neverland 再録集
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1月19日【一つ屋根の下7】にて発行 neverland 再録集 はるゆづ、あしゅこれ、ブレイブ/A5/224P ※※※ 再再版になりますが、章タイトルのデータが飛んでしまっている為、サンプル画像2枚目〜5枚目のように付箋シールに手書きにて付けさせていただいているものになります。(付箋シールなので跡無く剥がすことは可能です。) また、罫線(文章の──この──部分です)が横倒れになってしまっていますが、本文内容には変更ございません。 以上ご了承いただいた上でお手に取っていただけますと幸いです。 ※※※ ◯pixiv掲載のBハロシリーズ、その他Bハロ1作 + ◯2018年1月発行のneverlandにおける書き下ろし 以上二点へ全体的に加筆修正したものになります。 ◎2017年10月のスパーク12にて発行の、炭酸さん(user/4450084)と初音さん(user/33956)のBハロ合同誌『MEMENTO MORI』にゲスト寄稿させていただいた話も含まれます。 ☆☆表紙は大好きなお友達よるさんにお願いしました。
本文サンプル
(前略) もうたぶん限界だろう、と絶望を目の前にした唯月は、とにかく目の前のこの人だけでも生かす方法はないかと、ぼんやりと霞みがかった頭で考える。 自分のものなので見れはしないが、きっと今の自分の瞳は赤く爛々と光っているのだろう。証拠に、目前に横たわった自分の片割れの首筋が、白く輝いて見える。美味しそうだ、と思うのは、最後の理性で必死に誤魔化している。 この森へ逃げ込んでから、おそらく二日は経った。何年か前に流れ着いた街の片隅から続く道がこの森へ続いていることは知ってはいたが、足を踏み入れたのは初めてだ。全ての人が、という訳ではないが、唯月の印象としては割合親切な人が多いあの街の、誰も彼もがこの森には入ろうともしない。入ろうとしないどころか、その入ろうとしない理由を聞いても、誰も彼もがそういえば何でだろうな、と口を揃えるのが、唯月には気味が悪く思えて、あえて近付こうとしなかったのだ。 だが今こうして、そういう森なのであれば、逃げ込むには最適だろうとやってきた。やっては来たが、半日ほど街中を逃げ回ったぼろぼろの体で突発的に入ってしまった為、食事をしようにも狩りは上手くいかず、休息を取ろうにも昼夜問わず何かしらの獣の気配がして落ち着かない。 お互いに分け与える分もこの状態ではこれ以上は危険だと判断したのは、確か半日は前だ。結果、生まれる前から隣にいた片割れは、気絶するように倒れてしまっている。 「ごめんね、はる…」 彼を、遙日を生かすには、もうひとつしか方法はない。 今から動物を狩って食料とするほどの体力はどちらにもないし、それどころかここから移動出来るのかも怪しい。かといってこのままではふたりで野垂れ死ぬばかりであるし、唯月はそれだけは嫌だった。だから方法はただひとつ。遙日はきっと、とても嫌がるであろう。 横たわる兄弟の、生い茂る葉をかい潜って射し込む強い夕陽に照らされた髪を撫でる。黄金色の美しい髪は毒々しい朱に晒され、生気を失って見える。 唯月は着ていたシャツのカフスを外し、袖を肘まで捲り上げる。横たわってぴくりとも動かない遙日のズボンを探り、銀製のナイフを抜き出した。柄に何重にもスカーフの巻かれたナイフから革の鞘を外すと、細い刃が現れる。細かく細工の彫られたナイフは皮肉にもいつも美しく、夕陽をきらりと反射した銀に、唯月は眩しそうに目を細めた。 その美しい刃を、作り物のように白い自分の腕の、内側へ当てる。 「はる、ちゃんと生きてね」 (中略) 月が綺麗だ、と悠太が言っていた通り、今夜は雲ひとつない晴天で、満月の光が煌々と眩しい。遮るもののない月は白々と存在感も重く、健十はじっとその不思議な光を見上げる。当の悠太は何やらやることがあるらしく、まだ屋敷の中だ。とはいえ仲良く連れ立って月光浴をしようというわけでもないので、健十は屋敷の回りをぐるりと歩き、最後に正面玄関の方へ戻って来た。玄関ポーチの数段高くなった壁へ、腰で寄りかかる。ステッキは部屋に置いてきたので、所在のない手は先程からズボンのポケットの中だ。