chronic
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7月25日TRC【Ambition’s Bible9】にて発行 chronic はるゆづ+all cast/文庫/220p ◎スーパーノヴァパロ2冊目 ◯一から十までとっても好き勝手な捏造 ◯はるゆづ+オールキャスト ◯前作の続きというかスピンオフ短編集ですが、この本単体で読めるようにはなっている筈です ◯設定上呼び名が違ったりしています ◎倫理的に特殊な箇所もありますが創作上の設定です ●近未来SFというよりは技術の発達したディストピアを想定 ☆☆表紙は大好きなお友達よるさんにお願いしました! ☆☆大好きなお友達くまがいさんにゲスト寄稿していただきました! ◯サンプルはランダム抜粋しています。 ◯ あんしんBOOTHパック(ネコポス)での発送になります。
本文サンプル
◯if you wanna 「あれー?」 会議室を出たところで上がった頓狂な声に、剛士は眉を上げて振り返る。いつも大袈裟なリアクションをする人物の声だが、彼はたまに本当に大事なことに真っ先に気付いたりするから厄介だ。大事なことと言うより、大ごとになりそうなこと、と言った方が近いかもしれないが。 振り向いた視線の先、剛士以外の面々の視線も集めた人物──悠太は手元の資料を覗いて大きな目を丸く見開いている。先程まで居た会議室からは続々と守護部の人間が出てくるから、出入り口付近で立ち止まっている悠太は邪魔になる。が、さすが零壱隊隊員というのかなんというのか、一応は番号順に序列の決まっている帝国軍において、更には守護部の内輪において、割合に上層の組織に属している悠太は、何の文句も言われることなく障害物として避けられている。剛士が上げていた眉を呆れた風に顰めれば、同時にこちらは眉を下げた明謙が苦く笑った。 「悠太、そこで立ち止まったら邪魔になっちゃうよ」 「あっ、ごめんなさーい!」 序列としてはそうでも、その上下関係を気にしている人間は逆に零壱隊には居ない。守護部は守護部でひと括りだと剛士は思うし、きっと他の面々も同じように思っているだろう。序列と言ったって結局は所属年数と階級が一番物を言うのは軍隊ではどこもそうだろうし、帝国軍においては能力値もプラス査定されはするが、あくまでプラス程度のものだ。零壱に限らず守護部番号隊は所属年数は関係無く能力と相性のみで配属されるが、相性の方が重要視されているから、能力値は同じ隊でもまちまちであったりもする。 だから結局守護部内での序列はあって無いようなものなのだが、零壱に関してだけは、殆ど人事の入れ替わりが無く(欠番はいつも退役か前線引退によってしか起こらない)、更には他との合同任務もあまり無い為、取っつきにくいのではあろう。剛士も配属までは一度も会ったことのない連中ばかりだったから、気持ちは少し判る。 剛士が特務課からこの守護部へ異動になってからもう三年と少し経った。『取っつきにくい』印象とは裏腹にやたらと人懐こい人間の多い零壱隊に、中途で異動したのは剛士とあとひとりだけだ。これは長い帝国軍の歴史を見ても例の無かったことだ、というのは以前の上司が言っていたことだが、本当なのかは判らない。今現在の直属の上司である長官の実の兄らしい前上司は、いつも柔和な笑みをたたえ、得体の知れない光を双眸に宿す食えない男だった。とは言っても、剛士はあまり直接対峙したことも無いのだが。 「わっ、わっ、僕めっちゃ邪魔じゃん、みんなゴメン~」 「まあメインの方じゃないからそこまでじゃないと思うけど」 先を歩いていた剛士たちの近くまで慌てて駆けてきた悠太に、苦く笑ったままの明謙が小さく肩を竦める。今出てきた大会議室にはメインの出入り口に加え、サブの横扉が全部で四箇所ある。月に一度守護部全員の集められる大会議室は円形の舞台を中心にすり鉢状に階段席がぞろりと伸びる、逆三角錐の形をしている。ステージに出るにはふたフロア分をも下がっていかなければならないが、剛士たちの使っている零壱隊のオフィスからは、この東側中三階に直接繋がる第二横扉が一番近いのだ。