ネバーマイラブ 3
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2026年10月4日発行 B6サイズ/50ページ J.GARDEN60にて発行予定。 高校三年生になった涼は、恋人の明と「同じ大学に行こう」と約束した。 放課後はいつものファーストフード店で並んで勉強して、帰り道には手をつなぐタイミングを探す。明は思っていたよりずっと真面目で、涼の隣でちゃんと同じ未来を見てくれている――はずだった。 けれど三年生になってから、明はあまり触れてこなくなった。眠りは浅くなり、学校を休む日も増えていく。 そして夏休み明け、明と光の幼馴染みだという年上の青年・達也が帰ってくる。 『ネバーマイラブ』シリーズ第3巻。 ネバーマイラブ1・2の合本はこちら https://46no-ramona.booth.pm/items/7687146
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ネバーマイラブ 3 1. 「あ、またやってた。この前も間違えたのに」 丸つけの途中で思わず出た独り言に、隣にいた明が反応して俺の手元を覗きこんできた。ふわっとミントの匂いが香る。 「でも、この前よりも丸が増えてるじゃん」 「あ、そうかも。明は?」 明のノートを覗くと英文が並んでいた。薄い筆圧で書かれたきれいな英文字は、明っぽくていつも見惚れてしまう。俺の筆圧が強いから、なおのことそう思う。 「明も進んでるね」 「やっぱ、ここって妙に集中出来るよね」と明が笑う。自主学習オッケーという寛容なファーストフード店には、俺たち以外にもテーブルにノートを広げる人たちがいる。夏休みの勉強場所に、こんな良い場所はない。冷房がしっかり効いた店内は、年中半袖で過ごしたいくらいの俺には最高に快適だ。まあ、明は長袖だけど。 「ねえ、暑くないの?」 「逆に聞きたいけど、寒くないの? 涼、すごい半袖じゃん」 「だって夏じゃん」と言い返したら、笑われた。こんな風に普段通りに喋れるのも良かったりする。図書館も利用するけど、せっかく恋人と一緒に勉強するのに、ずっと静かにしないといけないんじゃ、ちょっとつらい。 夏休みが始まる少し前、俺は明に同じ大学に行きたいと話した。三年になっても相変わらず進路について話さない明を、ずっと不安に思っていた。このままじゃ高校で関係が終わりになりそうだったから。卒業してもまだ続くって安心が欲しかった。だから、俺はかなり緊張しながら、同じ大学に行きたい、一緒のサークルに入りたい、なんてことを訴えた。明は最初は驚いた顔をしていたけど、俺が言い終わったら、すぐに「いいよ。一緒の学校行こう?」って言ってくれた。コンビニに買い物に行くような軽さだった。本気なのかな、って最初はちょっと疑っていたけど、明は本当に実行してくれた。毎日のように放課後、一緒に勉強をするようになった。夏休みに入ってもそれは変わらなかった。明は思っていたよりもずっと真面目で、そして勉強ができた。問題もスラスラ解いているし、俺が分からないところを教えてくれたりもした。隣にいるとちょっと焦るほどで、置いていかれないように俺もがんばった。 「今日も励んだね」 「そうだね」 俺たちは大体、昼前に集合してごはんを食べて、空がオレンジ色になる頃に帰る。 「俺決めてたところまで進んだ」 「俺も進んだよ」 帰りはいつもこうやって進捗を報告しあう。 「明日も同じ時間に集合でいい?」 「うん、いいよ」 明の返事はいつも同じ。嬉しいけど、物足りなく思うこともある。 「他の時間が良かったりしたら言っても良いよ?」 明が笑った。 「同じ時間で大丈夫」 「でも、いっつも」 「本当にいつでも大丈夫だよ。涼が良い時にしようよ」 「そうだけど」と口ごもる。俺ばっかりじゃなくて、明からもたまには言ってほしい、なんてことをつい思う。ちょっと前までは、一緒に勉強が出来るだけで嬉しかったはずなのに、どんどん欲張りになっている。 「最近、俺がちゃんと勉強するから、光も喜んでるよ」 「光も喜んだりするんだ」 「するみたい」と明が笑いながら頷く。 