cradle
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1月19日ビッグサイト【一つ屋根の下7】にて発行 cradle はるゆづ+all cast/文庫/180p ◎スーパーノヴァパロ 〇一から十までとっても好き勝手な捏造 〇はるゆづ 〇双子中心オールキャラですがだいぶ偏ってる 〇設定上呼び名が違ったりしています ◎倫理的に少し問題のある個所もありますが、創作上の設定です ●近未来SFというよりは技術の発達したディストピアを想定してください ☆☆表紙は大好きなお友達よるさんにお願いしました。 ★という情報+印刷所さんの名前を奥付に入れ忘れる大罪を犯したのでお詫びの紙が挟まってます。 あんしんBOOTHパックでの発送になります。
本文サンプル
(前略) かつん、かつん、と指先で弾く。薄暗い部屋に響くその音は無機質で空虚で、それでもどこか心が落ち着くような気がする。集中したい時、または何かに集中してしまっている時、唯月は首に嵌めたコルセットの側面を爪で弾く癖があった。 かつん、かつん。がり、かつん。 左の指先は首筋を強く引っ掻くように、弾くように、しかし緩慢に動く。首に感じる振動は心地良いくらいで、唯月の意識はそこには無い。 その昔、この癖を見て、爪が傷むからやめなさい、と眉を下げたのは誰だったか。 その時の光景が脳裏に浮かぶよりも先に、注視していたモニターの画面がぱっと切り替わった。 「きた」 ゆるりと瞬いて、唯月は素早くモニターへ両手を伸ばす。画面の数箇所を操作すれば、すぐにパスワードの入力画面が現れる。先程盗み見た資料から暗記した十四桁の数字を入力すれば、モニターのすぐ隣のパネルが軽い稼働音と共に開く。静脈認証用のデバイスに、ポケットから取り出したグローブを嵌めた右手を差し込めば、赤いラインでスキャナが素早く動く。高い電子音が二度鳴るのと同時に、モニターに緑色の文字が浮かんだ。横目でちらりと確認してから、グローブをしまう。 改めてモニターを操作して、制御システムの内側へ潜り込む。全てのデータファイルを呼び出してから、唯月は左の袖を大きく捲った。 左腕に埋め込んだ小さなチップを翳せば、電子音と共にデータが吸い込まれるように消えていく。そのひとつひとつをなんとなしに視線だけで追っていれば、ひと際高い音が鳴った。空になったモニターを確認して、捲っていた袖を戻す。右の手首を持ち上げれば、手首につけたリングから小さなモニターが宙に浮かんだ。 『終わった?』 囁くように潜めた声は珍しい。電子モニターによって本物より淡く見えるオレンジは、先に外へ戻っているようだ。ぎらぎらと電飾を纏った飛行船が、背後をゆっくりと横切っていく。 「大丈夫。なんだけど、明謙、来た道が使えないかも」 『オッケー、ナビ送るね』 ありがとう、と礼を言うのと同時にモニターは消え、代わりに立体地図が浮かんだ。赤いポインターが走りだしたから、その通りに行けということだろう。 唯月は道のりを確認しつつ、再びモニターへ手を翳す。ほんの少しの操作と仕込んでおいたウィルスとで、唯月がこの建物を出る頃には、全てのシステムが破壊されている筈だ。 「唯月ー!おつかれー!」 長官室のドアを開けた瞬間、黄金色が飛んでくる。辛うじて腕を開いたはいいものの、唯月は後ろに倒れないように足で踏ん張る、などということはしない。覆い被さる方が勝手に庇ってくれるから、余計な力は入れない方がいいのだ。 「はる、ただいま」 今回も例に漏れず抱きついたまま支えるという器用な体勢をとった遙日は、唯月をほぼ抱え上げたままがばり、と顔を上げる。 