Who is today's chef?
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2021年1月11日TRC【Ambition’s Bible10】にて発行 Who is today's chef? キラキン(はるゆづ)/文庫/144p ◯キラキンごはん当番本 ◯時系列は雰囲気 ◎息をするようにはるゆづ ◯特に盛り上がりもない ◯ごはんを作ったりだらだら話してる感じの短編集です ▽サンプルはランダム抜粋しています。 ▽あんしんboothパック(ネコポス)での発送となります。
本文サンプル
(前略) 遙日は悩んでいた。スマートフォンを弄りながら、ちらりと横目に隣を伺う。マネージャーの運転する車は涼しく空調が保たれていて、薄手のタオルケットをかけさせた胸はゆっくりと上下している。 心地よい温度の車内ですやすやと眠る唯月の長い睫毛を眺めて、はあ、とため息をついた。今日は唯月とふたりでの撮影だったから、明謙たちに聞かれる心配も無い。 今日の撮影は滞りなく、むしろ褒められて終わった。もう何度も出させてもらっている雑誌のグラビア撮影は、今回はふたりずつのショットをメインとして、Bプロから何人かピックアップされている。Bプロで持っている連載とはまた別の特集は、季節柄屋外の撮影が多いようだった。遙日たちも例に漏れず、しっかりと日焼け止めを塗りながら、早朝から陽が傾くまで、都心から一番近くて有名だろう大きな向日葵畑に居た。つばの大きな麦わら帽子と、白いシャツを着た唯月の姿を思い出しては頬が緩んでしまうが、今はそれよりも重大な悩みがある。 今日の夕食当番は、遙日である。それは良いのだ。もう流石に慣れてきたし、手伝ってもらうことが多くはあっても、ひとりで全てをこなすことも苦ではなくなってきた。それはいいのだ。それはいいのだけれど。 もう一度隣で眠る白い顔を横目に眺めて、小さく息をつく。早朝からの撮影だったというのもあるけれど、それよりも明るく強い陽射しとその温度で、疲れきっているのだ。少し悪くも見える顔色は、車に乗り込む直前よりはいくらかマシになっているようだ。 暑さに弱いのは遙日も同じだけれど、唯月は陽射しもあまり得意では無い。撮影中は微塵もそんな素振りを見せなかったけれど、メイクを落とした瞬間に体の力が抜けてしまったのを遙日だけは判っている。とはいっても、ひと晩ゆっくり休めば自然と回復するし、ひと晩と言わずともある程度休めばそれなりの活動は出来るようにもなる。唯月だって体力が皆無という訳ではない。寧ろ日々のレッスンやトレーニングのおかげで、年齢を加味しなくても、一般的な平均値よりは高い体力も持久力もある筈だ。ライブひとつにしても、舞台ひとつにしても、一公演二時間程度を熟すのにはそれなりの気力と体力が要る。 問題は、疲れているか否かでは無い。暑い時期になると、唯月は極端に食欲が落ちる。いけないことだと自覚はあるようで、きちんと三食を摂ろうとはしているものの、放っておくとそれは食事というのか、という内容と量になっているのだ。本人は大丈夫だと言うし、確かに体調を崩したことも無ければ、無理をして食べ過ぎると今度はそちらで気持ち悪くなってしまうと言われれば無理矢理に口に突っ込むという最終手段も取りにくい。昔遙日が病弱だったバランスを取るかのように、唯月はああ見えて割合に頑丈でもある。滅多に風邪は引かないし、遙日が引いた風邪の看病をしていても感染ったことはない。夏バテでも弱ることはあっても、寝込むほど体調を崩すことは無いのだ。それより今でも時折寝込んでしまうほど体調を崩したり、年に二度は風邪をもらってきてしまう自分の方を心配してくれ、と以前遠回しに言われたこともあるけれど、それはそれとして、だ。 毎食は無理だとしても、せめて目の届く範囲、手が加えられる範囲では、もう少しはきちんと食事をして欲しい。今日の昼なんて、用意されたケータリングの中からサンドイッチをひとつ取っただけで、後はマネージャーが用意してくれていた栄養ゼリーを口にしただけだった。暑くても夏バテしていても食欲だけはそれなりにある遙日としては、もちろん心配になってしまう。遙日などは夏バテでは特に、食べれば体力も少しは回復するのだ。唯月がそうではないことは判っていても、目前にすればやきもきとしてしまうのは仕方がない。 だから今夜はチャンスでもある。遙日が作ったものならば、少しはいつもよりは食べてくれるかもしれない。が、夏の唯月は本当に手強く、何なら食べてくれるのかという案は遙日にさえ無い。何が食べたい、などと訊けば、答えは決まっていて、必ずそうめんか、冷たいうどん、と答える。唯月が食事当番の時は遙日たちを気遣ってくれていつも通りレパートリーに富んだメニューが出て来はするけれど、その時だって本人としてはそうめんくらいしか食べたくは無いのだろう。 だから遙日は今日の昼頃からずっと、悩んでいる。