同じ階層にあるから、オフィスからまっすぐ来て、まっすぐ帰ることが出来る。この扉を使うのは同じくオフィスが近い零伍隊までの人間か、その奥の制御室に用のある者、または反対側の船艇整備室へ続く通路を降りる者くらいだろう。その他はもちろんメインの出入り口か、階層と通路の問題で、だいたいどの施設へ向かうにも第二より東南の第三横扉を使った方が効率が良い。 「で、何だよ変な声出して」 「変な声じゃないでしょ!あれーって言っただけなのに!」 悠太が追いつくのをあと一歩待たずに、剛士は足を踏み出す。跳ぶように斜め後ろへついた悠太の抗議には生返事をしておいて、腕の端末で時間を確認しておいた。今日はこれから通常警備の当番がある。 「何か気になることでもありましたか」 手にしたタブレットをひらりと振って、剛士の隣を歩いていた弥勒が首を傾げる。悠太と並んでいる明謙も同じように首を傾げて、彼の手元を覗き込んだ。 「さっきの会議の資料でしょ?僕自分のまわりだけ聞いて後は流しちゃった」 「当然だろ、全部聞いてられるか」 守護部の番号隊だけでもいったいいくつあると思ってるんだ、と今更な事実に大きく首を振る。 月頭に行われる会議では守護部全てのスケジュールを確認することになっているのだが、誰もが自分の隊と補佐につくことがありそうなところの内容だけを聞いて、あとは真面目には聞いていない。その点零壱隊は一番最初に仕事内容が決まり、補佐につくのは個人個人でその都度依頼されることが多い為、実際会議ではあまり聞く話も無い。本当は全て把握しておけということなのだろうが、補佐の依頼とて必ず来る訳でもなし、全ての話を聞いていたら自分の仕事などすぐに忘れてしまう。気になることがあればこうして、後からいくらでも確認出来る。そもそもわざわざ大会議室に全員が集まる必要性もさほど無いのだ。管理が本来の目的である召集は、結局は出席の意思と、一定時間の拘束が出来ればそれで良い。 「いや僕も聞いてはなかったんだけどさあ、ほら今月お祭りあったなあと思って今見たの」 「あー、深部の?」 「お祭り……?ああ、祝節ですか?」 「あれ、トノちゃん行ったことない?」 まあ、と不思議そうな表情の弥勒をちらりと見る。ここで一番若い彼は、まだ入隊したての年齢だ。外部からの入隊募集年齢最年少でストレートで合格する者も珍しく、帝国軍内でも最も若い内のひとりかもしれない。時折軍内部で育つような者もいたりするから、はっきりそうとは言えないが。 その弥勒が深部の祝節に行ったことがない、というのはまあ当然の話だろう。弥勒の出身は確か西エリアの居住区だったし、彼の年齢では許可が無ければ深部には入れないことになっている。 「で?」 「そー、今年の祝夏節、ごうちんのとこじゃない?」 (後略) ◯chronic (前略) 頭上を飛行船がゆっくりと横切っていく。本来音のしない筈のそれは、安全上の理由から、わざとらしい起動音をごうん、ごうん、と低く響かせている。最近の流行らしいスチームパンク風の歯車やゼンマイがきりきりと回って、影を落とした。もちろんそちらも偽物である。コルセットの嵌る首を伸ばして空を仰いだ唯月は、風に舞う髪を適当に耳元で押さえて、通り過ぎる飛行船を見送る。これも唯月に縁の無かったもののひとつだ。側面に大きな広告モニターを載せたそれは、公共交通の一番大きな型で、ここは路線だっただろうか、とぼんやり眺めながら、聞こえる音に耳を澄ませる。 耳は、空ではなく、地に向いている。中央部の外れ、南エリアに近いこの辺りは、商店や飲食店の並ぶ路地が多い。その中でも更に奥まった路地の、全ての店が背を向けている小径に立つ唯月は、じっと、その地下へ意識を向けていた。 飛行船の影がゆっくりと消えていく。ぬるい風は止むことなく、黒い毛先を揺らした。ぼんやりと、ひとつ瞬く。長い睫毛が再び上向くより先に、深い藍色の瞳がぐるりと下を向く。 「………いた」 素早く蹲み込んだ唯月は薄汚れた地面に右手をべたりとつける。左の手首に嵌めたバングルを口元へ近付ければ、すぐに通信音が鳴った。小さなモニターを立ち上げるのが面倒で、唯月はそのまま音声だけを送ることにする。