【了花】波乱万丈ボードゲーム
- 500 JPY
■A6/70P ■了花。短編5話。花ちゃんの受験の話・球技大会の話・十年バズーカもの3話です。 ■イベント当日が了平の誕生日で、お祝いの気持ちにて了花でした。
波乱万丈ボードゲーム
予測だなんて、土足もありで。 アドベンチャーは、アベンジャー。 宇宙の神秘は、ピンチでチャンス。 想像なんかで、笑い飛ばせ。 黒川花は、正真正銘、人生で最大の岐路で難関と対していた。 ばさばさ、と制服のスカートがはためく。今日スパッツ履いてないんだけど、と舌打ちしそうになった。ああ、と息を吐き出す。やめやめ、女の子がかっこ悪い。そう考えているあたしは紛れもなく本物なのに、目の前に展開される世界がまるでどこかの舞台みたい。冗談じゃないんだけど、とどうにもこうにも口端がひきつる。 あの牛柄ぬいぐるみのブドウ飴魔人、あとで蹴っ飛ばす、と握り拳は正義。幼児虐待とか関係ない。件の〔十年バズーカ〕とやらをぶちかましたのであれば、あのぬいぐるみは十五歳になるはず。いや、二回ぶっ放したのならば二十五歳で、十四歳のあたしが全力で蹴りを入れても、世界と日本と並盛の誰も責められないはず。そうだ、そうしよう、と心に誓った。 加えて、沢田綱吉も同じ刑に処す。あいつはあたしと同級生だから、〔十年バズーカ〕なんて必要がない。あたしの最速で走っていって、全身全霊を込めて利き手のグーで殴る。保護者の監督責任は重大なのよ、と苦虫を潰した顔になりそう。やめやめ、これも女の子が可愛くないし、と溜息した。 でも、それもこれもここを切り抜けてから。どうしようもなく頬がひきつる。これは、とんでもなくポジティブではないにせよ、とてつもなくネガティブでもないあたしを愕然とさせる展開だった。あたしは〔ピンチはチャンス〕だなんて楽天的でも建設的でもない、ただの現実主義者なのよ、と空に向かって訴えたい。 どこなんだか分からない空は恐ろしくも快晴。綺麗なスカイブルーは全天で広がる。まるで真夏みたいな高くて青い空は、ひどく皮肉だ。でも、ぜんぜん暑くない。夏っぽくないな、と南の島の景色のような色を見上げて、ついでに瓦礫の山に目を細める。これがなければいいのに、と心底祈るようにした。 舞台としては、少しじゃないSF。やっぱりお膳立てどおりに近未来なのかな、と首を傾げる。まあ、ここが近未来だろうと近過去だろうと、あたしが絶体絶命なのには変わりがないんだけど。足元のローファーのすぐ傍でがらがらと瓦礫が崩れて、黒川花は軽く絶望する。神様、なんとかしてよ、と信じてもいない存在に願った。 獄寺か山本に会えたらいいけど、それはひたすらに希望的観測でしかない。なぜって、ここが〔十年後の未来〕であるのなら、ここでの黒川花は二十四歳だ。すっかりしっかり素敵な大人の女になっていて、あのアホたれトリオのうちの二人はあたしに気づかないかもしれない。信じてもらえなくて、問答無用で成敗されたりして。ああ、その時は一発食らわしてやるつもりだけど。 京子とハルの話によると、〔十年バズーカ〕の効力は五分間。その時間だけ生き長らえたらいい。敵に見つからなければいい。そんでもって五分経過して現在に戻ったら、牛柄チビと沢田をやっつけてやる。天誅だ。なんなのよ、あいつら。あんまりうるさかったからブドウの飴を取り上げただけだったのに、なんであたしがこんな目に。危険物を並中に持ち込まないでよね。だいたい、よりによって人に向けないでよね。 でも、そんな感想と主張はあとの祭りだ。あたしは〔ボンゴレファミリー〕とやらの勢力図とか、ほかのマフィアとの力関係なんか聞きかじっただけだけど、ありありと分かる。あたしの視界の中で殺気を隠しもせずに立っているスーツの男は、かなりのところで敵対勢力でしょ。信じらんない。神様ヘルプ!(信じてないけど!) ごくり、と冷や汗をかきながら喉が鳴る。喉を鳴らすのは美味しいケーキを目の前にした時に取っておきたい。場違いな中学校の制服を着たあたしをぎろり、と見やった男は、多少は訝しそうだ。このまま見逃してくれないかな、と思う。そうでなかったら、五分間だけ時間が稼げたらいい。そしたら、あたしは煙のように消え失せるから。