永遠教室の延々
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『永遠教室の延々』は、百人一首を自分なりに解釈してNo.151‐250の140字小説にしたものです。人生はずっと、勉強の連続なんだろうなと思います。誰かを嫌うことも、何かを諦めることも、どこにも辿り着けなくても、夜を好きになれなくても。 生きている限りそこは永遠に教室で、延々と生きやすい術を身につけるための勉強なのだと。『永遠教室の延々』が、誰かにとっての教科書になることを願います。 歌意は今日マチ子さんの『百人一首ノート』から引用させていただいています。 【花明かり】小野小町(9番) 色を奪われた街に色売りの老婆が訪れました。「私は歳を代償に色を生み出します。この色で街が美しくなるのなら、私が老いることも気に留めません」と、顔をシワだらけにして微笑みます。色を取り戻した街は静かに時間が動き出します。街を去る老婆の横顔は、まるで少女のようでした。 和歌 花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに 歌意 花は色あせてしまったわ。春の長雨が降ってる間に。 私の美しさも衰えてしまったわ。恋や人生についてもの思いに耽ってる間に。 【あなたのせい】河原左大臣(14番) 「最近、調子が悪いな」と私の頭を撫でるあなた。私が怪我をすると直してくれたり、やる気が出ないと元気をくれます。そのたびに私の調子はどんどん乱れていきました。機械系統の故障でしょうか。電子回路の異常でしょうか。アンドロイドの私にも、この乱れの原因がわからないのです。 和歌 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに 歌意 陸奥の『しのぶもじずり』の乱れ模様のように私の心は乱れている。 誰のせいで乱れてしまったのか。それはあなたのせいです。 【セルリアンブルー】藤原敏行朝臣(18番) 「絵描きになりたい」と言っていた君の夢を思い出す。水彩絵の具で汚れた君の顔や、ペンだこでごつごつになった君の手が印象的だった。「私、綺麗じゃないよ」と小さく笑って、描き終えた絵をゴミ箱に丸める君が嫌いだった。「私の絵は、人に見せられないよ」と、隠す君が嫌いだった。 和歌 住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ 歌意 昼はもちろん夜の夢の中の、私の元への通い路でさえ、 どうしてあなたは人目を避けようするのでしょうか。 【まどろむ人魚】元良親王(20番) 人魚が海底の岩に座り、別の人魚に話しかけています。「私も昔は人間だったのよ。学生のころは先生のことが好きで、だけど、身分違いの恋だったから、諦めるしかなかったのよね。だから、先生の元へと駆け出さないように、声を上げて泣かないように、私は人魚になろうと思ったの」 和歌 わびぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はむとぞ思う 歌意 つらい恋で苦しんでいるので、今はもうこの身が滅んだも同じ。 難波の海の澪標のように、身を滅ぼしてもあなたに逢いたい。 【白菊の手】凡河内躬恒(29番) 世界に突如として蔓延した奇病により、彼女が植物人間になってしまった。文字通り、体の至る箇所が植物に形を変えている。彼女の左手が白菊の花になっていた。触れたら簡単に折れてしまいそうな彼女の左手に、涙でも落とせば元に戻るのだろうか。枯れないように、毎日、涙を流せば。 和歌 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花 歌意 あてずっぽうに折れるものなら折ってみようか。 真っ白い初霜がおりて見分けがつかず、私を惑わす白菊の花を。 【月の裏側】清原深養父(36番) 大学の夏休みを利用して、僕達は二泊三日の演劇合宿をすることになった。かぐや姫役の女の子に告白する機会を伺う。夜になったら。夜になったら。なんて言い訳している間に朝が明けてしまう。神秘的な雰囲気を纏わせる彼女は、劇が終わると朗らかな表情に戻る。夜が消える。月がどこに隠れた。 和歌 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ 歌意 夏の夜は、まだ宵のうちと思っているうちに明けてしまった。 