その間にも地に触れた右手は、肘のあたりから流れる電流のような光を地下へ送り込んでいた。 正確に言えば電流ではないし、肘から直接出ているものでも無い。それでもあたかも電気のようにバチバチと音を立てる光に無感動に視線を向けながら、通信が繋がったばかりのまだ応答の返事もないバングルの向こう側へ取り急ぎの報告を送る。 「中央、南西八四の五、地下三の七」 『待って待って、すぐ行くから』 「足止めは出来ませんよ」 『判ってる、お前はそこから動くなよ』 部隊長の呆れたような声を聞きながら、唯月は通信を切る。右手は地面へつけたまま、再び首を上向けた。また飛行船がやってきたのだ。今度はモニターを載せていない中型の船だけれど、あれも公共交通のものだ。やはり路線なのか、と納得しつつも、唯月は民間のものには一度も乗ったことが無いのでそもそも路線がどういうルートと運行表を持っているのかは知らない。 唯月にとって、飛行船というものは見下ろすものだった。外の景色を見られる窓などひとつも無い帝国軍本部の建物において、唯一例外だったのは最上階に程近い場所にある展望フロアだけで、あの高さにまで飛行船は上げられない。上げたところで撃ち落とされるか捕まるかのどちらかであろうし、流石にわざわざそんな判りやすいリスクを負う者は居なかった。昔、別の部署での任務でもあまり外に出なかった唯月が知っている飛行船といえば、軍の移動用の船か、こうした民間の船の頭の上くらいだ。外に出るとしても飛行船の飛ばない場所か、夜間飛行の禁止されている区域ばかりで、こうして飛んでいる船を見上げる、というのはつい最近まで経験したことが無かった。機械の裏側を見たようで(昔よく、何かと分解して分析するのが趣味だった百太郎の作業を暇潰しに眺めていたのもあってか、唯月も機械の部品や回路が複雑に走っているのを見るのは割合に好きではある。軍のものは殆どが表面をつるりとしたカバーで覆ってしまうから、それを剥いだ時の緻密さが良いんだ、と百太郎は言っていた。判らないではない。)最初の数回はどことなく感動さえ覚えたものだ。 などとぼんやり思っている間にもバチバチと、傍目には放電でもしているかのような右腕の袖を少し捲る。肘より少し上につけたアーマーの目盛りをちらりと確認して、ふあ、と漏れるあくびを指先でおざなりに隠した。 各地域でメモリアルイヤーの続くこの数年は、一年の内に数度、どこかのエリアでセレモニーが行われる。だいたいは設立記念や統治記念のそれは、エリアや区域ごとに規模も様式も異なるけれど、一律して言えるのは、レジスタンスが紛れ込みやすいほど人の行き来が多いお祭り騒ぎになる、ということだけだ。特に軍が絡んでいるイベントはレジスタンスの動きが顕著になるし、大きなセレモニーといえばほぼ軍の関係しているものだ。となれば、人の出入りは普段の十倍ほどにはなる。 数日後に控えた東エリアの区域内統治記念のイベントに向け、この数ヶ月の不穏な動きを未然に潰しているのは主に特務課の仕事だったけれど、どうやら今回は相手も気合いが入っているらしく、珍しく守護部にまで任務が回ってきた。とはいえ守護部もイベントの表立った警備や防犯対策をしなければいけない内で、不審人物がいれば捕まえているし、その通常業務の延長のようなものだ。今回は少しばかり、人数や回数が多いというだけで。 おかげで唯月も久しぶりに屋外での作業だった。イベント日前後となれば、嫌でも外で警備をしなければならないのだけれど。 「あ、いたいた、唯月~」 暢気な声に振り向いたところで、右腕に嵌めた装置からの放流がばちん、と途切れた。もともと容量のあるものなので、やっと空になった、というところだ。唯月はそのままの姿勢で、近付く人影を待つ。 (後略) ◯let me know (前略) フロアまで来てくれ、と呼びつけられたのは、告げられていた時間の三十分前だった。サロンでのんびりと時間を潰していただけだったから別に良いが、とぶらぶらと足を向けてみれば、廊下で明謙と出遭う。 「龍広、仕事入ったんじゃないの?」 冗談半分、とはいえ本当に疑う気持ちが六割、といったところの明謙の苦笑いの気持ちは良く判る。