「大丈夫だった!?」 大きく下がった眉に小さく笑って、唯月はのんびりと首を傾げた。 「うん、別に」 「良かったー」 へにゃり、と笑う遙日の顔は、再び首元に埋まる。この程度の隠密業務など唯月にとってはもう呼吸と同程度には慣れたものなのだけれど、遙日だけはこうして、何度でも心の底から心配してくれた。 初めの内は、そんなに信用が無いのだろうか、と思ったこともあったが。 「で、感動の再会は終わったか?」 「ハルぴょん、僕も行ってたんだけど…」 「うん、明謙もおつかれさま!長官はちょっと待っててください、今イイトコなんで!」 体勢は変えないまま、同僚の明謙にはにっこりと笑って、所属する部隊の上司である修二にはおざなりに手を振った遙日は、翻した手でさらりと唯月の襟足を撫でる。 「おーおー、ナマ言いやがって。先に仕事だ」 つーかイイトコってなんだよ、と呆れたため息が近づいたかと思えば、唯月は黄金色の頭越しに見えたものに、あ、と思わず口を開く。ひゅ、と降りてきた修二の大きな手による手刀は、正確に遙日の脳天へ落ちた。 「いって」 「痛そう」 同時に言えば、修二の眉が上がる。痛がってはいるものの離れようとはしない遙日は(寧ろ抱きつく力は強くなって、少し苦しい)、唯月にだけ聞こえる音量でぼそぼそと不満を吐いている。 とりあえずそれは置いておくことにして、唯月は改めて修二を見上げた。けたけたと楽しげに笑う明謙がぐるりと後ろを回って、唯月の左側に並ぶ。大きく腕を振るようにして、ぴん、と真っ直ぐに腕を伸ばした敬礼はふざけて大袈裟にやっているものだけれど、修二は特に怒りも諫めもしないから、明謙はにこり、と微笑む。 報告を聞こうと、長官は腕を組んだ。 「大黒長官、報告しまーす」 おー、とつまらなそうに顎を引いた修二に、唯月は左腕を上げる。明謙が袖を捲ってくれたところで、ようやく遙日も抱きついた腕を緩めた。右側に並ぶ形で体を反転させて、背中からするりと降りた手は支えるように腰へ回る。 「まどろっこしいんで全部抜き取ってもらってきました!」 「不動お前、たまに急激に雑なのどうにかした方がいい時あるからな」 「まあでもそんなにたいした感じでは…なかったよね、ゆっちー」 ぐるりと回されたオレンジ色が、ことり、と傾げられる。無言のまま頷けば、修二の切れ長の瞳が流れてきた。言いたいことは察して、一度ゆるりと瞬く。 「ただ、リストがあったので…システムは破壊しておきました」 「そうか。使えそうなレベルのリストか?」 「核心に触れられるかは判りませんけど…きっかけには出来るかもしれません」 そうか、ともう一度頷いて、修二はその場でモニター通信を繋げる。手元のモニター越しに、システム課のエンジニアへ短く指示を飛ばす上司を宙に浮くモニターの裏側からぼんやりと眺めていれば、ふと目の合った修二の眉が軽く潜められた。通信は短く、簡潔に終わる。 「唯月、医務部に寄ってからシステムにチップのデータ提出しとけ」 「はい…はい?」 医務に行くなら腕からチップを取り出せということかな、と唯月は頷きかけたところで、中途半端に首を傾げる。データだけの提出であればわざわざチップを抜く必要はない。ならば医務部に何の用が、と傾げた首で見上げれば、修二の眉間にはもう一本皺が増えた。 「指。爪割れてんぞ」 「え、」 「あー!?どうしたの!」 修二に見せていた左腕の先、人差し指の爪が確かに割れている。が、痛みは無く、肌が少し赤くなっている程度で、血も出ていない。 「ありゃ、どっかで引っ掛けた?