「光も勉強してるの?」 「してるんじゃないかな」 「光はどうするの? 卒業した後」 「さあ、どうするんだろう」 「大学行くの?」 「行くんじゃないかなあ」 家族の話なのに、ずいぶんと他人事のように言うんだな。 「光に聞かないの?」 「光と俺は、そういう話はしないんだよね」 進路みたいな大事な話をしないなんて、変わってるなあ。興味を持ったりしないのかな。人の家ってそれぞれなんだけど、それにしたって明の家庭の事情は分からないことが多い。明に聞いてもぼんやりしてるし、光には怖くて聞けないし。プライベートなことを聞いたら怒られそうだ。 「お父さんとかは知ってるの?」 「あの人は知ってるかもね」 「そうだよね、学費とかあるもんね」 「俺たちのスポンサーだからね」と明が笑う。冗談にしてもすごい言い方だなと思う。明のお父さんには一度も会ったことがない。明も光も全く話さないから、いることを忘れてしまいそうになる。 「涼はさあ、大学行ったら何がしたいの?」 「えー、まずスマホを持つ」 一番の野望を話したら、明が笑った。 「大学に行かなくても出来るじゃん」 「まあそうなんだけど、これはもう、兄ちゃんのケジメみたいな話になってるから」 「ケジメ?」 「うん。大学行ってバイトしたら、スマホ持っていいってことになってる。そうしたらスマホ代も出してくれるんだって」 「お兄さん、ちゃんとしてるなあ」 「えー、意味分かんないよ。バイトをするなら、もう自分でスマホ代出せるじゃん、って思うんだけど」 「いや、そこなんだよなあ。感心する。甘やかしと教育のバランスが絶妙だよ」 「そうかなあ」 あんまり納得いかないけどな。 「他は? スマホ以外は何がしたいの?」 「他は……」 向かいから自転車が来て、道をあけるために明の後ろに避けると、小さく会釈をされた。会釈を返していると明が笑いかけてきた。 「あとは、サークル入りたい」と、俺は話を戻す。 「それずっと言ってるよね。サークル決まった?」 「まだだけど、楽しそうなのがいい」 「適当だ」と明が笑う。 「だって、何があるか分かんないし。でも明と一緒がいい。大学入ったら、一緒に決めようね」 「うん、そうしよう」 明の優しい目つきに、胸のあたりが痛くなる。体も少し熱くなる。近頃よくこうなる。妙な気分になることが増えた。明といると、触りたくなる。実は今も思ってる。手をつなぎたいって。でも最近は明のほうがあんまりそういうのをしなくなった。前まではいつもくっついてきていたのに、三年生になって減った。もしかしたら俺が変になったのに気づいて、避けているのかもしれない。でも、俺たちは付き合ってるし。ちゃんと確認もしたし、明も「涼は俺の彼氏」って言うこともあるし。そういうのはふざけて言っているのかもしれないけど、でも彼氏なのは本当だ。だから避けられていることはないって思う。でも彼氏なのと、触るのは別の話なのかもしれないな。あ、と気づく。俺の場合、弱気になると変なことを考え出すから要注意なんだった。 手をつなぎたいなら、つないでみたらいいんだ。今なら良い気がした。暗くなってきてよく見えないし、そもそも人通りの少ない道だし、手をつなぐのにもってこいの気がした。その途端、緊張してきた。明にバレないようにそっとジーンズで手の平の汗を拭う。よし、と思ったところで、「ちょっとコンビニに寄っていい?」と言われた。数メートル先のコンビニを指さされて、がっかりする。 「涼も何か買う?」 コンビニ店内の冷気は魅力的だったけど、俺はなんだかいじけた気分だったので「ここで待っとく」と断った。「ほんと? ちょっと夕飯を買ってくるね」と明は入っていった。 あーあ、またつなげなかった。俺がモタモタしてるから。明だったらもっとスマートにやる。明からのスキンシップを思い出す。なんてことないように、手をつないだり抱きついたりしてきた。俺も、ああいう風にやれればいいのに。っていうか、明から来てくれたらいいのに。そう思って寂しくなる。まあ、したいって思うほうがやるべきだ。……明はしたいって思ったりしないのかな。同じことをぐるぐる考える俺だった。 *** その日の夕飯は、グラタンとオニオンスープだった。 