なにしろ特務課は、イレギュラーが多い。通称何でも屋の特務の人間との約束は、三割くらいは守られないと思っていないとやっていられない。 仕事に関しても時折あることなのだから、プライベートなどあって無いようなものだ。 「まあ、それはそれで」 「手伝わされないと良いけど」 今度は本当に冗談で言う明謙が肩を竦めたところで、指定の場所へ辿り着く。特務課のいくつかの番号隊のオフィスが入っているフロアの廊下の端、最後の仕切りでもあるスライドドアの前で足を止める。健十も明謙も非番であるから、直接移動用のエレベータは使えない。 「もう時間?」 「あと二分かな。連絡してみる?」 「まあ二分なら…」 連絡用の端末を起動しようとする明謙を制する前に、半透明のスライドドアの向こう、廊下の奥の扉が開いた。背の高い人影が、軽く手を挙げて近づいてくる。 「おやおや」 「ふふ、どっちだー?」 第壱隊のオフィスから出てきた龍広は、隊服を着ている。今日は一日休みだと聞いていたから、本当に仕事が入ってしまったのかもしれない。が、彼はこちらへ大きなストライドで近づきながら、そのジャケットを脱いでいる。 すぐにドアまで辿り着いた龍広は、IDを翳して、スライドドアを開けた。 「悪い、待たせたな」 「仕事ー?」 「まあ、いや、今終わったんだ。緊急ってよりは、残業だな」 「おつかれさまー。休まなくて大丈夫?」 「もう八時間もデスクワークで体鈍ってんだ。休んだら動けなくなりそうだ」 ひらりと翻る褐色の手に、健十は明謙と顔を見合わせる。彼の体力が守護部零壱に引けを取らない(どころか、何人かには勝っているだろう)ことは知っているが、そんなことよりも、残業を含めたとしても八時間もデスクに拘束される業務の方に白目を剥いたのだ。特務課に人権は無いとよく冗談で聞くが、あながち間違いでもないところが恐ろしい。 「とりあえず整備課に顔出してから、実走室だ。倉庫で良いって言ったんだが、逆に危ないらしい」 「危ない?ああ、新型の話?」 「そう、その新型がな、」 少し速足で歩きながら、龍広が嬉々として話し出す。何でも、最近形になったばかりの整備課の新作を、設計の頃から気にかけていたらしい。健十と龍広は今残っている数少ない同期だけれど、昔から乗り物となると熱量の上がる男だった。今でも変わっておらず、速足なのは急いでいるというより、はしゃいでいるのだろう。 帝国軍には、公式な乗り物というのは存在しない。軍に限らず、国中で、乗り物として認可されているのは今では飛行船だけだ。健十の幼い頃にはまだ辛うじてあったクルマも、今では旧型扱いどころか、遺物のように思われている。そう遠くない昔には公道も走れたのだけれど、今は決まった空路を飛ぶ民間の飛行船か、軍で所持している移動または移送用の飛行船だけが許可されている。 その中で、申請をしてテストを受け、合格して免許を貰えれば、軍の人間に限っては、いくつか使用を許可されるものもある。クルマも今やその位置づけではあるが、わざわざクルマの免許を取るような者はそうそう居ない。奇しくも、というか必然的に、ここに居る三人は皆免許を取っているが。 クルマよりも、もう少し免許保有の人数が多い電子バイクというものもある。立姿勢で運転するバイクは機動力が高く便利は便利だが、究極にまでパーツをシンプルにしたおかげで、割合に制御が難しい。ドライブや移動に使うならば問題ない程度の速度で走るのは慣れてしまえば簡単だけれど、この龍広のように、任務中に自分の手足のように使いこなす手合いはまたそうは居ないだろう。というか、きっと今世界中で、あのバイクを一番乗りこなしているのは間違いなくこの男だ。 龍広の新型車への熱い話を聞きながら、フロアをひとつ降りる。休暇に入っている龍広が基本装備を外すのに、一度特務課の装備室へ寄らなければならない。通り道だから構わないし、龍広が居るなら最短距離での移動も可能だ。彼はまだ、勤務中のIDを持っている。 「ちょっと待っててくれ」 返事も待たずに装備室の鍵を開けて、龍広は消える。再び廊下に残されたところで、健十の耳は足音を拾った。首を回せば、明謙も同様に廊下の反対側を振り向いている。 