Kiss me before I rise.
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2021年11月07日ビッグサイト【一つ屋根の下9】にて発行 Kiss me before I rise. あいゆづ/A5コピー/32p ◯あいゆづ短編詰め ◯それぞれに繋がりは無いですが世界線は同じ ◯部屋の間取り等捏造あり ◎4本全てお題ガチャさんからお題お借りしてます ※流ファンを一切プレイ出来ていないので何か矛盾等あるかもですがそういう世界線なんだなということにして下さい。 ▽▽▽ わりと似た者同士のふたりだと思うんですが、似た者同士だからこそ似たようなこと考えて同じところですれ違ってそうだよなあとは常々思っています。 とはいえ終始ふわふわした感じの4本です。 サンプルはランダム抜粋です。 表紙は大好きなよるちゃんが描いてくれます!
本文サンプル
(前略) 今日はそもそもは夕方に健十の仕事が終わってから外で落ち合う予定だったのだが、朝になって健十の仕事がリスケジュールされた。降って沸いた終日オフが、元々休日だった唯月と被ったとなれば、何も夕方まで大人しく部屋にいる理由は無い。朝仕事に行くつもりで身支度も整え終わっていた健十が少しだけ時間を置いて連絡してみれば、唯月ももう起きているようだった。起きてはいるだろうが、元々休日のつもりで起き出した唯月と、既にすぐにでも出かけられる自分とでは、所要時間が大きく変わる。特にすることもなければ待ち合わせを早めようか、と打診してみれば、それなら、と快い返事をもらった。 そしてその数分後には、こうしてKiLLER KiNGの家に上がり込んでいる。曰く、『今日は誰も家にいないので』。 その言い回しに思うところはあるものの、唯月以外の三人はそれぞれ朝から別々の仕事へ出て行ったらしく、その見送りをしたばかりだったという唯月は、まだしっかりと部屋着──というか寝巻き──を着ていた。顔は洗ったのかさっぱりとしている。首の後ろでゆるく結んだ髪を揺らして玄関で出迎えてくれた恋人の、朝ごはん食べますか、という言葉に、大袈裟なリアクションをしなかった自分のことは、内心で自分で称賛している。不自然な咳払いと、赤くなっていたのだろう耳に不思議そうな顔はされたが。 今朝の当番だったらしい唯月がもうひとり分を作ってくれた朝食を一緒にとって(朝は特に食欲の無い唯月は、仕事の無い朝はわざとずらして食事をとるらしい。とらないよりはもちろん良い)、涼しい内に家事を終わらせたいという唯月を待つことになった。待つと言っても、手伝えば早く終わる話であるし、早く終われば休日の時間は増える。と申し出てみれば、一度驚いた風に瞬いたあと、それなら、とまた快く頷かれた。快すぎて、あれもこれもと飛ばす指示に容赦がないが、幸い健十でも滞りなく出来る仕事ばかりである。 (中略) 健十は、機嫌の悪さをあからさまに出す男では無い。 拗ねている時は判りやすいし、妬いている時は態度よりも言葉に出してくる。更には嫌なことは嫌だと誤魔化さないでいてくれる。が、それは唯月との関係性における感情の場合のみである。例えば剛士と言い合いになっただとか、仕事で辛いことがあっただとか、嫌な運転をする車に遭ってしまっただとか、そういう唯月との関係性に──というか唯月本人に──関わらない物事において引き起こされた負の感情は、全く上手く隠してしまう男だった。 そうするのが癖なのか、それとも格好をつけたいのかは知らない。別に機嫌の悪い面を見たところで今更幻滅したり失望したりなどしないが、これはいくら口で言ったところで彼は信じないだろう。信頼されていない訳ではない。あちらが人間をどこか最後まで信用しきれていないだけだ。だけだが、唯月にはその気持ちは理解も出来る。 いくら恋だの愛だのと深い関係になろうとも、所詮は他人である。