「夏にグラタンは暑いよー」 兄ちゃんに文句を言うと「殴るぞ」とキレられた。 「お前毎日毎日、外に出てるけど、勉強してんのか」 向かいから睨まれる。最初からしてないと決めつけているような言い方にムカッとくる。 「してるよ。めっちゃしてる」 「それならいいけど」 「今日もすごいがんばったし」 「どうだか」と兄ちゃんが口をへの字にする。 「大学行ったら、一人暮らしして良い?」 「俺に言うな。母さんたちに言えよ」 「そうだけど、兄ちゃんからちょっと言ってみてよ」 「試験の結果次第な」 「ケチ」と口をとがらせると、「じゃあ言わない」と返されたので、「うそうそ! ごめんなさい!」と手を合わせて謝った。 「甘やかされてるんだよな、末っ子だからなお前は」 いつも言われることだからもう全然気にしない。末っ子上等だ。 「お前、昼飯どうしてんだよ」と話題を変えられた。 「えー、今日はハンバーガーとポテト」 「昨日は?」 「昨日も」 「ジャンク」と首を振られた。 「良いじゃん、夜は兄ちゃんのごはん食べてるんだし」 そう言って、明のことを思い出した。今日の夕飯はコンビニで買っていたけど……。 「昼ごはんがファーストフードで、夜はコンビニだったらどうなる?」 「コイツ……。これは俺が作って」 ピキッときた兄ちゃんに焦って、「それは知ってるよ! そうじゃなくて、今のは例えばの話」と弁解した。 「なんでそんなことを聞くんだ」 「え、今日の明のごはんが、そうだったから……」 そう言うと、兄ちゃんの顔が曇った。 「昨日はどうだった?」 「昨日は夕飯は、コンビニでは買ってなかった」 「それならいい。たまになら良いんだ」 「ずっとだったらどうなるの」 「ずっと?」 「うん。ずっと外食が続いたら、どうなるの?」 「だったら……その時はお前が野菜を買ってきて、洗って、切って、食わせろ」 「え、そんなのでいいの?」 「そういうもんだろ」 「もっとやらなくていいの?」 「お前みたいな子どもに、それ以外に出来ることはない」 ずいぶんなことを言われた気がしたけど、シンプルで分かりやすかった。いざとなったらそうしよう。オニオンスープは熱かったけど、俺はおかわりをした。兄ちゃんはだいたいおかわりを用意してくれているのを知っているから。夕飯で使った食器を洗いながら、明もしっかり食べていたら良いななんてことを思った。 *** 夏休み明けの、最初の昼休み。弁当を持って勢いよく立ち上がると、明の笑い声が聞こえた。三年になって、念願かなって、明と同じクラスになった。今は席は離れているけど、うちのクラスは担任の趣味で一ヶ月に一回席替えがある。運が良ければかなり近くに座れることもある。六月は斜め後ろになれた。一ヶ月間、斜め後ろから明を見ることが出来た。俺の視線に気づいた明が苦笑しながら振り向いてきたことも何度かあった。「後ろからすごい視線を感じる」ってよく言っていた。あの一ヶ月間は本当に幸せだった。 いつも通りふたりで学食にいくと、おなじみのメンバーが揃っていた。司の隣には木佐くんもいて、何かふたりで言い合いをしていた。「また揉めてる」と明と笑い合う。木佐くんは司のいる塾に通い始めたみたいで、なんだかんだで仲良くしているみたいだ。司はしょっちゅう「生意気なやつだ」と言ってるけど。明は食券を買いに行って、俺はそのままみんなのいる方に向かった。司の隣に座ると、司が目だけで挨拶をしてきた。向かいには、さやかと光も座っていた。さやかの隣には珍しく、さやかのカレシの薫くんもいた。 「薫くん珍しいね。学食にいるの」 声をかけても、頷くだけ。ちなみに薫くんの場合は、頷くだけマシだったりする。密かなファンが多い薫くんは、とにかく愛想がないのだ。 「薫はね、今日は弁当を家に忘れたの。夏休みボケ、アハハ」 薫くんが横目でさやかを睨むけど、「ホントのことでしょー!」とケロッとしている。あの絶対零度の薫くんにもこの態度だから、さやかって本当に強い。反対隣にいる光も怖いし。あんなふたりと仲良く出来るさやかって実はすごいのかも。感心してると、マモルを連れて明が現れた。今日のメニューは何だろう、と隣に座った明のトレーを覗いてみたら、魚の定食だった。