夜が灯る五分前
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140字小説集『夜が灯る五分前』 (文庫サイズ、160ページ、151作収録) 『夜が灯る五分前』は、眠るか眠らないかまどろんでいる時間のことを指しています。そのぼんやりとした時間には、「明日の仕事は早く終わるのかな」とか「今日は楽しかったな」とか色々なことを考えます。 眠りにつく五分前、そういった喜怒哀楽や未来のこと、過去のこと。様々な感情が溢れて、どうしようもなく、どうしようもないときがきっとあると思います。 そんなどうしようもない五分前に、沢山の物語を読んでほしい。物語の中から一番近い感情を見つけてほしい。夜が灯る五分前、あなたにとって生きたいと思えるような時間になってほしい。そんな思いを込めた作品です。 【幸福許容量】 世界全体の幸福許容量は決まっているらしい。命が生まれたり、亡くなったり、幸せになったり、不幸になったり、泣いたり、笑ったり。恋をしたり、失ったり。そうやって世界はバランスを取っている。私は今、不幸だ。誰が幸せになったのだろう。そっと、まだ知らぬ誰かの幸せを願った。 【無線通心】 「お掛けになった心は、現在、使われておりません。相手の心を御確認の上、もう一度、心を御繋ぎ下さい。繰り返します。お掛けになった心は、現在、使われておりません。相手の心を御確認の上、もう一度、心を御繋ぎ下さい。繰り返します。お掛けになった心は、現在――」 【ハッピーポイント】 ポイントカードの幸福量が一万ハッピーも貯まった。小さな幸せを見つけては貯め込んで、やっとここまで増やすことができた。この幸福ポイントを使って男の子に告白してみる。「好きです」と言うと、男の子はカードを見て哀しそうに呟いた。「ごめんね。有効期限が切れてるみたいだ」 【記憶の粒】 私は人々の思い出をこんぺいとうに変えて、それを食べて生きています。赤や黄色。沢山の色のこんぺいとうが詰め込まれた瓶は、光に照らされて虹色の影を映し出します。口に含むと、味と共に思い出が頭に流れ込みます。私は、人々の思い出を食べています。私には思い出が作れないので。 【アクアリウムの人魚】 とある水族館では、人魚が水槽の中を泳いでいます。「私も昔は人間だったのよ。声を出して泣かないように。好きな人の所へ行けないように。私は人魚になろうと思ったの」。そう言って笑う人魚は、今日も水槽の中で歌います。朝も夜も。明日も。百年後も。一人でずっと、一人でそっと。 【月ウサギ】 昔々、一羽のウサギが月まで跳ぼうと、長い耳をパタパタ揺らしていました。さみしいウサギ、月まで跳んで、誰かに見ていて欲しいから。ある満月の夜、ウサギはついに月まで跳びました。力尽きたウサギは命を失いましたが、さみしくはありません。今もほら、みんなが君を見ているから。 【文字戦争】 ひらがな軍とカタカナ軍が喧嘩をしていました。ひらがな軍は「『め』と『ぬ』の方がややこしい」と言い、カタカナ軍は「『シ』と『ツ』の方がややこしい」と張り合いました。そこに登場した漢字軍。「いいや。『猫』と『描』の方がややこしい」と対抗します。今日の勝負、引き分け。 【卒業試験】 教員免許を取得して初めて、中学三年生のクラス担任となる。理想とは違い、問題児だらけの教室に僕は辟易していた。卒業式の日、生徒の代表から別れの言葉を述べられた。「これで『問題児ばかりのクラスをどうまとめるか』の実習は終わりです。また来年度からもがんばってください」 【花の祈り】 妻は半年前から病院に入院していた。いわゆる植物状態というやつだ。「お母さんは今、枯れ木なんだよ」「かれき?」それ以来、娘は「かれきにはなをーさかせましょー」とやたら繰り返す。「かれきにはなをーさかせましょー」 娘の声が、妻に再び花を咲かす養分となる事を、私は祈った。 【金魚屋】 古書店の裏通りにいる、金魚屋さんが好きだった。ライラックの香り。漁り火の光。セルリアンブルーの髪飾り。淡い初恋だったのかもしれない。十年経った今でも、何度か裏通りを訪れる。びいどろ風鈴と絵羽模様の猫だけが笑っていた。金魚屋さん。あなたはどこかで元気にしていますか。 noteで1300作品の140字小説が無料で読めます! https://note.com/akisuke0825/n/nc471e35ad02b おまけ特典 ・購入者様限定140字小説1作 ・『永遠教室の延々』の表紙絵を使ったポストカードを封入