ベンチの妖精
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スペック:A6/オンデマンド/116ページ/発行日:2021.1.17 高校生のサチは深夜の公園で、小さな女の子に出会う。その子は自分をベンチの妖精だと言って…。
ベンチの妖精
小さな公園にベンチがある。カラフルで新しいベンチは、日当たりの良い砂場の脇やブランコの前。一番古くて色の褪せたベンチは、公園の端っこの寒々とした日陰に所在無げに佇んでいる。 サチが小学校に上がる前は、公園の全部に陽が当たっていて、古いベンチもぽかぽかの陽気の中にあった。けれど今では、背後にマンションが建ってしまい、文字通り日陰の存在。冬の休日、新しいベンチは日差しの中で人々の憩いの場になっているのに、日陰のベンチは誰も座りたがらない。 その日。サチは、真夜中にふらりと外に出た。 一月の半ばである。真冬の深夜は、寒い。スウェットの上にジャージを着て、更にダウンジャケットを重ね着して。両手をポケットにつっこんで、家族に黙って玄関を出て。近くのコンビニに行くだけじゃ気分転換には足りないと思い、少し遠回りした。 吐く息が白いなぁと、必要以上に大きく息を吐きながら歩く。そして、その小さな公園に辿りついた。 集合住宅と隣り合わせで、東門は図書館の裏門と向かい合わせ。西門は二車線ある道路に面している。土日の午後に通りかかると、親子連れがちまちまと遊んでいるのだが、真夜中はさすがに人影が無い。 子供の頃にはブランコや滑り台で遊んだけれど、高校生になってからは、何かの拍子に通りかかるだけ。門柱の間を通り抜けたのは、久々だった。 ベンチが目に入った。古くて色あせたベンチ。 サチは瞬きをする。 ベンチに人影があったのだ。しかも、小さな女の子。 公園の時計に目をやる。二時半。夜の二時半は子供が遊んでいい時間じゃない。 女の子はベンチに座ってサチを見ていた。 短めのデニムのスカートに、フリースのジャケットを着ている。黒いタイツとボアのついたショートブーツを履いているけれど、それでも寒そうな格好だ。 サチは、ベンチに歩み寄る。 女の子はベンチに座ったまま、にこにこしながらサチを見上げた。くっきりした瞳が可愛らしい。黒い髪は豊かで、華奢な背中を腰まで覆っていた。 「何してんの?」 尋ねるサチの声は、少し震えた。寒いのだ。歯茎が凍えそう。 答える女の子の声は、涼やかで落ち着いていた。 「座って、見ているの」 「何を?」 「色々なもの。今は、お姉さんを見ているの」 なんだか屁理屈ぽいが、女の子の表情も声も、とても素直だった。 小学校の三年生くらいかなと、サチは女の子の年齢に当たりを付ける。 「帰らないの? 親、心配してない?」 「お姉さんこそ帰らないの? おうちの人が心配してない?」 「寝てるから気が付いてないよ。ていうか、私とあなたは違うの。歳がぜんっぜん違うから。子供は家で寝てなきゃだめで、高校生はふらふら外を歩きたい年頃なの」 女の子は「子供じゃないよ」と笑った。 「私、ベンチの妖精なの」