【カウレス】しょうこりもなく、オプスマグナム
- 600 JPY
■「しょうこりもなく、オプスマグナム」B6/68P ■SPARK15新刊のアポクリファなカウレスくん(+フランちゃん・フィオレ姉ちゃん・ケイローン先生)の一冊です。 ■カウレスくんとフランちゃんの話を中心に5話、ピクシブに投稿した「見晴るかすかな、シュピラーレ」も入って計6話。 ■サンプルはカウレスくんとフランちゃんがダンスをする話です。
しょうこりもなく、オプスマグナム
セロック、ルロック、コスモポリタン。 フレンチスタイル、おいでませ。 ジルバに変身、ワン・ツー・スリー。 折衷性が、モダンです。 なんで〈ジャイブ〉、とカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは瞬きをした。 天井の高い室内で、四分の四拍子のピアノが響く。ところどころたどたどしいタッチは、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアのものだ。姉ちゃんのピアノ久しぶりだな、と音の出どころと繋がっている廊下で首を傾げた。ミレニア城塞は昔々の建築物だから、防音性なんか考えられていない。重厚でわりと豪奢に見えなくもないが、それは一見で、遠目であるのが条件だ。中に入ってしまえば、古ぼけた城以外の何物でもなかった。 ここはピアノよりもトランペットじゃないのか、と思わないでもない旋律を姉の指が弾いていく。ちょっと滑らかになってきた、とそのタッチに安心した。さっきのは弾き始めたばかりだったんだろうか。開いたままの扉からひょいと覗いたら、とてつもなく緊張した面持ちの姉の後ろに長身が佇んでいた。広げられた楽譜を瞳が正しく追っているので、ギリシャの英雄はピアノも弾けるのか、と感心半分やっかみ半分になる。 いや、やっかんだってなんにもならないよな、と自分にちょっとだけうんざりしたのと同時に、おかしな画が飛び込んできた。ざあっ、と蹴り上げられる足。裸足でも皮靴でもないそれは銀色のブーツ。鈍く光るシルバーは重そうに見えるのに、足さばきはとんでもなく軽かった。ばっ、と回し蹴りのようにブーツが踊る。部屋にばさりとホワイトのドレスの裾が舞って、ひらひらと点滅するみたいだ。華麗よりも可憐よりも、むしろ力強かった。 なんだそれ、と部屋の入口でぽかんとする。〈黒のバーサーカー〉の体がピアノの音階と一緒に動いていた。浮遊してるのかと勘違いしそうにアクションは軽やかなのに、どうしてだか踏み込みが深い。床壊れそう、とちらりとだけ心配してから、ああ、石畳の上に絨毯だから平気か、と安堵する。ワインレッドの毛足の長いカーペットは、まるで魔法のそれに見える。跳ぶのかも、と感じるのはどうしてだろう、とはてさてだ。 ここまで静かに、姉の後ろで鍵盤上のタッチを追っていたサーヴァントの足が動く。ひょい、とフットペダルを踏んだケイローンは、「ここでいいですよね?」と目線で訴えた。一瞬だけぱちりと瞬いた姉は心底嬉しそうに笑う。車椅子の姉ちゃんはピアノのフットペダルを動かせない。だから楽譜を真剣に見ていたんだろうか。ギリシャの英雄はまさに賢者、と感嘆する。まあ、うちの姉ちゃんは負けず嫌いだから、他にも方法はあるんだが。 〈黒の陣営〉の〈アーチャー〉とマスターは、今日も関係が良好だ。だがしかし、と広い室内に目をやった途端に、ざあっ、と蹴られた銀のブーツが視界に入る。俺を蹴ってないか? という疑念に駆られるのは、〈バーサーカー〉とマスターの関係性が良好とは言い難いから。別に険悪じゃないけどさ、と苦い気持ちになる。良くも悪くもなく、普通だ。それは、まるで俺自身を評する言葉みたいに。 花嫁みたいなホワイトのドレスの裾を揺らすのなら、ワルツにでもしたらいいのに。くるくると綺麗に回転したのなら、とても美しく見えるのじゃあなかろうか。だのに、なんで〈ジャイブ〉、と唸ってしまう。怒っているのか堪えられないなにかがあるのか分からないが、パワーのある両足は宙を蹴り上げている。ドレスなのに無頓着で、なんとも「これは普段着だから」という意志が見て取れた。なるほど、と息をつく。 溜息した瞬間にばちり、と目があった。「アー!」と迷いのない腕が俺を招く。引っ張るのでもなく指し示すのでもなく、俺は来るだろう、と確信している瞳が前髪の下から覗く。