医務にヤスリあると思うから、またどっかに引っ掛かる前に整えておきな」 即座に遙日に抱えて持っていかれてしまった左腕を覗いて、明謙も眉を下げる。自分の方が痛そうな顔をしている遙日の横顔をちらりと盗み見てから、唯月はこくりと頷いた。 あの癖を注意してくれたのは、ここの人たちでは無かったな、とぼんやり思い出す。 (中略) 鍵の開く音がして、遙日は顔を上げる。片手に収まるほどの黒いスティック状の端末のボタンを押して、開いていたモニターを消した。端末は素早くパンツの後ろポケットへ隠す。 天井の低い部屋の、唯一の入り口が静かに開いた。現れた人物の表情の無い瞳の上で、漆黒の髪がさらりと揺れる。 「はる、集合だって」 「おっけー」 にこり、と笑えば、呼びに来てくれた唯月の細い首が僅かに傾ぐ。コルセットの嵌められたその首は長いけれど常に動かし辛そうで、遙日はそっと意識を逸らした。椅子に掛けていたジャケットを拾ってから、唯月の待つドアへ向かう。もう今では唯月の部屋でもあるのだから、気にせずに入ってくればいいのに、と言うのは最近ではもう諦めている。その内に自然と慣れてくれるだろうと期待して、遙日は腕を広げて待つばかりだ。 「集合って、誰?長官?センパイ?」 「愛染さん、って言ってた」 慣れない単語を口にするような唯月に並んで、ドアを潜る。背後で閉まった青銀のドアの端へ触れれば、鍵が閉まる電子音が小さく鳴る。 「じゃートレーニングじゃないか」 「でもジムに集合だよ?」 「え、ミーティングルームじゃなくて?」 珍しい、と呟いても、唯月は曖昧に首を傾げる。細くて薄暗い廊下を抜けて、加圧式のハンドルドアを回す。ぐるり、と重たく回るハンドルと共に分厚いドアが開いて、不均一な三段の段差を登れば、眩しいほどに煌々とライトの点いた広い廊下に出る。何故居住区だけこんなに暗く狭くするのだろう、とは昔から疑問ではあったけれど、そもそもこの建物に無かった寮を無理やり増設したらしいのだから、隙間を『有効に』活用した結果なのだろう。地下排水溝のような廊下はともかく、カプセルのような私室は閉塞感はあれど、慣れれば住みやすくもある。ここで狭いのなんのと言っても、外に出て家を借りたところであまり代わり映えもしないのだから、まずもって文句を言う気もないのだが。 今出てきた部屋とそう変わらない造りをしていたはずの昔の家をぼんやりと思い出しながら、遙日は先に唯月を明るい廊下へ出す。すぐに追いかけて、重いドアをゆっくりと閉めた。ここだけアナログが過ぎるのもよく判らないが、遙日はこの重いハンドルを回すのは嫌いではない。 「そういえば唯月はどこに住んでたの?」 「うん?」 ドアを閉める遙日の手元をじっと見ていた唯月が、ゆるりと視線を上げる。遙日はだらりと下がっている彼の手を掬って、指を絡めて腕を引いた。 「外で。どこの居住区?全然会わなかったから、遠かったのかな」 入隊して暫くの後、守護部に配属されてからは遙日もずっとこの建物に居るけれど、それ以前は両親と北の居住区に暮らしていた。父親も帝国軍の人間だったからか、北側とはいえここから一番近いエリアだ。だからこの中央部にもよく来ていたし、隣接地ならば他の区域にも入ったこともある。 そういえば唯月に聞いたことが無かったな、と少し不自然に思いつつも振り向けば、同じ造りをした顔は、ほんの少し強張っていた。ぎこちなく動いた首は、遙日へ向く。 「はるは、外に住んでたの?」 「?うん」 「北エリアに?」 「そーだよ」 「そう……」 深い藍色が、ゆらりと泳ぐ。宙へ浮いた視線はすぐに遙日へ戻って、柔らかく微笑った。 