世の中に好き同士で一緒になって末長く仲良く過ごしているカップルやパートナーがごまんと居ることももちろん承知である。あるが、きっとこれは刷り込みでもあるのかもしれない。唯月も、健十も、人生で一番最初に身近に見ることになる者が大半である、自らの両親の関係性が、さほど良いものでは無かった。期待をしない生き方は、唯月にだって覚えがある。そういう真っ直ぐになれなかった面倒な人間に、無理やり寄り添っても心は閉ざされるばかりだ。なんと言っても、唯月自身がそうである。 唯月自身の経験上、いくら真摯に言葉を重ねられようが、最後の一線まで信じることは難しい。信じていると自分で思っていても、いざ裏切られた時にやっぱりな、と思う自分がいるのだ。自らが信じていないのに相手の不義理を責める訳にもいかない。 この手の面倒なタイプには、もう行動で示すしかない。ずっと一緒に居ると言うのならずっと一緒に居てみせればいいし、どんな愛情も受け入れると言うのなら受け入れ続ければいい。いつかそれが当たり前になった時に、ああ本当にずっと一緒に居たなあ、と思うくらいでなければ、根っこから曲がったこの性根は納得してくれないのだ。もうこれは他人にも自分にもどうにか出来る問題ではない。もしかしたらどうにか出来る人が世界のどこかに居るのかもしれないけれど、唯月が選んだのは健十であるし、健十が選んでくれたのも唯月である。彼が望む限りはこの場所から動く気はないし、どうせ向こうも同じ気持ちなんだろうとは漠然と思っている。一年後、五年後、十年後に、そういえば、と思うくらいでなければ、絶対に大丈夫だなんて言えない。 だから、健十本人が良しとしない面を唯月にきちんと見せてくれないことは良いのだ。唯月にだって無意識でそうしている部分があるかもしれないし、追求する気もなければ、責める謂れもない。 ───無いのだが、さて、一体これはどう対処すべきかと、もうおそらく半年程は悩んでいる。 (中略) 時計とシフトを確認するに、唯月には二時間半の空き時間が出ている。あと四十分程あるその時間の内に何人かの空き時間が被ってはいるが、その他の誰もがスタジオを出て行っている。時間の被る最後のひとり、健十を待っている訳では決して無いのだろう唯月は、黙々とペンを走らせていた。ちらりと覗き見れば、番組アンケートのようである。 健十が正面の椅子を引いた時にちらりと視線を上げて、おつかれさまです、と平坦に言った唯月の目元には、僅かな眠気が見えた。珍しくもないというか、むしろカメラの前以外で眠くなさそうな姿を見ることの方が珍しい気もする唯月は、もしかしたら健十が来る前までは仮眠でもしていたのかもしれない。このスペースにずっと居たことは視界の隅に見えていたが、何をしていたかまでは注視していなかった。端に置かれたスマートフォンも、出演中のドラマの台本も、見ていたような形跡は無い。と言っても唯月の台本の読み方はただひたすらに文字を追うだけだから、いつだって冊子は綺麗なままだ。映画や舞台のように長期間眺めていれば開き癖や端々のよれもつくが、ドラマの台本は基本的に一話ごとであるし、撮影期間もスピーディである。健十のように書き込みでもしていればまた別だが、唯月が台本にそうするのを見たことはない。 真剣にペンを走らせている彼を邪魔する気にもならず、健十は持参したドリンクの口を開ける。頬杖をついてじっと観察していても、唯月は動じずにアンケートに答え続けている。セットされた艶のある黒い髪の流れを追っても、淀みなくペンを操る白い指先を見つめても、伏せがちな長い睫毛をなぞっても、特に反応は示さない。これだけ見られていたら──この至近距離でじっと観察されていれば、視線が煩いだろうに、アンケート用紙にだけ注がれる夜空の瞳はひどく静かだ。 視線に気づいていない訳ではない。職業柄見られることにも慣れているだろう。ただ、それよりもはるかに、唯月は健十の視線に慣れ切っている。 (後略)