目の色が左右で違うんだな、と気づいて、こいつが〈造られたもの〉であると実感する。人造人間フランケンシュタイン、としみじみと見返したら、「ウー!」と急かされた。ぶんぶんと腕を振ったりしない。でもなぜだか、そわそわしている様子が不思議だった。 「なに? なんだよ、俺も踊るのか?」 「アー!」 「やったことないぞ〈ジャイブ〉なんて……。せいぜいウインナワルツとか」 「アー、アー、ウウー、アー」 「いや、分からん……」 うーん、と唸りながら考える。〈ジャイブ〉は競技ダンスの中の一種目だ。ワルツやフォックストロットなんかが入っている〈スタンダード〉な方じゃなくて、サンバやパソドプレなんかが入っている〈ラテン〉の部類。運動量はどっちが多いか、とかなんとか論議してもいいけれど、今は関係がない。とんでもなくパワフルで途方もない熱を持っている〈ラテン〉の中でも、なぜ〈ジャイブ〉を選ぶのか、と俺は世界の誰に尋ねたらいいんだろうか。 「カウレス、映画の曲なのよ」 「え?」 「あなた、応接間のスクリーンをつけっぱしにしたでしょう。そこでラストシーンの曲が流れていて、バーサーカーが食い入るように見つめていて」 少しだけ指先が軽くなったからか、言葉を紡ぐ余裕が生まれたらしい姉ちゃんが音にする。その目は未だに鍵盤から離れてはいなかったが、リピートされるメロディはサビなのかもしれない。一度弾けたフレーズなら繰り返せるあたり、姉は紛れもなく秀才だ。天才ではないけれども、凡人の弟は羨ましい。羨ましくないわけないだろ、とちょっとだけ目を細めた。俺を振り返ったケイローンが意味ありげに視線を投げるから、つい肩をすくめる。 だからか、とようやく納得する。単に気分転換にと映したスクリーンだったが、俺はあまり集中できなかった。それで放ってしまったのだが、違う誰かの気持ちを転換させることになるとは。それにしても、「前に一回だけ、さらったことがあったから」と説明しつつも、唐突に弾ける姉ちゃんがすごい。わりとクラシック寄りだから、楽譜は城にあったのかもしれないけれども。ポオン、と弾ける鍵盤は、より滑らかになっている。 映像のワンシーンが気に入ったのなら、その場面を繰り返し流したっていいはずだ。だのに、バーサーカーは生のピアノの音階で鼓膜を震わせて、わずかに揺れている。長い前髪がさらりと左右に振れる。普段は隠されている瞳が真っ直ぐに俺を見ているから、なんとも気後れしそうになった。あまりにもストレートな目線は、熱線のごとくに世界を射ぬく。ひょっとしたらビームが出るかも、と口端が緩んだ。 「ケイローンは? 〈ジャイブ〉踊れないのか?」 「知識としてはありますが、どうでしょう。経験はありませんね」 「そう言わずに」 「ただ、今の私には大事な役目がありまして」 「フットペダルなら、姉ちゃんが〈ブロンズリンク・マニピュレーター〉に繋いでくれよ!」 刹那に、ざあっ、と俺のスクリーンが白と銀で染まる。殺気はなくともとてつもなく鋭い蹴りが、宙を切り裂くみたいだ。「ウウー!」と、怒っているのか気分を害したのかよく分からない唇が発する。トントントン、とシルバーのブーツの踵が鳴らされる。燃えるのでもない光彩が俺を睨んでいて、まるでめらめらと煌めくみたいだ。恐怖も動揺も懐疑もなく、なぜだか細い腕が伸ばされる。これは逃げられない、と平凡な魔術師はその手を取ったんだ。 ◇ 「ええと、それで〈ジャイブ〉? 俺、やったことないんだけど」 競技ダンス〈ラテンアメリカン〉の一種目。〈スタンダード〉じゃないから、自由度が高くてもいいんだろうか。うーん、と耳を澄ませる。うん、四分の四拍子、と思っていたのが四分の二拍子に変化する。あれ、これ〈ジャイブ〉でなく〈モダンジャイブ〉か、とはてさてとした。バーサーカーの銀の爪先の動きを思い返して、ステップが定まっていなかったことに気がつく。曲は姉が弾いているのだから、それに合わせるだけでもいいのかも。 〈ジャイブ〉であるなら、手も取らなくていいんじゃないのか。なんとはなしに繋がったままの相手を見返したら、平行線上に色の異なる瞳がある。こいつ背が高いんだよな、172センチの俺と同じくらいで。ちらりと銀の踵を見据えて、「それ履き替えないか?」と諭す。「アー?」と大きく首を傾げられたので、こりゃダメだ。