ドロン、とね。だから、ねえ、気にしないで。 愛する並盛町に真摯な祈りを捧げてみたけれど、どうやら男はクリスチャンじゃあないみたいだ。あたしも違うけどね。苦笑しながら、でも並盛を好きなのは本当よ、と誰にでもなく主張する。誓ってもいい、と目線を投げたら、もしや宣戦布告になったりするの。それはごめん被りたいな、と正直な感想。 あたしは〔ボンゴレファミリー〕とは関係ない、とか言ってみようか。ちらりとそんな考えも閃いたけれど、その名を知っている時点でアウトなのかも。もう一般人扱いはされないのかも。そこに所属している、友達や知り合いがいるだけでダメだろうか。そんな意味だったら、不本意ながら黒川花はアウトだ。牛柄チビと沢田を二回蹴って二回殴ることに決めた。 どうしよう、と唇を噛みしめた瞬間に、ゆらりと男の影が動いた。ゆっくりと歩を詰めてくる姿に恐怖する。ガチャリ、と劇鉄が上がって、銃身が伸ばされる。あたしを狙ってるのでないならいい、なんてのはちゃんちゃらおかしな口上で、その銃口はしっかりと黒川花を捉えていた。ぎゅっ、と目をつぶることも諦めて、親の敵みたいな気持ちで向けられた銃身を睨んだ刹那に。 ざあっ、と伸ばされた腕と大きな背中がイエローで、まるで太陽みたいだ、とあたしは心底感嘆するのよ。 ◇ 「了平!」 「うむ、笹川了平である!」 あたしの目の前に飛び出した右腕が大振りで構える。レモンイエローよりもオレンジ寄りの袖が明るくて、ああ、あたしは絶対に選ばない色だな、と思った。明朗で高い背中が手のひらからなにかを取り出して、グオン、と音が反響する。きらきらするバリアみたいなのを張った了平は、ざっ、と手前へと踏み出した。 スーツのパンツはブラックで、ネクタイもブラック。ネクタイは結ばれているというよりもすでに緩められていて、これは〔ボンゴレファミリー〕の制服みたいなものなのかな、と不可思議になる。足元もスパイクじゃなくて、きちんと革靴だった。でも、ぴかぴかに磨かれたそれが傷つくのなんかお構いなし。 了平のスピードが上がる。銃なんだからぶっ放してもよさそうなものだけれど、さっきのバリアに阻まれると判断しているのか、相手は銃から近接戦闘に切り替えた。闘う方法が銃だけじゃないのは、敵ながらあっぱれというやつなのか、この世界では普通なのかあたしには分からない。 まあ、いろんな手を持っているのは選択肢が広がっていいことよね、と頷く。そんなあたしは、自分がどうしようもなく安心しているのを感じた。視界の中には相変わらず敵。早く寝ちゃってほしいけど、さっぱりと消え失せずにしっかりと健在。でも、あたしの心にはもう〔軽い絶望〕なんてありやしない。 恐怖感もどこかにいってしまった、と意外な気持ちを抱える。目の前の戦闘にハラハラとしたまま、黒川花はそれがなぜなのかを考える。格闘スキルがあるのかどうか知らないけど、了平相手に近接なんて選ばなきゃあよかったのに、と相手の方に同情した。了平の両足はつるつると、あたしの見たことのあるボクシングのステップを踏む。 安堵した理由なんてとんでもなく明らかで、いっそ了平のシャツの色みたいだ。綺麗で迷いがなくて正々堂々とした色は、世界の誰にも止められない。それはきっと、現在だけでなく近未来でも、もしや近過去だとしても。こいつは〔正義〕っていうのとも違うんだけど、と摩訶不思議な感想を持つ。 右の大振りからの左でアッパー。袖がイエローになっているのを除いたら、いつもの、十五歳の笹川了平のスタイルだ。得意なことは十年経っても変わらなかったりするの、とはてさて。これで終わりかな、と様子を伺ったら、念のためなのか了平は相手を拘束していた。もうよさそう、と前に出ようとした途端に、指先にバチリ、と火花が弾けた。 「おお、すまんな」 バチリ、とあたしの指で弾けたのは、どうやら先刻のバリアらしかった。ボシュッ、と了平が左手の指輪にヘンな小箱を突っ込むと、きらきらしたバリアが消滅する。「なにそれ」と謎ばかりで問えば、「匣兵器である」とおかしな返答があったので、聞かなかったことにした。くわばらくわばら。長い人生、余計なことには顔を突っ込まない方がいいわけよ。 