肩にかけただけのジャケットの裾が、ふわりと風を孕む。 いい夜だ、と深く息を吸ったところで、健十の白い耳が葉の揺れる音を拾い、形の良い高い鼻が匂いを嗅ぎつける。ぱちり、と瞬いた空色の瞳が捉えたのは、鈍色の毛を月光に煌めかせた大きな狼の姿だった。優美なまでに銀色に輝く滑らかな体を滑らせて、狼は器用に背にしていた獣の屍体をどさり、と落す。角は見えないが、鹿だろうか。 「もー、ハルぴょん重いよー、歩いてー」 続いて現れた橙はげんなりと首を振る。背には、覆いかぶさるように黄金色の細い髪が埋まっていた。 「前よりおっきくなってんだからさー、弥勒に背負ってもらってよー」 「えー、トノは鹿持ってるからダメって言う…」 「ていうか遙日やっぱり走れないじゃん…持久力なさすぎ。また筋トレしないと」 「やああああああだよ、トノの筋トレは筋トレじゃない!拷問!」 「唯月はちゃんとついてきてるのに…」 呆れた声の応酬に、健十は気まぐれにゆっくりと歩き出す。吸血鬼の『ゆっくり』などたかが知れていて、すぐに狼の姿をした明謙の横へ着いた。 「あれ、健十だ。珍しいね、お出迎え?」 茶化す明謙に、小さく肩を竦める。その背を見れば、まだ顔をぺたりと明謙の橙の毛につけた遙日が、ぱちぱち、と瞬いた。あたたかな暖炉の炎の色をした流れの中に、陽光の黄金色が流れる。丸く見開いた夜明けの瞳は、バツの悪さと驚きを隠しもしない。 「ただいま…」 悪戯が見つかった子供のような顔をする遙日に、蝋のような健十の頬が微かに緩む。おそらく健十にだらしのないところを見られたのが初めてだからだろうが、なんだか幼い子供を見ているようで、どちらかといえば微笑ましい。 「おかえり。乗り心地は?」 「うーん、明謙ちっさいから…痛っ、」 「ちっさい言うな!」 ぐるりと首を回して遙日を振り落とした明謙は、威嚇するように牙を見せ、ぐるる、と唸る。ごめんごめん、と謝る遙日に、ふざけて噛み付いた。いてて、と笑う遙日は、やはり幼い子供のようだ。 「まあ、まだ遙日が一番人間に近いからね。狼に付いていけなくても仕方ない」 先程聞こえた会話から勝手に推測してフォローしてやれば、視界の端で銀色の頭が揺れた。まだ狼の姿では表情がよく読めないが、甘やかすなと言いたいのだろうか。 唯月は、と口を開こうとした健十は、それより先に足音を聞いて振り返る。茂みの陰から白い手が見えたと思えば、すぐに黒い鼻先が覗いた。ずるり、と闇から抜け出してきたような獣の背には、こちらは立派な角をつけた鹿が乗っている。 「あれ、健十くんだ。ただいま、」 遙日と同じように丸く目を見開いた唯月は、傍らの狼の背に乗る鹿を支えるように角を掴んでいる。唯月の歩調に合わせてきたのだろう剛士は、その手を自然に解ける程度の速度で唯月の横をすり抜け、弥勒が置いた鹿の横へ荷物を下ろした。すぐに唯月の方へ一度戻った黒い獣は、細い体を点検するように一周ぐるりと周り、角を掴んでいた指をべろり、と舐める。 「遙日はともかく、お前は大丈夫か?明謙も弥勒もトバすから疲れただろ」 「ううん、大丈夫。剛士くん合わせてくれてありがとう。重くて早く下ろしたかったでしょ」 ごめんね、と尖った耳の付け根を撫でる唯月の白い手に、剛士が気にするな、とばかりに額を軽くぶつける。ゆらりと揺れた黒い尾が、月の陰を作る。 満月を背負う位置にいた唯月と剛士を眺めて、健十は、へえ、と口内だけで呟いた。 ようやく立ち上がった遙日を揶揄する明謙と弥勒へ一度視線を流して、再び唯月の方へ目をやる。ほとんど同時にこちらを向いた夜空の瞳が、ゆっくりと瞬いた。口唇が、うっそりと微笑む。 「そう悪いものでも、ないでしょう?」 含みのある唯月の言葉に、健十は苦く笑う。 何か反論しようと一度口唇を開けて、やはり、なにも言わずに閉じた。 (中略) 「おはよ…双子は?」 「猟師さんと赤ずきんちゃんは仲良く果物を採りに」 「なにそれ?」 ひょい、と肩を竦めた健十は、興味もなさそうに長椅子へ座る。凭れるように傾いだ体はどこか怠そうで、目元もなんだかぼんやりとしていた。 「あれれ、ケンケンまだおねむなんじゃない?」 「いや…うん、そうかもね……何日寝てた?」 「ううんと、今回はー、六日半くらいかな?」 