見栄を張っても仕方がないが、ダンスなら男女の身長バランスあるだろ、とこっそり溜息した。 まあ、気分転換のダンスであって、点数がつくわけでもないからいいのか。トン、と軽めに一歩だけステップを踏む。ひょいひょい、と適当に足を動かしたら、繋がったままの手の先の相手がぱちりと瞬いた。「視力落ちないのか?」と隠れてばかりの瞳の持ち主に疑問を投げる。まあ、サーヴァントだからそんなのは影響がないのかもしれないけれど。ああでも、メイスを振り下ろした先は的確だった、と首を振る。「いや、なんでもない」 威勢のいいダンスでいいんだろうか。でも、それってどんなのだ? ダンスの第一人者が聞いたのなら、眉をひそめそうなことを考える。スピードがあって、パワーがあって、パッションがあって、そんなやつかな。そんなの、どれも俺にはさっぱりとないものなんだけど。どっちかというと、俺はクールに生きていたい。柄じゃあないかもしれないけれど、希望とか展望とかそういうやつだ。こうなりたい自分くらい、ないよりはあった方がいい。それが、現状から、もしやどれだけ的外れでも。 うーん、と雑に思考しながら大振りに足を持ち上げた。そのまま、ばっと蹴り抜いて、さっきのバーサーカーの真似をした。最初は物真似からでもいいだろう、と軽い気持ちで。「アー!」と繋いだ指先から嬉しそうな声が上がる。あ、笑ってんの初めて見た。なんとはなしにドキリとするのは、見知らぬ表情を目の前に並べられると、なにやら得した感じがするからだろうか。こんな顔するんだな、と不思議な気分になる。 数歩進んで、ばあっ、と足を持ち上げる。何度か繰り返していたら、正面に立っていたバーサーカーが隣に回り込んでくる。片手は繋がったままだから、横並びで揃って足を振り抜いた。なんだこれ、とちょっとだけのデジャヴ。ええと、なんだっけ、〈花いちもんめ〉? 東の島国の、呪術みたいな子供の遊びが心をよぎる。〈あの子が欲しい〉。〈聖杯戦争〉がひっそりと起こった国なんだから、これはやっぱり魔術なんじゃあなかろうか。 「あら、可愛い」 「微笑ましいですね」 好き勝手言ってくれる、とピアノ組を睨みそうになった。足を持ち上げて振り抜くのに忙しいから、実際にはちらりと目線を投げただけだ。ひょい、と右足を宙へと上げて、ばあっ、と押し出す。もういっそ、蹴りみたいにやってしまおうか。右足から左足へと変える瞬間に、ざあっ、と蹴りを放つ。まあ、俺なんて格闘の経験もなく、最低限の護身術くらいしかできないんだけど。だって魔術師だしさ、と言い訳しそうになって、口をつぐんだ。 ユグドミレニアの制服の足が、黒い軌跡を描いて赤い絨毯の上で動く。鋭くなんて難しい、と苦い気持ちをかかえ、それでも諦めずに勢いよく繰り出した。「ウー!」と口端が持ち上がっている隣はずいぶんとご機嫌だ。カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアでも〈黒のバーサーカー〉のテンションを上げられるらしい、と摩訶不思議になる。〈世の中にできないことはない〉だなんて、俺はさっぱりと夢見がちではないんだが、でも、こんなことも。 わりと気軽な心根でも、できるんだな。しみじみとした感触がじわりと心を侵食していく。まるで、繋がっている手のひらと指先から伝導するみたいだ。ピシリ、と雷が落ちるのでもなく、熱が伝わる。こいつはサーヴァントなのに、〈フランケンシュタイン〉は人造人間なのに、なんでだ、と思う。いっそ、血が通っているみたいに。足を蹴り出すステップは続けながら、いつの間にか握っていた、俺よりもずっと細い手首を持ち上げた。「アー?」 刹那、ポオン、と力強い音が反響する。ギリシャの賢者はフットペダルから離れたらしく、ピアノの右側に移動していた。そのまま姉ちゃんの座っているピアノチェアを持ち上げる。ピアノの左側に動かされた姉ちゃんは、束の間瞬いて、噴き出すように笑った。四本の腕が鍵盤を叩く。滑らかな動きはパワフルで、それでいてスムーズだ。即興で連弾とか、どれだけ優秀なんだよ、と苦笑しながらも素直に称賛したくなった。 こいつが欲しい、と望みでもなく。 それでも、なにかが、俺の胸を熱くするのなら。 縁みたいな、奇跡みたいな、願い星みたいなものかもしれない。 だったら、クールと真逆に、やってみよう。 (ひょっとして、魔術か、それこそ第三魔法なのかもしれない、と思った)