なんか手からイエローの炎みたいなのが出てる、と凝視していたら、ぱちりとまばたきした了平から、「大丈夫だったか、花。というか、なんだか縮んでおらんか?」とびっくり仰天な台詞。「縮んでないわよ! 百六十一のままだから!」と顔を上げれば、ばちり、と了平と目が合う。バリアは消えたはずなのにヘンなの、とあたしは弾ける火花に首を傾げた。 「しかも、なぜ並中の制服なのだ。昔を懐かしんでいるのか」 「はあ?」 ぱちぱちとまばたく顔面は確かに了平の面影があるのに、素っ頓狂な言葉が降る。こいつ、もしかして、とがっくりする心境が溢れそうになった。「ちょっと、二十五歳笹川了平……」と声をかけようとした瞬間にはた、とする。もしや、二十四歳のあたしが大人っぽい女に成長してないんだったりして。だから、気づかないんだったりして。でも、まさかよね、とうなだれる。 「あたしは十四歳の黒川花よ。牛柄チビの〔十年バズーカ〕に当たったの」 「……む?」 再度、ぱちりとまばたき。不思議そうな目がずいっと近づいてきて、とんでもなく凝視される。バカみたいにぽかんとした顔は、そっくりそのまま十五歳の笹川了平と重なる。かち合った目を反らしたらいけない気分になって、そのままじっと見つめ続けた。「……おお、本当だ。髪も長いではないか」 くしゃくしゃと頭を撫でられて、「自分で分かってよね。あと、子供扱いしないで」と溜息した。二十四歳の黒川花が、あんまりにも子供っぽいままだったのならどうしよう、と不安感が募る。はああ、と息を吐く。「十年後のあたし、そんなに変わってない? 大人っぽくないの?」と質問。是、であったのなら、これまた〔軽い絶望〕案件だ。 おかしそうに笑っていた了平がぴたり、とその動きを止める。「そんなことはないぞ。花は立派に大人である」と断言する唇がだんだんと緩んで、なんとはなしに頬が赤い気がする。なにそれ、ヘンな想像してそう、と小さくうんざりとした。まったくこの二十五歳は、ぱっと見はよくなったのに、中身は十五歳のままじゃない。かっこいいと思って損した、ともう一度溜息。 遠慮もなしに、はああ、と大きく息を吐き出したら、「溜息をつくと幸せが逃げるらしいぞ」と説教される。「溜息一つで逃げるくらいなら、それは〔ニセモノ〕の幸せよ。だったらいらない」と適当に返したら、イエローの袖が少しだけ目を見開いた。「うむ、そうであるな……。納得である……」と頷いた横顔にやれやれだ。 そうそう、〔十年バズーカ〕の効力は五分間。もう五分以上経ってる気もするけど、と周囲を見回したら、ゆったりとした白煙が昇る。ああこれ、知ってる。さっきも出てた煙、とあたしは帰還の前触れを知る。そうだ、二十五歳笹川了平になんか言っとかないと、とイエローのシャツを振り返れば、なんだか神妙な表情のそれ。 「ねえ、二十四歳のあたしは元気?」 「うむ」 「よかった。じゃあ、よろしく言っといて。いい女を保持して、かっこいい男を捕まえるように、って」 「う、うむ」 「二十五歳笹川了平はいたって元気そうだし、心配ないかな。ボクシングのチャンピオンになった? 仕方ないかもしれないけど、あんまり殴られないようにしてよね」 「……む」 あとはなんかあったかな、と考えを巡らせている間にも、ホワイトの煙はもくもくと世界に浮き上がってくる。京子とハルと獄寺と山本、二回蹴らないといけない牛柄チビと二回殴んないといけない沢田のことは、訊かなくていいか、と思った。十年後の黒川花が元気なら、みんな元気でしょ、と一人で頷く。 「花は、同じことを言うのだな……」 どうにもこうにも参った、と言わんばかりの表情があたしの真上で展開する。「俺は常々〔格好いい漢〕になりたいと思っているが、それが花の言う〔かっこいい男〕なのかは分からん。でも、誠心誠意努力する」と発した声音が恐ろしくも真剣なので、あたしはひたすらにぎくり、として。 もしや、人生ゲームの通過点を知ってしまった、と慟哭する。くしゃり、と髪を撫でる照れくさそうな顔に仰天しながら、もくもくとけぶる白煙と一緒に、あたしは二十五歳笹川了平と〔サヨナラ〕したのだ。 (もしかしてそうかな、と予想してたけど、ああもう、どうしてくれよう笹川了平!)