「…?ここで何をしている?」 「おや!おやおやケンティにアカリン!なんだかお久しぶりですねえ」 廊下の角から姿を現したのは、こちらも健十の同期である帝人と、こちらは明謙の同期だった筈の百太郎。相変わらずいつも一緒に居るのか、と頭の隅で思ったけれど、彼らの相性の問題だ。 相変わらずといえば、帝人の口は相変わらずよく回る。妙な渾名も久しぶりに聞いた気がして、健十は滔々と喋り続けている帝人の声を遮るように片手を上げた。 (後略) ◯explorer 「こーんにっちはー!竜ちゃん迎えに来ま…あれ?まっすーだけ?」 「おつかれさま、悠太こそひとり?」 振り向いた和南は手にボトルと端末を持っている。サロンには彼の姿しか見当たらなかった。ここに居ると連絡を貰ったのは、十分ほど前なのだが。 「今日は唯月たちと出かけるって聞いてたけど」 「うん!もうね、下で待っててもらってる」 「そう。どこに行くの?」 「へへー、今日はツアーだよ!」 良いでしょう、とにっこり笑えば、和南も笑顔を浮かべてくれる。本当にそうは思っていないのだろうけど、良いね、と言ってくれる彼はいつも優しすぎるほど優しい。 「ごめんね、竜持はちょっとファイルの提出だけ行ってるんだ。ここで悠太を迎えてくれって頼まれてて」 「えー、そうなの?連絡くれれば良かったのに!まっすーありがとー」 「僕は休憩中なだけだから」 ひょい、と手にしたボトルを持ち上げて、細い眉が上がる。ここで買ったものだろうそれで口唇を湿らせる前に、和南は向かいの席を勧めてくれた。滑り込むように座って、ぐるりと辺りを見渡す。こんなに人のいないサロンも珍しい。 「何をツアーするの?」 「今日はね、まず僕と竜ちゃんのオススメを案内して、次はゆづに教えてもらうんだ!まっすーはワガシって知ってる?」 「ワガシ?…ああ、百と唯月が言ってたやつかな…」 ゆらりと宙に浮かんだ視線は、怪訝そうに悠太へ戻ってくる。悠太は悠太で首を傾げれば、同じ方向に和南の首も曲がった。 「それもスイーツなの?」 「なんだって!でもモモちんも知ってるのか…何で竜ちゃん知らないんだろ」 うーん、と一度考えてはみるが、この後本人に会うのだからその時に聞けば良い。悠太は早々に傾げた首を戻して、ついでに少し竦めてみせた。 「僕も聞いたことあるだけだから、すっごく楽しみなんだー。何でお店ないんだろ?」 「どうだろう、より貴重なのかな…特殊なのかも」 「ええっ、特殊なスイーツってなに?」 「ふふ、さあね。まああのふたりが知ってるなら、そう悪いものじゃないんだろうけど」 「でも逆にチャレンジな可能性あるよね?」 「ああ、まあ、それは確かにね」 くすくすと笑う和南を前に、同じ部署の後輩である唯月と、和南の後輩の百太郎を思い浮かべる。以前唯月が特務課に居た頃はふたり仲良くしていたらしいが、確かにどこか雰囲気の似ている気もするふたりは、あれで意外と悪戯心と好奇心が強い。以前何かの機会に百太郎から聞いたエピソードだけでも、どうしてそんなことを、と腹を抱えて笑ったのは悠太の記憶にも鮮明だ。主に主犯は百太郎だけれど、何でもない顔でついてくるのは唯月だけだったらしい。特務課の面々を思い浮かべれば、それはそうだろうと悠太だって思う。 「まあでもスイーツならちょっとくらいチャレンジでも楽しみかな~!」 「なら良いけど」 呆れた風にぐるりと目を回した和南に、悠太は頬杖をついてにこりと笑う。思いを馳せるのは、この後に向かうお気に入りの店だ。 食事というのは基本的に栄養素を計算されたカロリーブロックやドリンクで賄われるこの時代に、巷で密かに流行っているのは、かつては固形物として存在したという菓子の類を模した、スイーツの擬似体験カフェである。結局そこでも口にするのはカロリーブロックなのだけれど、合成香料や食感を似せる為に加工が施されていたり、更にはVRでの外見変造、もっと力を入れているところではビジュアルにだけホログラムを使っていたりもする。 かつてほど食品が製造出来なくなった今、口にするものは全て化学的に合成されたものしか無い。自然に採れる食物も辛うじてあるにはあるが、ひどく高価なものだし、量も少ない。