「…北には、行ったことないな。良いところ?」 (中略) はあ、と漏れてしまったため息は、誰もが聞こえなかったフリをしてくれた。和南は濡れた外套をむしり取るように脱いで、どさり、と適当に落とす。いつもならこんなに雑な振る舞いはしないのだけれど、今回ばかりは周囲も見逃してくれるようだ。本部に残っていた部下のひとりが、慌てた様子で外套を回収してくれる。まだ全く乾いていないそれを持たせるのは可哀想だなと思いつつも、ここに置いていたところで乾く訳もない。 「ただの雨だったから」 それでもおざなりにかけた言葉に、年若い彼ははい、と数回頷いて部屋を出て行った。雨に濡れたのなど何年振りだろうか、と思いつつ、まだ外と繋がっているモニターの前に立つ。基本的に居住エリアは、天候が管理されているのだ。雨の降る時間は決まっているし、和南はわざわざその時間に外へは出ない。 天候統制は各地方の深部にも及んでいる筈なのだが、和南も含めた特務の何人かで散らばって偵察へ赴いた先を映しているモニターには、全てにおいて雨が降っている。今日の天気スケジュールは、南の深部以外は全て晴れの筈だった。 アラートが送られてきたのは今朝のことで、和南たちが確認したところによれば、何者かにハッキングされた形跡が見つかった。まだ深部のシステムだけで、各居住区にまでも到達してはいなかったが、どうやら南以外の三エリアが全て、南のシステムと同期されている。深部の管理職へ急な天候変更だとだけ伝え、あとはおそらく南側にいるのであろうレジスタンスを炙り出すのが、今日の仕事だ。モニター越しに雨に烟る深部の街並みを眺めて、和南はもう一度ため息を吐く。音声マイクのスイッチを押して、画面に現れた紫色の頭へ声をかけた。 「龍広、どう?」 『リーダー、こっちじゃないかもしれねぇぞ』 「どういうこと」 僅かにくぐもった声に、ぴくり、と眉が上がる。 『それっぽい基地は見つけたんだが、ダミーだった。暉がハッカーのポイントを追ってるが、そっちもフェイクな気がするんだよな』 とにかく一度暉と合流する、と切られた通信に、和南は漏れそうになる舌打ちを辛うじて堪えた。眉を顰めたところで、西の雨が止む。 (中略) 睡眠を多くとるようにデザインされたのか、それともそうなってしまったのか、または成長の過程でそういう遺伝子になってしまったのかは判らないが、唯月は一定時間を起きていられない。うとうととするようなことは無いのだが、十二時間が過ぎると突然眠ってしまうのだ。任務や訓練がある日はそれが恐ろしく、時間を調整して、結果人よりたくさん眠ることにしている。 ぱちり、と目を開けて、首だけを横に向ける。コルセットを嵌めたままの首はいつだって動かし辛く、しかしさすがにもう慣れてしまった。夜眠る時くらいは外せるものなのだけれど、唯月のコルセットだけは外せない。 せめて、この隣で眠る黄金色の片割れの前では、外したくはない。 「……ん、あれ、おはよ…」 「…おはよう」 まだ呼んでいない内から瞼を震わせた遙日に、唯月はゆるりと瞬く。まだひどく眠そうな声に小さく笑って、そっと腕を伸ばした。黄金色の髪を撫でれば、上がろうとしていた睫毛が揺れて、再び下がる。 「まだ寝てていいよ」 「んー……でも…」 「起こすから」 「ん…」 とろりと溶けた声を漏らす遙日に、おやすみ、と小さく囁く。すぐに聞こえた寝息をぼんやりと聞きながら、柔らかな髪を梳くように撫でる。晒された白い首筋は傷ひとつなく美しく、唯月はそれが嬉しかった。やはり、せめて彼だけには、このコルセットの下は見せられない。 (中略) 「っし、じゃあ二人一組で、体術訓練な。愛染は俺とだ」 「げ」 「あー?文句か?」 「いえ、光栄です長官」 にこり、と綺麗な笑みを浮かべる健十に、修二の頬がにやりと歪む。ぷくく、と口を押さえても隠し切れていない笑い声を残して、悠太はペア相手の遙日と共にすぐに組み手を開始する。 「よーし、剛士今日は手加減しないからね!」 「いや一度も手加減とかしたことねーだろ」 「え?してほしいの?」 「るせぇ、要らねぇよ」 あはは、と朗らかに笑いつつ唯月の前を横切って行った明謙こそが、体術に関しては今のところ零壱隊では随一だろう。あらゆる格闘技も履修しているらしい彼と組むのは実践さながらに骨が折れるが、いつの間にか隣に立っていた唯月の相手ももう既に良い勝負だ。 「よろしくね、との」 「唯月も手加減しなくていいから」 「との相手に手加減してる余裕ないよ?」 「嘘、この間は手抜いたでしょ」 「このあいだ…?」 ゆるりと首を傾げつつ、差し出された拳に軽く拳を当てる。挨拶というよりは戦闘開始の合図であるそれをふわりと離して、唯月は一気に間合いを詰める。弥勒はリーチが長いから、距離の取り方を間違えれば命取りだ。一気に懐に踏み込む先手必勝も、さすがに慣れている弥勒はガードでいなしてくる。急所を的確に打つように手刀を下ろしても、トレーニングウェアの袖を捲った腕が一打一打を丁寧に、かつ確実に外していく。 「また忘れた?」 「うーん…でも手加減は出来ないと思うけど」 「じゃあぼーっとしてたんじゃない」 「それはあるかも」 「そっちの方が傷つくけ、ど」 唯月の素早い猛攻の隙をついて、弥勒の膝が鳩尾に入る。僅かなステップで躱してから仰向けに体を倒し、軸足を狙って足を払った。そこまで見越している弥勒はすぐに飛び上がり、着地と同時に位置を交代した唯月へ回し蹴りが飛ぶ。背を逸らして避けて、降りていく足を叩き落とすように拳の裏で打った。ばちん、と大きな音がして、ぐるりと横回転をかけた弥勒の長い腕が反対側から回ってくる。袖は捲らないようにしている唯月のトレーニングウェアがさりさりと音を立てて、肌が焼けるように痛む。それは無視をして、そのまま弥勒の腕を滑らせながらまた間合いを詰めた。顎と首元を狙ったアッパーは拳ごと大きな手に握られ、振り解く前に肘ごと後ろへ回される。捻り上げられる感覚と同時に、背中から覆いかぶさるように弥勒の体がかかった。全身で押さえ込まれたまま、首筋に筋肉質な腕が回る。じわじわと締め上げてくる腕にはまだ優しさが見えて、詰まっていく息をいっそ止めた唯月は、神経を集中させて気配を窺う。利き手は自由だ。 「ぎゃっ、唯月!」 「こーら、ハル!余所見したらダーメ!」 「うわっ、やば、」 視界の端で、悠太の上段蹴りをなんとか躱した遙日の姿を見ながら、唯月は弥勒の呼吸を読む。両手の塞がった弥勒の、首を絞めている腕に更に力が入ったタイミングで、唯月は一瞬全ての力を抜く。すぐに上げた左腕で弥勒の脇腹を狙い打てば、首筋の腕がするりと抜けた。捻られていた方の手を振り払って、彼の長い足でも届かないほどに一度遠ざかる。 「あぶな、」 「武器があったら良かったんだけど」 「あったら負けてたね」 「ふふ、今のは?」 「まだ勝負ついてないでしょ」 「そうだね…こっちもコルセット無かったら危なかったな」 「絞め難かった」 「一応そういう目的もあるみたいよ」 「そうなんだ?ただの管理装置かと」 「まあ、主目的はね…」 ひと息ついて、再び首を傾げる。唯月にとってはまた別の意味合いもあるコルセットは、トレーニングの内容にもよるが、今回のような基礎トレーニングにおいては着脱は自由になっている。