前に隣に愛しい寝顔があるという幸福を、私はこの時はじめて知った。真冬。一つ布団にくるまって迎える朝は息が白くなるほど寒く、それでも窒息しそうなくらいに幸せだった。 私たちは使われていなかった離れに居を移し、そこで生活をはじめていた。 恋仲として振る舞いはじめて数週間になる。私の胸の中には、心臓が爛れそうなほどの罪悪感と、それを遥かに上回るほどの感謝がある。 大倶利伽羅は、美しい刀だった。一人ですっくと立つその姿勢と、強く真っ直ぐなようでいてその実どこか淡いまなざしに、出会った時から恋い焦がれていた。 身支度をし、厨で二人分だけの食事を作って、居室に運ぶ。磨き抜かれた渡り廊下が冬の陽射しにやわらかな光をはじく。私は我知らず微笑む。欄干で、番の雀がじゃれあっている。 大倶利伽羅はもう起きていて、私たちは二人で向き合って食事をとる。ままごとみたいな小さな卓袱台は、ここで暮らしはじめた日に本丸の皆が作ってくれたものだ。 食器を片付け、私は執務につく。大倶利伽羅は鍛錬に行くか、あるいは内番に出ていく。この生活がはじまった時から、大倶利伽羅は出陣からも遠征からも離れている。すべて、私のためだ。 偽りの、夫婦。 誰に言われるまでもなく、その通りだと思う。大倶利伽羅は死にゆく哀れな人間の我儘に付き合ってくれているだけだ。知っていて、私はそれを受け止める。膨大な幸福とともに。 夜は並んで湯を使い、共に寝床に入る。そうしてまた朝がやってくる。その繰り返し。 ある朝、私は膳を下げる途中に廊下で転んだ。足が、動かしにくくなっていた。 大倶利伽羅は黙って杖を用意してくれた。私はそれを使って歩くようになった。 またある朝、私は髪を結おうとして櫛が握れなくなっていることに気付いた。指先は氷水に浸ったように硬直していた。大倶利伽羅はやはり無言のまま、それでも凝った形に髪を結い上げてくれた。 やがて杖を使っても歩行は困難になり、髪は結っても床で崩れるようになって、私は大倶利伽羅に言った。 「ねえ」 もういいよ。ありがとう。 「そうか」 その一言だった。冬の終わりで、生命力に満ちた彼の美しい髪を、やわらかな西陽が照らしていた。 明日、少し早く起きろ。それだけ言って、大倶利伽羅は私の体に丁寧に羽布団を掛けた。 その言葉の通り、翌日は普段より少しだけ早く起こされた。私を揺り起こすその手つきはあまりに優しく、私は勘違いをしそうになる。