いま雲のどこに月は宿っているのだろう。 【不要不急の恋①】謙徳公(45番) 「不要不急の恋をしないでください。失恋病に罹る危険があります」今や恋を自粛しないだけで不謹慎だとSNSに載せられる。国から一律で恋愛感情を配布されるけど、その気持ちも軽くて、薄くて、使い回したくない。誰も悲しんでくれないのはわかってる。それでも、私はあの人に会いたかった。 和歌 あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな 歌意 私のことを哀れだと言ってくれそうな人は誰も思い浮かばない。 きっと私はあなたに恋焦がれながら、むなしく死んでいくのに違いない。 【夜の国】大中臣能宣朝臣(49番) かがり火の側にいる旅人の隣に座る。旅人は星を眺めながら「私は夜が明けたらこの国を去ろうと思います」と告げた。あんなにも朝が恋しかったのに、こんなにも夜が明けてほしくないと思ったのは初めてだ。朝のない国で生まれて生きることができたのなら、別れの夜明けなんて知らなかったのに。 和歌 御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ 歌意 御所の門を守る御垣守である衛士の燃やすかがり火が、 夜は燃えて昼は消えているように、私も夜は恋の炎に身を焦がし、 昼は消えいるように物思いにふけっています。 【黙樹】前大僧正行尊(66番) 妻が植物状態になってから数年が経つ。わずかでも感情を呼び起こせるようにと、小学生時代に演じた花咲じいさんのビデオを見せる。同級生は誰も覚えてない遠い昔の思い出だ。「枯れ木に花を咲かしましょう」と心の中で呟く。元の状態に戻るまで、僕は一体どれだけの涙を流せばいいのだろうか。 和歌 もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし 歌意 私がお前をしみじみとなつかしく思うように、 お前も私のことを思っておくれ、山桜よ。 こんな山奥では、花のお前以外に私の心を知る友もいないのだから。 【海辺の彼女】祐子内親王家紀伊(72番) 大学の演劇サークルで夏合宿に訪れる。みんなが海で遊んでいる間、泳げない私は砂の城を作ることに勤しんでいた。男の子が「泳がないの?」と聞いてくるのを無視すると、すぐに違う女の子と楽しそうに笑い合う。そのとき、横殴りの強い風が吹いて砂が目に入った。涙が流れたのは、きっと—— 和歌 音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ 歌意 噂に高い高師の浜に打ち寄せる波は、 袖にかけないように。浮気者のあなたの言葉にも想いをかけないように。 涙で袖が濡れたら困りますから。 歌意 淡路島から渡ってくる千鳥のもの悲しい鳴き声に、 どれほどの夜、目を覚ましてしまったことでしょうね、須磨の関守は。 【ネクライトーキー】左京大夫顕輔(79番) 文化祭の演し物で僕のクラスは創作ダンスをすることになった。誰も主役をやりたくない中、根暗で、内気で、前髪が伸びきって表情がわからない女の子が手を上げた。みんなからは馬鹿にされていたけど、放課後、一人でかろやかに踊る女の子の前髪の間から、澄みきった瞳が覗く瞬間が好きだった。 和歌 秋風に たなびく雲の絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ 歌意 秋風に吹かれて、たなびいている雲の切れ目から、 こぼれ出てくる月の光は、なんて澄みきって美しいのだろう。 【少女終末】道因法師(82番) 終末戦争が終わってから私は、地下図書館に閉じ込められたままだ。あの日から千年は経っただろうか。私を造った博士はもう戻ってくることはないだろう。破損した左腕からは配線ケーブルが覗いて、胸部ハッチからは心臓の形をした動力炉が錆びる。瞳からは涙に似せた『何か』が流れた。 和歌 思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり 歌意 つれない人のことを思い悩んでいても、 それでも命はまだあるのに、その辛さに堪えきれずに流れてくるのは涙なのです。 noteで1400作品の140字小説が無料で読めます! https://note.com/akisuke0825/n/nc471e35ad02b おまけ特典 ・購入者様限定140字小説1作