軍の管理IDの組み込まれたコルセットが無くとも、このトレーニングルームの入退室は厳しく管理されているから良いのだろうが、こうした戦闘訓練においてはいつもの装備で臨む方が好ましいところもある。とはいえいちいち隊服を着込むのも面倒で、正式にそう決まっている場合以外は弥勒のように拘束具無しのトレーニングウェアが普通だ。唯月とて、首のコルセットしか一応は残していない。 「さて、休憩終わった?」 「休憩してたつもりじゃ無かったんだけど…いいよ、」 苦く笑えば、弥勒が一気に間合いを詰めてくる。繰り出される拳や手刀を避けたり払ったりしていれば、腰が落ちるのが見えた。上段にも見えるが、中段の蹴りだろうか、とあたりをつけて、唯月はガードの肘を突き出すように曲げる。 「唯月、ストップ!」 (中略) 帝国軍のライブラリは広大で、複雑な作りをしている。結局データで保存するのだから物理的な容量は必要ないのだけれど、もう何百年も昔から、本当に重要なものだけは、ハッキングやシステムダウンへの対策として、電子データではなく物質で残しておくのがこの世界のやり方だ。物理的なものなら本当に奥深くに隠しておくことも可能であるし、いざとなれば燃やしてしまえばいい、と昔誰かが言っていたこともある。 加えて、帝国軍の歴史と同等どころかそれ以前の記録も詳細に残っているらしいこのライブラリは、帝国軍が軍として機能する以前の部分においては紙の書類の方が多い。閲覧する者などほぼいないという前提で、見返しやすい電子媒体へあまり置き換えられなかったのだ。実質帝国軍の完全統治下にある今の時代においては更にその傾向は強く、学術や芸術方面を除けば、生きていくのに帝国軍の定めた歴史と法さえ理解していればなんら問題は無い。少なくとも、軍内部にとってはその限りだ。今更これを全てデータにして取り込んだところで、作業中にさすがの帝国軍のシステムもパンクしてしまうのではないか、と思うほどには多い紙媒体の数々は、そのまま人類の歴史にも等しい筈なのだけれど(歴史は常に転換期においての勝者によって、その後の統治者によって都合良く書き換えられていることはいつの世も変わらぬ摂理でもあるから、本当にそうだと心底思っている訳ではないが)。 増設に増設を続ける帝国軍総司令本部の建物内は、このライブラリのように無理やり物理的にスペースを作り出しているところから歪になっていく。突然異次元が現れたとしか思えないほど広く、見えないほど天井の高い部屋に、遙日の身長の倍はあるだろう本棚が縦に四段並べられ、四方をぐるりと周り、更にじぐざぐと身長違いの本棚が縦横無尽に壁を作っている。ライブラリ内の移動は殆どが階段のひとパーツを切り取ったような素っ気のないプレートによって行われ、この鉄色の板は一定以上の重さが平衡に乗ればふわりと宙へ浮き、体重移動を感知して上下左右に移動してくれる。軍内の一部に普及している『オートバイク』の原型でもあるそれは、簡易な作りながらも結構な高さまで浮き上がる。この部屋のどの本棚からも自ら本を抜き出せるようにする為のこの装置は、少しばかり高いところの苦手な遙日は毎回使用を躊躇うくらいには簡素な作りをしている。 例えばゴンドラやエレベータのような形にはならなかったのだろうか、ともう何度も胸の内で呟いた文句を今回も繰り返して、渋々プレートに足をかける。操作自体は危なげないのだが、やはり上昇する度にじわりと滲む汗が不快だし、緊張感で血の気が引いていくのも更に気分が悪い。