野菜も乗っていた。バランスが良さそうで安心した。ついでに光のも見てみたら、目が合って、「同じだよ」と冷たく言われた。心のなかで拍手をする。俺は、光と明が同じメニューだと嬉しくなるのだ。 「剥がし忘れてただけだろ? いちいち突っかかるんじゃないよ」 「突っかかるってなんですか。僕が悪いみたいな言い方しないでくださいよ」 隣からよく分からない言い争いが聞こえてきた。 「また歩夢が怒ってるの?」 明が声をかけると、「クレーマーだよ」と司が返す。木佐くんが身を乗り出して「ちがいますよ!」と明に訴えている。 「何があったの?」と尋ねると、司がため息を一つついて教えてくれた。 「塾の掲示板に八月のスケジュールが貼られたままだったんだよ。それを九月の予定と思った木佐が、通塾日間違えた。それだけの話」 「しょうもないことみたいに言わないでくださいよ」 木佐くんが恨めしそうに言って、みんなの笑いを誘った。俺もつい笑ってしまった。木佐くんは怒った顔をしていたけど、そのまま俺たちと一緒に居続けた。前までは、木佐くんとの間には壁があったけど、最近はもうそういうのはなくなった。最初は付き合うのが難しかったけど、一緒にいるうちに慣れてきた。 「木佐くんと司、仲良さそうだね」 明に耳打ちすると、「司がすごいんだよ」と司を褒めた。 「そうなの?」 「俺だったらああはならないよ」 「そうかなあ……」明も仲良くしてると思うけどな。 「司は懐が深いんだよ」意外な褒め言葉だったけど、俺も「兄貴肌なんだね」と頷いた。 2. 三限目の授業が終わった。難しかった……俺受験って大丈夫なのかな……。ぐったりと机の上に伸びていると明が来た。 「涼がとけてる」 「さっきの仮定法過去のところ分かった?」 「サッパリ。仮定法過去って言葉自体が分かんなかった」 「だよね。そこからこんがらがるー」 頭を抱えて悶えていると、明が笑った。良い声だ。明の笑い声ってすごく好きだな。 「ほら、涼。こんがらがっていない人が来たよ」 「なんだそれは」 顔を上げると、司が遊びに来ていた。司は理系で、俺たちとは別のクラスだ。勉強が出来る人たちが集まるクラスだ。 「俺たち、英語が分からないんだ」 「涼の親、イギリスに住んでるんじゃなかったっけ」 「親はね。俺は日本にいるもん。カンケーないねっ!」 「カンケーないねっ」と明が俺の口真似をしている。 「司、英語教えてよ」 「えー、めんどくさい。来るんじゃなかった~」 ケチ臭いことを言う司に向かって「お願い」と手を合わせると、明も一緒になって「お願い」と言って、司がぷっと吹き出した。 「明に言われたら、仕方ないな」 「あー、ひいきだ。ひいきしてる」 「だって明が勉強するんだぞ? この明が」 「そうそう。この俺が勉強するんだから、司が教えてあげないと」と明も笑った。 「なんだろうね、その態度は。いつにする? 俺忙しいからね」 「今日! 今日が良い!」 久しぶりに三人で集まれることにテンションが上がった俺は、即答した。俺を見てふたりが笑う。 「どこで?」 いつも行っているファーストフード店のことを言うと、「お前らそんなとこで勉強してんの?」って驚かれた。 「いけない? おなか空いたらすぐ食べ物買えるし、あんないいとこないよ」 「出入りが多くて集中できないだろ?」 「分かってないな。そこがいいんだよ。司も一度ああいうところでやってみたら良いんだよ」 ぶぅぶぅ言ったら「分かった分かった」と手で制止される。 「俺の家でやる?」と明が提案してきた。 「いいのか? 光がいるんだろ?」 「良いと思うよ」 「光、怒らないかな?」 俺も言うと、「ふたりとも光をなんだと思ってるんだよ」と明が笑った。 「うるさくしたら怒られそうだし」 「うるさくはならないだろ、俺たち、勉強するんだから」と司に言われて、そうだったと思い出す。じゃあ、放課後は明の家で、ということで話は決まった。 *** 明の家に行く前に、俺たちはいつものコンビニで食料を買い込んだ。炭酸ドリンクをかごに入れると、司が緑茶を入れてきた。明は水のペットボトルを入れてくる。バラバラなものを選ぶ俺たちだった。明の家につくと、ドアの前に知らない人が立っていた。