造られたカロリーブロックとて支給が制限される世の中で、スイーツなどという甘味や娯楽に特化したものは論外の存在だった。栄養素としての甘味はあるが、スイーツになど遠く及ばない。だから、悠太や竜持が好んで通っているスイーツ店などは、今でこそ流行とこのままの勢いで暗黙の了解をもぎ取ろうとしている思惑とで増えてきてはいるが、基本的には全て違法だ。まだ摘発の対象に入っていないグレーゾーンといっても、違法なことは違法なので、どれだけ目立っていても情報はあまり流れない。口コミや伝手で情報を仕入れるしか菓子の種類はおろか店の入り方までも判らなくなっている業界で、更に密かにされている店やメニューがあるのは不思議なことでは無いのだ。 楽しみだなあ、とわくわくする気持ちをそのまま和南に聞いてもらっていれば、数分もしない内にサロンの入り口に人影が現れた。少し小走りの彼は、悠太を見つけて手を振ってくれる。 「ごめん、お待たせ」 「竜ちゃん!おつかれさまー」 ぴょん、と立ち上がれば、和南も半身で振り返る。ひらりと振られた手にはグローブが無く、サロンの少しだけ橙がかったライトに爪の先が光る。 「カズもありがと、」 「いえいえ。話聞いてただけだし」 「それが一番大変でしょ」 「ちょっと竜ちゃーん?」 どーいうこと、と詰め寄るも、悠太本人が笑ってしまっているのだから、責めている訳ではない。ぺろり、と舌を出した竜持は、この冗談は早々に打ち切ることにしたらしく、すぐに表情を変えてぐるりとサロンを見渡す。 「ああ、そういうことか」 「んんー?なに?」 「唯月、現地集合で良いかって」 「え?なにそれなにそれ」 ひらりと腕を振って通信端末を示した竜持は、私服のジャケットから小さく畳んだキャップを取り出す。違法な店へ行こうという時は、一応の変装はしていくのだ。たいした意味は無いのだけれど、悠太はレンズの入っていない眼鏡をかけている。気持ちの問題だ。 「いつものアレで詳しくは判んなかったけど、あっちはあっちで何か軽く用事出来たみたい。そんなにかかんないと思うから、場所だけ送って、先行ってよ」 いつものアレ、とはおそらく唯月の言葉足らずのことだろう。癖なのか、面倒なのか、説明というものを出来るだけ省略しようとしているのか、とにかく彼には圧倒的に言葉が足りない時がある。真意は知らないが、もう慣れてしまったもので、特に気にもならない。最近では部隊長の健十がどうにかしようと頭を捻っているらしいことは知っているが、それだってどうせすぐに諦めるに決まっているのだ。なんと言ったって、目の前で苦く笑っているこの和南でさえ諦めたのだから。 「まあまっすーとケンケンじゃ可愛がり方がちょーっと違うけどね」 思わず呟いてしまったが、どうにか口の中だけに収める。どちらにも聞かれなかったようだ。 「ん?何か呼んだ?」 「んーん、なんにも!じゃあ竜ちゃん、行こー!」 特に隠すような話ではないが、わざわざ言い直すような話でもない。どちらにせよ両者共に唯月とは良好な関係を築いているのだから、諦めようが諦めまいが、どう可愛がろうが、個人の自由だろう。悠太だって可愛がっているあの後輩が、嫌がらないのであれば何でも良い。 「じゃあね、カズ」 「行ってきまーす!」 「はい、気をつけてね」 サロンの椅子に腰掛けたままゆるりと手を振る和南に見送られて、悠太と竜持は少しばかり速足にサロンを出た。これでも、楽しみではしゃいでいるのだ。 (後略)
目次
( )内の年数は参考までに前作を基準として記載しています ●if you wanna(6months later) 剛士と守護部 ●handy man(3years ago) 和南と特務課 ●chronic(3months later) はるゆづ ●let me know(one year and a half later) 健十と気の置けない同期と後輩 ●clockwork(5months later) はるゆづと目立つ先輩 ●explorer(7months later) あしゅこれとはるゆづ ★guest かさはいらない(other world)