そう、と悠太から視線を外した健十は、作り物のような長い睫毛をうっそりと揺らして、ひとつ瞬く。人間なら、ここであくびが出るところだろう。 「ケンケン最近すっごく眠るねー。やっぱりもうおじいちゃんだから?」 冗談めかして首を傾げた悠太を、空色の冷たい瞳がじろり、と睨む。昔、数千年を生きているという長老級の吸血鬼と話をしたことがある。吸血鬼も歳を重ねすぎると、それだけでは何ということもないらしいのだが、歳を経れば経るほど、魔術による負担が大きくなると言っていた。その回復の為には眠るしかないようで、数千年を過ぎると(悠太が言うところのおじいちゃんになると)、睡眠時間は長く深くなる。 しかし同じ数千年を生きるといってもまだ健十はそろそろ二千年を迎えるくらいだし、そもそも悠太も五百年しか歳は変わらない。 「そういうこと言うんだったら五百年後、見てろよ」 「うそうそ、冗談だって。僕はまだまだ若いもーん」 若くはないと思うけど、と小さく首を振った健十は、もちろん冗談だと判った上で不機嫌に声を落としていたので、特に深く掘り下げもせず、悠太から視線を外すように目を閉じた。 そのまま再び眠ってしまいそうな健十に、悠太は慌てて声をかける。 「そうそう、ケンケンあのね、」 (中略) 満月の夜が近い。 最近にしては珍しく数日続けて起きている健十は夕べの散歩から帰ったところで、機嫌良く玄関を大きく開いた。観音開きの古い扉は見た目通りの重厚な音をたてるが、健十の腕は重さを感じない。暗闇に沈む室内を、外からの沈みかけた夕陽が僅かに照らしたところで、健十はぱちん、と指を弾いた。白い指先から青白い光が広いホールの四方へ素早く走り、鬼火が生き物のように螺旋階段の手摺りを登る。吹き抜けの天井近くでぱっ、と花火のように散った光は、いたるところに設置された燭台の先へ灯った。鳴らした指と反対の手に持つステッキでトン、と床を叩けば、青白かった光は橙色の暖かい炎に変わる。同時に、ばたん、と音をたてて玄関扉が閉まった。明るくなった視界をぐるりと確認してから、ステッキを持ち直す。 一歩を踏み出そうとしたところで、健十は螺旋階段の先を見上げた。続く廊下の先から、ひょこり、と桃色の頭が覗く。 「あっ、やった、ケンケン機嫌良さそう!」 「いたの、悠太」 にこにこと笑う顔は確か三日ぶりに見たはずだ。健十や悠太にとっての三日など瞬きにも等しいが、この三晩は確かに二つ隣の街まで出かけていたはずだった。帰ってきた、という表現が正しいのだろうが、世界中に数ある拠点のうちでもめったに立ち寄らないこの場所にはあまり、帰る、という気持ちは起こらない。少し前、確か数十年ほど前に人間に教わった言い方で言えば、別荘、というものに似ている。別宅であることは確かであるし、一応の管理はしているから、そういうことになるだろう。 見上げた視線を縫い止めたまま、悠太は螺旋階段の手摺りの上を腿で滑るように一気に降りてきた。二百年前に同じ行為を見た時は咎めたものだが、今は何とも思わずにあっという間に数歩前へ降り立った悠太を見下ろす。 「今日戻ったの?」 「うん、昼過ぎくらいかな?ケンケンはお散歩?食事?」 「どっちもかな」 ひょい、と肩を竦める。街までは出なかったが、近くで型の良い野犬に出会った。ずっとこの辺りで暮らしていたのだろう孤高の一頭は、健十の舌に合う者だった。年々、偏屈になったとは言いたくないが、味の好みは狭まっている気はする。 「じゃあ良い子に会えたんだねー。よかったよかった!」 肩を竦めたついでにくるり、と手のひらで転がしたステッキの頭へちらりと目を落としてから、悠太は改めて笑みを深めた。伺うように上目遣いになった瞳は、何か健十に『お願い』をしたい時の目だ。判りやすくて逆に好感を持つけれど、一応防御の態勢として腕を組む。 「それで、俺に何か用事?」 「うん、用事っていうか、用事を作りたいなー、っていうか…」 「なにそれ?」 片頬で笑って首を傾げる。何かを企んでいる風の悠太を靴の先まで眺め回せば、彼にしては珍しく今の流行りを取り入れた服ではなく、だいぶ古めかしいクラシカルな格好をしていた。襟元にフリルとたっぷりとしたドレープのリボンが桜貝のカメオで留められているシャツは確かに健十が仕立てたものだったけれど、悠太が着ているのを最後に見たのはそれこそ百年は前だ。 (後略)