酒場の歌姫[かぜをつぐもの]シリーズ
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pixivからいらした方はずっと下へスクロールください。 SSがあります。 「かぜをつぐもの」シリーズ3話 吟遊詩人が酒場で出会った歌姫の女性がしていた耳飾り(イメージ)です。 赤いドロップのチェコガラスのドロップをハートの中にぶら下げた製品です。 写真はピアスとノンホールピアスになっていますが、お好きな方を選ぶことができます。 指定がなければ金メッキのピアスになります。 アレルギーの方はご注意ください。 発送はネコポスになります。
酒場の夜は未来の英雄たちと
城下町の酒場には人が集う。特に、こんな夜には。 並々とエールの注がれた木杯を掲げ、冒険者達が輝かしい栄光を、或いは惨めな敗北を語り合っている。 「姉ちゃん! 俺の奢りでコイツにおかわりだ! なんてったって騎士団予備隊に受かったんだからな!」 「僕、また魔法学の試験に落ちたんだよ」 「まぁお気の毒様。今は忘れて呑みましょう!」 「俺たち北の廃墟でまだ見つかってない地下通路を見つけたんだぜ 「そうなのか! 銀の狐団には出し抜かれてばかりだな! じゃあ俺たち暁の翼隊も明日は南の森にでもいくか! あそこにゃ、きっとなんかあるんだよ。よし、景気づけに呑もう!」 呑むことに理由などなんでもいいらしい。とにかく彼らは、今日生き延びたことを祝っているのだ。 カウンターもテーブルも皮鎧や、剣を帯びた冒険者で埋め尽くされ、机を叩く音、床を蹴る音が声に混じって店内を満たしている。声の向こうには楽団が、語らいに花を添えていた。 かくいう私は、彼らの会話を肴に隅でちびりちびりと呑んでいた。ちなみに森の女王に押しつけられたエルフの少女は、昼間に狼の群れに追われたのがよほど堪えたのが、もう寝てしまった。まだ地平の果てには、オレンジ色と宵色がくすぶっている時間だというのに。もっとも、私としても羽を伸ばせていいのだけれど。 「お、あんた見かけない顔だな。流しの冒険者か」 隣のテーブルの、板金鎧を身につけた筋肉質の大男が声をかけてきた。すこし期待しながら、気のなさそうに返事する。 「ええ、まあ。南の街からちょっと」 「ほお。じゃあ、森の噂なんか仕入れてないか? 明日、行こうと思ってんだが」 存じておりますとも。 「いやあ、生憎と」 「おいおい、連れないこと言うなよ。わかってるんだぜ、そのリュート、吟遊詩人だろ。ある種、俺たちより噂には耳ざといはずだ。なんてったってそれが商売道具で……」 男は、口角を上げて言った。 「……性分だ」 私は、兼ねてから思索していた物語を心でなぞる。歌う準備は良さそうだ。 この人はいい人だ。なにより『私たち』をよく知っている。どうやら、出番、なのだろう。 「ふふ、ならばどういたします? 明日のうまい酒と、今宵の愉しい酒?」 「それがお代ってか。決まってんじゃねえか、両方だ! おい、お前ら! 今からこの吟遊詩人様が披露してくれるってよ! 楽団やってくれ!」 『おお!』 酒場がさらに大きな喧噪に包まれた。 ここの冒険者は欲があるのかないのか。 明日のうまい酒、それは彼だけに森の情報を送ること。 今宵の愉しい酒、それは皆の前で情報という名の歌を歌うこと。 ここは良い街だ。また、来ることにしよう。 まだ歌ってないのに先の男が私の机に、白銅貨を置いていった。私はそれを店員の女性に投げた。あ、しまった女性は下げる食器で両手が塞がっていた。しかし。 『おおおおおおお!』 どよめき。彼女は、白銅貨を豊満な胸の谷間で受けとめた。ウィンクを返され、私はちょっと心拍が上がるのがわかった。まあ、丁度いい準備運動としておこう。 楽団はもう適当に前奏を始めている。かなりのアップテンポだ。私は立ち上がり、楽団の前で、リュートに指を踊らせた。 [かつて、緑の闇に住まうものありと誰かが言った 曰く、人ならざるものなり 曰く、陽を避けるものなり 曰く、性は邪悪にして賢しきもの いにしえは語る 人を喰らうは住まう者 人を隷奴するは闇の者 しかして人は消え、村は消え 闇の者栄える 時の王は言った 滅びよ 銀の剣は邪を討ちたもう] 曲は最高潮かと思われるほどに、疾走し、冒険者達も沸き上がった。 私は楽団にだけわかるリズムを刺して、曲を止める。 異変に静まりかえる酒場。 チェロが低く音を伸ばした。 重苦しい空気。 [『我、死せる命の王 滅ぶこと無し 呪いを以てひとたびの眠りへ 百年の終焉を怯え待つがいい』 邪悪なる者、呪いを残し城とともに消え去る 時の王、口伝し邪を伝えよと命をだした 百年のときは、邪悪なる城を森に沈め 時の王国、亡国となりすべては風の向こうに] リュートを弾き、楽団のペースを上げさせた。 再び、場が熱くなる。 [時代の夜に消えた王国を見いだすは 果たして太陽呼ぶ光の翼か 蘇りし邪悪のものを討つは 或いは銀色の牙なのか] 『彼ら』は互いに不適な笑みでにらみ合った。 その栄光は自分たちのものだと、言わんばかりに。 [いざ、挑まん 歴史に名を刻むものよ] ふと気づくと、目の前のテーブルで一人の女性が体を揺すっているのがわかった。彼女は同業者だ。私は、眼で呼んだ。幸いここからの歌詞は定型文だ。彼女に頼もう。 ベースの弦が撃たれ、フルートとファ・ガルの笛が歌い、ガラハードの太鼓が打ち鳴らされる。 もう誰もが立ち上がり踊り狂っていた。 女性の真っ赤な唇が、朗々と空気を震わせた。 [恐怖に呑まれ、名も無き伝説の礎になるか旅人よ] 『否!』 冒険者たちの合いの手。 [闇を打ち砕き、凱旋の英雄と名を残すか] 『そうだ!』 [生きて帰れ、明日の冒険者 汝こそ、汝らこそ、悠久の風に名を刻む伝説の勇者なり さあ、旅は始まる 呪いの城か 怪物の迷宮か 冥府のあぎとか ああ、彼らだ 彼らが来た 帰ってきた 生きて、その名を持って 栄光を携えて 誰か、そのものを、知るのか そうだ そのものの名は……] 『俺たちだあ!』 酒場が壊れそうな程の喧噪が爆発し、誰もが笑顔で、酒を交わしている。 私は汗をそのままに、楽団と握手を交わした。 そこに楽団と、私たちの分の酒が届けられた。 彼女の分は、店の奢りだろう。 楽団と私と、新しく加わった歌姫で乾杯をした。それから、夜が更けるまで私たちは歌い明かしたのだった。 あの夜から随分と経ってもあの夜の宴と、彼女の耳に揺れていた耳飾りは色濃く私の中に残り続けていた。 了