対位法は、複数の旋律が同時に鳴る構造である(全員が違う歌を同時に歌っている——ソナタ形式が「主役と脇役」の物語なら、対位法は「全員が主役」の民主主義とも言えるだろう)。
その民主主義の中で、調性の終わりの一歩手前を何小節も歩き続ける音楽がある(到達しそうで到達しない——その状態が延々と続く。欠点ではなく、作曲原理と言えるかもしれない)。後期ロマン派のクロマティシズムが極限まで押し広げられると、調性はもはや確認できなくなる。それでも、フーガの構造が音楽を保っている。
今回、その内部から聴いてみた。フーガが変奏に溶け、また戻る。終わりが見えない音楽である。