
☆140字小説集 第6弾 物語の始まりが曖昧になっていく。本当は欲しくなかったランドセルも、うまく描けなくて塗り潰した絵も、確かに覚えていたはずの色の思い出が移ろっていく。でも、それでも。 感傷、恋愛、青春、ホラー、コメディ、日常など、No.701‐850の140字小説に、書き下ろし3作を加えた153作を収録しています。 noteで収録作品が全て無料で読めます! https://note.com/akisuke0825/n/n126067d344c7 【文庫版限定特典】 ・大幅な加筆修正 ・作品への一言追加 ・書き下ろし3作追加 ・素敵な表紙 ・雰囲気を重視した掲載順変更 も、楽しめるのでぜひお手に取ってみてください! 【アレ外し機】 露天商が佇んでいた。暗視ゴーグルを掲げて「これを装着しながら見るとアレが外れますよ」とニタニタ笑う。まさか、いかがわしい作品のモザイクか? 期待に胸を膨らませながら露天商が用意したパソコンを開くと、有名なミステリーアニメが流れる。全身黒タイツの人物の姿が徐々に薄れていった。 【父の手料理】 母が亡くなってから父は男手ひとつで俺を育ててくれている。俺の誕生日に父が「料理のさしすせそって知ってるか?催促するな。しょうがない。過ぎたことだ。正確さより感覚。ソースがあればなんとかなる」だと、よくわからない料理を作ってくれた。不恰好だけど、なぜだかとてもおいしかった。 【キャッツカード】 今月はいっぱい仕事をこなしたからご褒美がたんまり振り込まれてるだろう。うきうきとしながらATMにキャッツカードを入れたら、なんと100ネコも増えていた。疲れを癒すために20ネコを下ろすと、カバーから20匹のネコ達がにゃーにゃー飛び出してくる。たまにはこんな贅沢もいいだろう。 【憐藍】 現代文の先生が恋と愛の違いについて授業を行った。「好き『だから』が恋。嫌い『だけど』が愛だと思うの」結婚してすぐ旦那さんを亡くした先生は今、どんな気持ちでいるのだろう。『I love you』を「作り笑いが下手になってしまった」と和訳した先生の、薬指にはめた指輪がくすんでいた。 【青春の味】 高校生になって初めて彼女ができた。不器用なのにお弁当を作ってくれて嬉しくなる。彼女が「せっかくの手作りなのに茶色ばっかりでごめんね」と目を伏せる。そんなことない。絆創膏から滲む赤色と、薄桃に染まった頬。長い黒髪が揺れる。彩り豊かな、青春にも似たやさしい味が心に広がった。 【白雪】 「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?」「はい、貴方様です」魔女は悲しい表情を浮かべました。その鏡は誰もが美しい姿に映ることを知っているからです。けれど、鏡の言葉は真実でした。人と比べる醜い自分に流した涙と、素直になれない純粋な心が。ただ、ただ、それは美しかったのです。 【R.I.P.】 心臓の形がそれぞれ違うのは、人は思いから先に生まれるからだ。ハート型、星型、動物の姿も存在した。胸を撫でる。亡くなった彼女から移植された、四つ葉のクローバーの形をした心臓がズクズクと脈を打つ。その度に記憶が血と一緒に駆け巡る。まだ生きている幸運を、彼女の代わりに祈った。 【夢言葉】 「お」寝坊した私に彼は笑顔を向けた。「んー」ゆっくりとソファに座る。「お!」「ん?」彼がピザのチラシを指さす。「ん」「おー」適当に選んで猫と戯れる。言葉に嫌われた人類は一文字しか話すことができない。だからこそ、ふれあいが大切な世の中だ。「お?」彼の肩にもたれる。「ん!」 【テレパス】 「言葉ってふしぎ。声に出さないと聞こえないし、紙に書かないと見えないし」彼女が点字をなぞりながら本を読む。言葉にふれるとは一体どんな感覚なのか。「言葉以外で言葉を伝えるにはどうすればいいんだろう。例えば、 」彼女の指が僕の口を塞いだ。手を繋ぐ。「これで、伝わるから」 【熱を泳ぐ】 朝の冷たい風を頬に受けながら、これまでの日記を読み返す。午後には美しい光を纏った水差しから夕暮れを飲み、眠る少し前に星型のビスケットを食べる。終わったっていい『今日』を日記に綴って、始まらなくてもいい『明日』をそれでも待っていた。おやすみなさい。どうか、悪くはない夢を。