ここでこそ落ちてしまったらどうにもならないんじゃないか、と嫌な考えは振り切って、遙日は下から二十八段目の棚、Eの項目までプレートを上昇させる。右足に僅かに重心を移せば、プレートもゆるやかに右へ移動した。資料自体は紙や書籍でも、管理はもちろん電子システムで行なっているから、目当てのものを延々と探す必要は無い。このあたりだな、とプレートの動きを止めたところで、ほんの少し通り過ぎた位置に目当ての黒い背表紙を見つける。 あった、と呟いて、左足に一瞬だけ力を入れる。ひょい、と一歩分ほどを戻ったプレートが停まるのと同時、あ、という声が思いのほか近くに聞こえた。 「『遙日』か」 「え?っ、うわ、わ!?」 厚い背表紙に指をかけ、引き出そうとしたところで無意識に振り返る。名前を呼ばれた条件反射だったのだけれど、何も身構えず振り向いてその距離に人が居たら誰だって驚く、という距離に、つまり近過ぎて咄嗟にピントが合わなかったほど近くに、逆さのヒトの顔があれば、悲鳴のひとつも上げる。 驚いて声を上げたついでに、中途半端に引き出した本の重さにバランスが取れず、ぐらりと片手だけが落ちそうになる。自然と体のバランスも崩れて、浮いたプレートがぐらりと傾いた。落ちそうになる本を咄嗟に追いかけたことで下を見てしまった遙日は、あまりの高さに咽喉が引き攣るのを感じる。 「ひっ、」 「おっと」 特に動じてもいないらしい逆さの人物は、傾きかけてばたばたと暴れる遙日の腕を難なく捕まえて、ぐい、と引き上げる。彼の力が強いというよりは、何か彼の体ごと上へ移動しているだけのように思えて、遙日はようやく顔を上げる。 逆さになった頭からは鮮やかな赤い髪がだらりと重力に従って降りている。白い首は長く伸ばされ、よく見ればジャケットは着ていないが、特務課の隊服だ。コルセットの根元を隠すように白い襟はきちんと閉められ、黒いパンツの脚がすらりと真っ直ぐ伸びている。右足側だけハーフパンツになっているのは、特質か戦闘スタイルが理由だろうか、とあさっての方向に思考が飛びながら、遙日は自分の足元が安定していることに気付く。遙日の足元にあるのと同じプレートを垂直にしたものに、黒いショートブーツを履いた脚は膝を引っ掛けて、まさにぶら下がっている状態のようだった。いったいどうして、と咄嗟に問えない程には奇態な姿に、遙日はぽかん、と口を開く。 「大丈夫だ、これは勝手に平衡を保つように出来ている」 「えっ、そうなんですか」 頷く男の瞳が左右違うことに、遙日はそこでようやく気がついた。引き上げてくれた腕は離されて、彼は腹筋を使って唐突にむくり、と姿勢を正位置へ戻す。額から掻き上げるようにしておざなりに整えた赤い髪はさらりと揺れて、少し高い位置から改めて遙日を見下ろした。 「いざ倒れても安全網が出るから安心しろ」 「ええ…聞いてない…」 「まあ、わざわざ説明はしないな」 そもそも乗り方だってみんな見様見真似なんだ、と首を傾げた赤髪の男は、どこからか取り出したデバイスを開いて、マイペースに何か作業を始めてしまう。彼の乗っているプレートは彼の体重で無理やり水平に持って行こうとしているように、ゆらゆらと揺れている。 「あの…じゃあそれは…?」 「うん?ああ、これか。先日不具合を起こしたらしくてな、廃棄されそうになっていたのを引き取ったんだ。修理出来ないかと思って」 「?エンジニアの人ですか?」 「いや?違うが」 きょとん、と傾げられた首に、遙日も首を傾げる。何がなんだか判らないまま、彼は再び手元のデバイスへ視線を戻してしまった。ふよふよと上下しているプレートは、やはり故障しているのだろう。 (後略)