あのニューヨークの朝をあなたに
物販商品(pixivFACTORYから発送)¥ 1,500




タンブラー - 350mlこの商品はpixivFACTORYで作られた商品です。サンプル画像は完成イメージのため、実物と異なる場合があります。 『朝焼けの楽師』 その男が店に現れるのは、決まって夜明け前だった。 街がまだ眠りの名残をまとっている頃、古書店の隣にある小さなプレッツェル屋には、ひとつだけ灯りがともっている。店主は黙ってコーヒーを淹れ、焼きたてのプレッツェルを紙に包み、窓際の席をひとつ空けておく。 長い黒髪を後ろで束ねた旅の楽師は、そこへ何も言わずに腰を下ろした。 背負っているのは、古びたバンドネオンのケース。 雨に濡れたような黒いシャツの袖口から覗く指先は、楽器を弾く者の手だった。 「今日は、どこへ?」 店主が尋ねると、男は少し考えてから首を横に振る。 「さあ。地下鉄が止まる駅の数だけ、朝があるから」 そう言って、湯気の立つタンブラーを両手で包み込む。 窓の向こうでは、マンハッタンの空が夜の群青から、桃色と金色へゆっくりとほどけていく。高層ビルの窓がひとつずつ光を宿し、川面には朝日が細い帯となって伸びていた。 男は鞄から、一冊の古い本を取り出した。 頁の余白には、誰かが残した鉛筆の文字が並んでいる。 「街が目を覚ます。だから、私も起きる。」 ずっと昔、この店の常連だった誰かの言葉だった。 男はその一文を指でなぞり、それから静かにバンドネオンの留め具を外した。 まだ誰もいない店内に、低く柔らかな音色が流れ始める。 それは劇場のための曲でも、舞踏会のための曲でもなかった。 見知らぬ街で働く人へ。 夜勤を終えて帰る人へ。 誰にも知られない夢を胸に抱えた人へ。 ほんの五分だけ、昨日より前へ進もうとする人へ。 そんな人々のための、小さな夜明けの音楽だった。 演奏が終わる頃には、店の外には通勤客の列ができていた。 男は最後の一口を飲み干し、タンブラーの蓋を閉める。 「また来ますか?」 店主の問いに、楽師は窓の外の朝焼けを見上げて、かすかに笑った。 「いや。けれど、どこか別の街で、同じ朝を見つけるよ」 机の上には、代金の下に一枚の紙片が残されていた。 そこには、走り書きで、ただ一言だけ。 "That New York Morning, For You." そして、その下に小さく。 「あのニューヨークの朝をあなたに」 ☕🥨📖
発送予定日
- タンブラー - 350ml(350ml - 合成紙)2026-08-04