実を言えば献立が思いつかないことは珍しいことでは無いのだけれど。 ううん、と口の中で呟きながら、スマートフォンへ視線を戻す。夏バテに良い食事を検索して見ても、どうも唯月が食べてくれるような気がしない。 さてどうしようか、と頭を抱えそうになったところで、車がゆっくりと停まった。顔を上げれば、赤信号のようだ。ぼんやりと視線を窓の外へ向ければ、もうマンションに近づいている。夏の日は長く、夕陽はまだ辛うじて残っていた。最後の橙が濃い紫に変わる様子を眺めていれば、車は再び静かに発車した。マネージャーは運転が上手く、遙日の知る限りでは寝ている唯月を起こしたことは無い。 「───あ」 徐々に速度を上げていく車の外、流れ出した景色の中に、ひとつの看板を見た。飛び込むように視界に入ってきたそれに、遙日は思わず頬を緩める。これだ、と確信を持ったところで、車は右折して、その先にマンションが見えてくる。 (中略) どうぞ、と小さく囁かれた声から数拍だけ沈黙を持って、明謙はぺこりと軽く会釈をする。 「こんにちは!KiLLER KiNGの不動明謙です。今日はピクニックということで、お弁当を作ろうと思います」 そういえば何の流れも挨拶も決めていなかったな、と思いつつ、明謙は適当に喋りながらまずは冷蔵庫からカットしておいた鶏肉を取り出す。 「やっぱりお弁当といえば唐揚げ!ってことで、まず鶏肉に下味を付けまーす。濃い味が好きなので、こうしてビニール袋の中で…調味料と入れて、軽く揉んで、とりあえず放置です」 料理番組では無いので、細かい材料や分量は口に出さず、時折珍しいと思われるものだけを画面に映す。明謙の唐揚げには酒や醤油や生姜の他に、気に入りのミックススパイスが少しだけ入る。ビニール袋の空気を少し抜いておいて、再び冷蔵庫へ戻した。 「野菜もたくさん食べないと怒られちゃうので、とりあえずなんでもかんでも茹でます」 背を向けて手鍋に水を張れば、唯月が静かに移動してきた。傍にいながらも邪魔にならない距離感で、明謙の手元と横顔を撮影している。お湯を沸かしている間に、まな板を引っ張り出した。 「小松菜、切ります。あとはブロッコリーと、インゲン、アスパラガス」 全てをざくざくとひと口大程に切って、ボウルへ入れていく。ボウルの中身へズームしたのだろう唯月が、くすりと小さく笑った。 「緑ばっかり」 「ほんとだね?うーんとじゃあ、人参と、じゃがいもも入れちゃおう」 追加分を切っていれば、手鍋のお湯が沸く。鍋にザルを入れてから、明謙は先に切った分を一気に投入した。洗ったじゃがいもを皮付きのまま切りながら、頭を軽く揺らしてカウントを取る。 「この辺はちょっとだけで大丈夫なので、いったん上げまーす。次はもやし」 トングで引き上げたザルから茹で上がった野菜を元のボウルに戻し、再びお湯に入れたザルへ市販のもやしひと袋を全て開ける。こちらも三十秒程で引き上げて、今度はザルは戻さずに人参を入れた。小さく切ったから、そう時間はかからない筈だ。 「で、ちょっと冷水でしめて、もやしと小松菜はナムルにします」 さっと水にさらして、もやしと小松菜だけを別の皿に移す。手早く調味料と和えていれば、玄関が開く音がした。 「お待たせ」 「おかえり、ありがとー」 「ああ、もう始めてた?」 (中略) 「ナスそれ先にレンジ入れたら早いよ」 「はーなるほど?輪切りでいいの?」 「いいんじゃない?縦に切ってもいいけど」 「縦…?あ、こういうこと?」 「違う、それは斜め」 「え?」 「ふふ、良いんじゃない、輪切りで」 「はーい」 「はるー、味噌出来たよー」 「えっ、早い待ってね、」 「うん。明謙、お吸い物味見して」 「はいはーい」 「レンジこれどのくらいー?」 「ん、美味しい大丈夫。ハルぴょん一分でいいよ」 「そんなでいいの?」 「ラップした?」 「した!サンマはー?」 「もう焼けるよ」 「ほとんどゆっちーと弥勒が作ってるじゃん」 「明謙もやってくれてもいーんだよ」 「ふふ、結構ね、やってるよ」 「はる、ごはん炊けたよー」 「はーいはいはい、混ぜるよー」 「ねえ大根おろしこっちのお皿でいいよね」 「明謙、ナスも取って」 「はーい、熱いから入れるよ」 「遙日、それそのまま盛っちゃいな」 「オッケー、みんなどのくらい食べる?いつもと一緒?」 「一緒~弥勒これ秋刀魚のせて」 「すだちかなんかあったっけ」 「レモンなら…あ、ライムあったんじゃない」 「ライムで良いのか…?」 「無いよりは…?」 「明謙、お吸い物もよそってー」 「はいはい、ゆっちーは?出来そう?」 「うん、もう大丈夫。はるお皿出して」 「これ?こっちがいい?よっつに分ける?」 「面倒くさいからその大きいのでいいよ」 「よし、出来た…本当遙日殆どやってないな」 「炊き込みご飯やってたじゃん!」 「ふふ、美味しそう。片付けは後で纏めてやろうね」 「うん!はー、お腹すいた!」 (後略)