【ランピン】忘れた、ドラマチック・エンジン
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■B6/40P ■ランボさんとイーピン。短編4話。閉鎖済のサイトのランピンテキストを加筆・修正したものです。書き下ろしありです。
忘れた、ロマンチック・エンジン
右肩ならば、左手に。 左肩なら、右手にも。 塗り変えたのは、その瞳。 触れたらそっと、祈ってみよう。 ボンゴレファミリー雷の守護者は、夏が苦手。 どくどくと汗をかくのでもない。見目麗しくない、見るからに暑苦しい姿で世界と並盛を闊歩するのでもない。むしろわりと見目は麗しいのかも、一般的な目線なら。 さらりとした肌触りがしそうな綿と麻が含まれているだろうシャツ。綺麗にアイロンがかかっているのか、シワはあまりない。あまりっていうのは、その体躯がぐしゃり、と前に倒れているから。 ボンゴレファミリー日本支部の守護者ルームには、どうしてだか、ボヴィーノファミリー所属である彼のデスクがある。ダークブラウンの盤面は、さぞかしひんやりとして冷たいのだろう。だって、ランボはもう小一時間そのデスクの表面にまぶたをくっつけたまま。 それはそれは幸せそうに伏せたまぶたをこじ開けるつもりもなかったので、あたしは空調の効いている室内を楽しんだ。 並盛駅南口から徒歩十五分に位置しているここは、世界から隔離されているわけもない。だから、外界は恐ろしい温度を発している。コンクリートとアスファルトが厳しい日差しを照り返す。再開発された並盛駅周辺は背の高いビルも増えていて、ビル風だってまれに吹く。 ただし、ひたすらコンクリートジャングルでもない。並盛駅から二十分も歩いたら、森林公園だってある。駅前からずっと真っ直ぐに続いている街路樹が、その路を示してくれる。 ランボはその森林公園が好きだったから、大学と日本支部の中間にある、その公園の木陰で座っていることがある。木陰になっているベンチにしか座らないのだけれど、広大な公園内にはとてつもない数のベンチが設置されていたので、彼の席は常日頃からまるで約束のように確保された。 珍しくも木陰のベンチが発生しなかった場合も、木陰の芝生に座っている。たぶん、彼にとって重要なのは木陰であって、ベンチではないのだ。 この日差しの量と森林公園の木々の数を考えると、今日のこの日に木陰がないとは考え難い。でも、外気温に耐えられなかったんだろうな、と察した。日本の春と秋を愛している彼は、とんでもなく適温の幅が狭いから。 ランボは冬も苦手だったけれど、こう口言した。「冬は着ればいいじゃないか。夏は脱げる枚数に限界があるから無理」とそんな主張。「イーピン、オレはもう冬眠しようと思う」と偉く真剣な口調で宣言するのは、毎年一月に入ってからだ。「日本の冬は二月が寒さのピークなのに、今からそんな風でどうするの」と問いかける。これも毎年。「いや、すぐ冬眠して三月になったら起きようと思う。だから二月はオレにはない」ときっぱりと断言する唇。 「バレンタインはどうするの」と二月のメインイベントであるだろうそれを指摘する。「ああ、そうか」と微かに無念そうな瞳がある。数秒間思考して、「バレンタインとホワイトデーは三月に一緒にやるのでどうだろう」と生真面目風に。やれやれ、と軽く息を吐いたら、可笑しなことを言ったろうか、とでも言いたそうな頬があった。 ダークブラウンのデスクの表面温度を堪能している頬をちらり、と見やって、雷の守護者のポリシーみたいなものを思い出した。 「オレは、女の子の誘いを断ったことがないんです」 ひょっとして、ポリシーよりも自慢だろうか。それとも誇りだろうか。はたまた、そうではない別の気持ちだろうか。あたしにはなかなか判別がつかない。 夏だなんて、男の子と女の子のイベントが山のようにある季節。いっそよりどりみどり。ランボの言葉が本当であるのならば、それが彼が心で大事にしているものであるのならば。バレンタインや誕生日にそれこそ両手にいっぱいの贈答品を抱えている彼は、大忙しなのではないだろうか。毎日毎日、それこそ飽きることなく。 プールだって海だって山だってある。ああ、まあ、山はランボは行かなさそうだけれど。花火大会だって映画だってテーマパークだって。最後の二つに季節は無関係だったけれど、なにしろ夏だった。大学の夏期休暇はどうしてだか長いのだ、勉学の場なのにちょっとおかしい。 顔色は悪くないけれど、ひどくぐったりした顔をちょっと遠くに見据えて、あたしは。ねえ、ランボ。 