春霖雨

子障子を少しだけ開けてみれば、寒の戻りの冷気が部屋の中に忍び込んでくる。 ふるりと身を震わせるものの、どちらかといえば夏より冬の方が好きな性質な俺にとって、肺を冷たくさせる空気は好ましいものでもあった。 　遠く、厩舎で馬達が鼻を鳴らす。目覚めた鶏の羽搏きと、土を突いて餌を探す音。何処かの部屋から聞こえてくる、大きな鼾。 　彼誰れ時とはいえこの時期にしては空が暗いのは、微かな音を立てて降りしきる雨の所為のようだ。眠りにつく前に確認した時は降ってはいなかったが、何時頃から降り始めたものか、見渡す限りしっとりと濡れそぼっている。 「…」 目を閉じて、耳を澄ませて雨の音を聴く。柔らかく硝子を叩く音、葉から落ちる雫の音。 濃く漂う水の香りはとある記憶を呼び覚まして、僅かに体温が上がる。 「……」 こんな早朝から何を考えているのかと首を振り、浮かびかけた諸々の事を振り払う。 雨だ。内番や買い出しを少し見直す必要があるかもしれない。演練や出陣等は本丸の天候に左右される訳ではないから、その点は問題ないけれど。ああ、でもそれは俺が考える事ではないのだなと思い出す。昨晩から丸三日、非番を言い渡されていたのだったっけ。 『切国。お前、今夜から三日間、強制休暇な』 働き過ぎの奴を休ませるための制度が、まさか俺にも適用されるとは思ってもみなかった。