楽しい一人暮らし
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創作小説/ラブコメ/A5縦書き/PDF 妖精のお姫様・ファナは、「一人でなんでもできる」ことを証明するために、「助け」を求めたら負けという条件で、一か月間人間界で一人暮らしをすることに。 ファナに「助け」を求めさせるために雇われたのが……。 ラブコメです。スマホの無い時代に書いたので、世の中が少し古いです。
楽しい一人暮らし
プロローグ 地下にあるレストラン。その奥の、穴倉のような一室に、男がいた。厚ぼったいマントを羽織り体を隠しているが、ちらと見える指先の装身具から、その身分の良さがわかる。 さわりと、吹くはずのない風が男のマントを揺らす。そして、小さなランプの灯りを遮るように、また一人、男が現れた。新たな男は全身に黒い衣装を身につけ、背後の明かりが無ければその存在ごと闇に溶け込んでしまいそうだった。 「お前が、百の顔を持ちいかなる仕事も金次第で引き受ける、暗鬼か」 マントの男がかすれ声で問いかけた。朗々とした声では問えない、そんな雰囲気が黒装束の男にはあったのだ。 「呼び方は決まっていない。だが、あんたの探している人間なら俺だ」 「仕事だ。これは極秘事項だが、妖精王の姫君が人間界へと旅立った。お前には姫君に内密に護衛をして欲しい」 「怪訝な依頼だな。護衛ならば正規の兵にやらせればよかろう」 「そこだ、そこが今回の問題でな……これは内密のことなので、他言は無用なのだが……」 マントの男は説明を始める。妖精王の娘の一人・ファナが、王と喧嘩をした。売り言葉に買い言葉で、「お前は一人では何も出来ないだろう!」と怒った王に、ファナは「できるもん、一人でなんでもできるもん!」と城を飛び出したのだ。そして「一人でなんでもできる」証明として、誰の手助けも得ずに一ヶ月間人間界で暮らしてみせると言い切ったのだ。 もしも一人ではなんともならない事態になり誰かに「助け」を求めたら、家出を中止して城に戻る。そんな約束もしていた。 「姫君の御身を護衛し、更に助けを求めるような状況を作るのがお前の役目だ」 マントの男は微妙に矛盾した要求を出した。 「なら、俺が姫君を犯してやれば、泣きながら助けを求めるだろうな」 「いかん! そういう意味ではない。あくまでも御身に傷をつけてはいかんのだ。そして一刻も早く戻られるように、丁度いい具合にピンチに陥ってもらうのだ。よいな? お前、金さえ得られればどんな依頼でも受けると聞いた。よもや……」 マントの隙間からするりと袋が差し出される。ずっしりとたわんだ布から、中身の重さが知れた。 「断るとは言うまい。これは前金だ……残り半分は成功報酬として渡そう」 「……姫君は今どこに?」 「人間界のアパートに引っ越しているはずだ。お前の部屋はその隣に準備してある……。お前は百の顔を持つらしいからな。せいぜい、優しい隣のお兄さんの仮面でも被って、暗躍してくれ」 布袋が、床に落とされた。マントの男は黒装束の男に背を向け、立ち去る。 じりりと、灯火が震えて消えた。訪れた漆黒の闇の中で、吹くはずの無い風が一瞬、ひゅうと音を立てた。 昭和の見本のような古めかしいアパートの一室で、ファナは新聞に目を通していた。昔から語学に堪能だったおかげで、人間の文字もらくらく解読。この調子で、明日からは高校に編入する予定であった。 「一ヶ月なんてあっと言う間だわ。なによ、お父様の馬鹿」 家賃も高校編入の手続きも父に任せておいてアレだが、自身で身の回りの世話をすること自体が初体験なファナにとっては、現状が充分試練であった。 とそこに、ピンポーンという大層ノスタルジックなチャイムの音。 「また新聞屋さんかしら」 五畳一間の和室にある木製の玄関ドアを開けると、そこには長身の男性が立っていた。十六になるファナよりちょっと、年上だろうか。黒い髪を清潔な長さに切り、少し日焼けした肌が健康的。 「こんにちは。今日から隣に引っ越してきた、今井勇孝です。これ、引越しの挨拶」 今井青年が差し出してきたのは、タオルと乾蕎麦だった。 これが噂の、ムコウサンゲンリョウドナリに配るヒッコシソバというやつだ。 「古臭くておかしかったかな」 はにかむように、今井青年は笑った。ファナは慌てて蕎麦を受け取り、「ありがとうございます! 早速食べますわ!」と元気よく礼を言ったのだった。