これは夏の暑さに疲れているのじゃあなくて、それももちろんありそうだけれど、夏にくっついてくるイベントに疲れているのじゃないの、と不思議で仕方がないんだよ。 ◇ 「……イーピン」 「あれ、起きてたんだ」 「さっき」 「ふうん、そうなの」 「あの、イーピンは何してるの?」 「ランボを見てるよ」 「いや、そうでなく。大学は?」 「午後休講だったの。だから、森林公園に散歩に行ったんだけど、ランボが見当たらなかったから、ここかなって」 「あ、そう」 「うん」 「それで、何してる?」 「ランボを見てて、デスクって冷たくて気持ちいいんだろうなあ、って」 「ああ、冷たいよ」 「あ、やっぱり」 「イーピンも、寝てみる?」 「うーん、寝ないけど。でも」 あたしは誓って眠くない。でも、ダークブラウンのデスクのひんやりとした気持ちよさは体験してみたかった。だって、あれだけ幸せそうな頬ができる幼なじみが羨ましかったから。 ひょいひょい、と大きな手のひらと長い指をけだるそうに振るランボは、あたしを手招きした。守護者ルームの一角に設置されているソファに埋もれていたあたしは、ストン、と踵を鳴らして立ち上がる。 「はい」とわずかにデスクの椅子を引いて、デスクの正面に空間を作る。どうにもこうにも傾いた上半身のまま、自分は椅子を譲らずにデスクだけを空けるのがランボらしい。あまりに彼らしい仕草だったので、あたしはくすり、と笑みがこぼれた。 ぺたり、と袖のない両腕をデスクに乗せてみたら、つるつるした盤面と触れている肘から先が心地よさに包まれる。あたしの様子を興味深そうに見つめるランボは、ゆっくりと人差し指をデスクの盤面に向けた。これはきっと、顔をつけてという表現。 両腕で支えていた上半身をぺたり、とデスク前方に伸ばす。そのまま伸びていく両腕はデスクの端までも届きそうだったけれど、このデスクは思っていたより大きい。成程、これはランボが恐縮するはず。そして、ボンゴレファミリーの好意を表している結果だと頷ける。 ぴた、と右頬をデスクにくっつけたら、最初に盤面の硬さが、続いてひんやりとした感触が伝わってくる。顔を傾けて右頬いっぱいにそれを堪能する。あたしのノースリーブの両腕もすでにすっかりとダークブラウンの硬さに張りついていた。 ああ、気持ちいい。 しっかりとまぶたを伏せると、ひんやりとした冷たさが沁み込んでくる。体にも心にも。このフロアはきっちりと温度と湿度調整がされた快適な空間だったけれど、どうしてなのだかこの冷たさは格別だ。 「ねえ、ランボ」 「うん」 「最近、たくさん出かけてたりする?」 「え。ああ、まあ」 「する?」 「まあ、そうかな」 「やっぱり」 「ええと、どうして?」 「オレは、女の子の誘いを断ったことがないんです」 「え」 「って、言ってたから」 「え」 「夏だもんねえ、プールだし海だし、花火大会だよねえ」 「あの」 「夏休みだから、イベント盛りだくさん」 「ああ、ええと」 「出かけてばっかりで、夏バテしてない?」 「うーん、どうだろう」 「疲れてない?」 「うーん、どうかな」 「疲れてないなら、いいよ」と言葉にする。まぶたを伏せたままのあたしには、ダークブラウンのデスクの盤面を楽しんだままのあたしには、ランボの表情は見えない。 しばしの無言。困らせちゃったかな、とつぶったままの目で思考する。別にあたしには、女の子たちのランボへの誘いを遮るつもりはなかった。だって、みんなランボが好きなんだ。なぜだか、ランボを好きになる女の子には、あまりとげとげしている感じの子が少ないように感じていた。そういう子は、初めの時点でランボのペースとポリシーに見切りをつけてしまい、見かけなくなるだけかもしれないけれど。 女の子の好意を無碍にしない、誘いを断らない、究極の八方美人。 疲れないのかな、と思わないこともなかった。ああ、でもランボは元々女の子が大好きだから、昔からそうだったから、それが当たり前なのかもしれない。むしろそれが自然なのかも。 そうだ、第一それがランボらしい。 そうと納得したら、あたしはなんだか余計なことばかりを言ってしまった気持ちが膨れ上がる。これは謝らなくては。決してランボを責めたかったわけでも、女の子たちを責めたかったわけでもないことを。 「ねえ、ランボ」と声をかけようとした刹那に、幼なじみの声が降る。 それは本末転倒じゃあないだろうか、とあたしは摩訶不思議。 「あの、嫌だったら言って」と断らない彼は科白を続けて。 「ええと、ちなみに、オレから誘ったのはイーピンだけだよ」と雷の守護者は困ったように笑った。 (「プラネタリウムに行かない? あそこ、良く眠れるんだ」なんて、本末転倒!)